その8 【唯一無二】と私(王太子視点)
「今ユイを寝かせたから。今度は前よりも催眠効果が持続するはずだよ。ほら、こっちに来て座って。せっかくの機会なんだから、ゆっくりお茶でも飲みながら話そう」
机の上に用意してある小さな魔道具に魔力を注ぐと、すぐに定位置に置いた茶器から香り立つ湯気が上がる。
席についた可愛い弟は、さっきから目を丸くしっぱなしだ。
「兄上、また新魔法を編み出したのですか」
「必要にかられると燃えるよね」
なにより遠慮なく魔法が使える状況が楽しくて仕方ないのが一番の理由だけどね。
「はぁ。ほんとに兄上は……。ところで、兄上には【杖】の声が聞こえていますよね? いつから聞こえていたのですか?」
「んー、ユイって名前をつけた時くらいからかな」
まぁ嘘なんだけど。
「けっこう前からじゃないですか! どうして聞こえないふりをするのです?」
「ユイと話すのは、もっと信頼関係を築いてからのほうがいいかと思ってね」
本当は、聞こえないふりをしていたほうが、ユイが隠さず話してくれるかなって下心からだ。
「……【杖】は兄上しか目に入っていないように思いますが」
私は意識して眉を下げて意味ありげに弟を見る。
「私よりも、ずっと前から聞こえていたのは……」
「気づいておられたのですね! そうです。私の方こそ、早く兄上に伝えなければと思いながらも、機会を失ってしまって。結局は言えないまま今になってしまいました」
「私自身も聞こえることを隠していたから、いつ伝えようか迷ってしまったよ。打ち明けるのが遅くなってすまなかったね」
「とんでもない! 隠すのは当然だと思いますし。おあいこです」
「ふふ。そうだね」
うん。うまく誘導できた。
実のところ、【唯一無二】の声は、私も小さいときからずっと聞こえていた。だからこそ、目の前にいる弟も同じように聞こえていて、亡霊だと勘違いし怯えているのに気づけた。
知っていたならもっとやりようがあっただろうと言われそうだけど。
私としては【唯一無二】と関わらないほうが幸せだと思っていたので、あえて怖がる弟に、聞こえてしまう声は亡霊ではなく【唯一無二】なのだと訂正しなかった。
私が【唯一無二】の声を初めて聞いたとき、まわりに「声が聞こえる」と話すと、侍女や護衛騎士から気の毒そうに見られたからでもある。
あぁ、これは言わないほうがいいことなのだと理解した私は、すぐにその場は誤魔化して、以来、誰にも言わないことにした。
でも、誰の声なのか知りたくてたまらなかった私は、声がどこから聞こえてくるのか徹底的に調べ上げた。
周囲に気取られぬように調べるのはなかなか骨が折れたけれど、盗賊になって宝探ししているような高揚感で続けられた。
宝物庫で声の元を探し当て、寝言のような独り言を聞くうちに、「声は【唯一無二】の思念なのでは」と予想が立った。
それからは出先で聞こえれば、できる限り聞き取るようにした。
声を聞くうちに予想は確信となり、【唯一無二】とはなんとも気の毒な存在だと思うようになっていった。
【唯一無二】は【主】がいれば幸せだが、【主】と意思を交わせない間は一般的な物と変わらない。
声の内容はほぼほぼ二種類にわかれていた。
【主】との出会いを熱烈に切望する若い個体か、待つことに疲れ切ったり【主】を失ったりで半分眠りについている老いた個体。
半分寝ている【唯一無二】は、私が話しかけても
例外もいた。
献上された剣が【唯一無二】だったことがある。
その頃、私の魔力量の増加が凄まじく、持てば持つだけ剣が壊れるという噂を聞いた剣の特産国から献上されたのだ。
私が剣を持つと(これもまたよし)とだけ言って、【剣】は素直に私に使われてくれた。
【主】にはなれなかったし、私から会話することもなかったが、ぽつりぽつりと【剣】が口にする的確な助言が重宝して、私も気に入って使っていた。
(そなたの【唯一無二】との出会いを願う)
【剣】は満足気にそう告げて壊れた。
以来、私は剣を手にしようとは思えなくなった。
杖は剣よりも長くもったが、やはり持てば持つだけ杖も壊れるようになると、杖の産出国から献上された。
ただの杖だと思っていたら【唯一無二】だったのだけど、【剣】と違って【唯一無二】だとわかったのは壊れる直前だった。
私の手の中で(やっと終われる)と嬉しそうにつぶやいて【杖】は壊れた。
以来、私は、もう杖も手にしようとは思えなくなった。
【唯一無二】は物だ。
杯などをうっかり落として壊すことはままあることだし、しまったな惜しいことをした、と思いはしても、心は痛まない。
それが物から声が聞こえるだけで、まるで自分が死刑執行人のようだと感じてしまった。
王太子として育てられてきたので、命を左右することに異存はない。
ただ、自分の預かり知らぬところで安楽死の道具のように扱われるのは嫌だったし、その安楽死を与えるのが、私の膨大な魔力量だったことが、自身と魔力を
私はどうして魔力などが存在するのかと魔力を憎み、そんな魔力を膨大に持つ自分を嫌った。
だから周囲が私をどう言い粗雑に扱おうと、当然だとしか思わなかった。
弟に対しても、【唯一無二】と話せば私のように傷つくことになるんじゃないか、傷つくくらいなら今のまま、【唯一無二】だと気づかず亡霊だと誤解して避ける方がずっと良い。
そう、思っていた。
しかし弟は【槍】と出会って良い方向に変わった。
漏れ聞こえてくる弟と【槍】の穏やかな会話は、私には決してありえない関係で、正直うらやましかった。
弟が【槍】を壊してしまうことなどないので、【槍】が【主】と出会うまでは仲良く一緒にいられるだろう。
勝手に安楽死の道具として扱われる私とは大違いだ。
今の私は魔道具に魔力を注ぐのでさえ気をつけなければならない。もうすぐ注ぐことさえ出来なくなるだろう。
そうしてまた、私は自分自身に打ちのめされるのだ。高い魔力量があったところで、使えない私にはなんの価値もないのだ、と。
風変わりな【唯一無二】に出会ったのは、諦観した日々に慣れた頃だ。
(ちょ、おま、さわんなよ! オレはまだ死にたないんや! 相方に会うまでは死んでも生きるんやからな!)
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