その6 【唯一無二】にとっての【主】(弟王子視点)

 部屋から【槍】がいなくなり、私は以前より【杖】声の元探しにのめり込むようになった。


 【槍】が辺境伯【主】と出会ったあの日あのあと、もう一組が出会えたことで、私が集めているのは本物の【唯一無二】だったと周囲にも認識されるようになった。


 同時に、今まで散々、奇行だと言われてきた私の行動が、「【唯一無二】を見極められるのだから、なにか理由があったのだろう」に変わっていった。


 危惧していた、店側から私の調査を断られるようになるどころか、今まで私主催で行っていた杖などを扱う魔法屋だけでなく、剣などを扱う武器屋や、盾などを扱う防具屋からも「ぜひ店に来て【唯一無二】を探し当ててほしい」と店側からわれる立場になった。


 【唯一無二】が見つかる可能性が少しでもあるのならと、すべて受けた結果、【剣】や【盾】といった【唯一無二】も見つかり、【唯一無二】の【主】になりたい者に集まってもらう会も再び開催できた。


 二回目は一回目よりも大規模な会となり、三組もの【唯一無二】と【主】が巡り会えたが、兄上と私に出会いはなかったし、なにより探している【杖】声の元はまだ見つからなかった。


 その頃には、【杖】声の元はもちろん見つけたいのだが、とにかく一刻も早く、兄上に【唯一無二】を持っていてほしくてたまらなくなっていた。


 急かされるように兄上の【唯一無二】を見つけたかったのは、大好きな兄上を皆に認めさせたいという、ただただ純粋な気持ちだけではなく。


 あの【槍】と辺境伯のときのような苦い思いはもうしたくないという、どこか自衛するような気持ちでもあったのだ。


 理論上、人はいくつもの【唯一無二】の【主】となれるが、実際は【唯一無二】がそれを許さない。


 【唯一無二】にとっての【主】は文字通りただ一人であり、【主】を誰かと共有することも、【唯一無二】が別の誰かに使われることもよしとしない。


 他の【唯一無二】が【主】に近づくと、【主】持ちは威圧や威嚇し、出会い頭にいきなり戦闘になることさえあるのは、自らの【主】を誰にもとられたくない一心からだ。


 つまり、兄上が【唯一無二】を先に手にしていれば、私が探している【杖】声の元をとられることはないだろう。

 そう私は考えていた。


 そんなときだ。

 今ではすっかり馴染みになった大店おおだなの店主が、特別な話を持ってやってきた。


「王都にある有名な古い屋敷の主が亡くなり、相続したものの維持できなくなった屋敷が、中身ともども丸ごと売りに出されることになりました。あちこちの店に買われてバラバラになってしまう前に、屋敷ですべてをご覧になりませんか」


 王都にあるほぼすべての店をまわり終えた私に、【唯一無二】掘り出し物があるかもしれないと、わざわざ声をかけてくれたのだ。


 もちろん行く一択しかない。


 亡くなった主は有名な収集家だったらしく、大きな屋敷のあちこちにしまわれていた品々が、広い庭に並べられた台の上に整然と陳列されている様は、なかなかに壮観だった。


 本来なら、持ち主と馴染みの店か、資金力のある大店がまとめて買い取り、残りを別店やオークションに流すところを、今回はあまりにも量が多いため特別に、現地に店主を呼んでのオークション形式なのだという。


 オークションといっても、種類も幅広く、従来のように皆でひとつひとつ値を付けていては時間がかかり過ぎて待つ時間の方が長くなってしまう。


 そこで今回は、気になる商品の下台に、店側の希望買取価格を書いた店印付の札を貼っていき、最終的に一番高かった店が買える方式だという。


 値札が付けられる前に私が見てまわり、もし【唯一無二】を見つけたなら先に購入してかまわないと言ってもらえた。


「しかしいいのか? 他の店の者たちは」


「王子殿下、我々は今まで、貴方様の行いを間近で見てまいりました。殿下は【唯一無二】を無下に扱ったり、独り占めなさったりしない。大事に保管して、しかるべき【主】と出会える機会を設けてくださるお方だと、我々一同、信頼しております」


「……ありがとう」


 そんな風に思われていたとは。

 私はただ【杖】声の元を探していて、予想外に他の【唯一無二】が多く見つかったから【主】を探しただけに過ぎない。


 それでも信頼には応えたい。


 ちなみに屋敷の中では、調度品を扱う家具屋や骨董品屋が集まって、置かれたままの調度品に、同じように値段をつけていくそうだ。

 大きなテーブルや絵画、シャンデリアなど、調度品は動かすのも一苦労だからだろう。


 しかし今現在は、屋敷に人が集まる前に、魔道部門による点検が行われている。

 なにぶん古い屋敷なので、古い魔道具による仕掛けが多い。


 見つかった仕掛けはすべて書き出されているが、見逃していないか危険はないか、最終的に専門家が入って見てまわるのだ。


 魔道部門から声がかかり、兄上も今は屋敷の中にいるはずだ。


 兄上が呼ばれたのは、兄上が城の魔道具や仕掛けに詳しいのもあるが、強大な魔力で、もし大掛かりな魔道具が見つかってもすぐに動かすことができるからだ。


 普段は使えない王太子だとさげすみながら、こういうときばかり頼ってくるなんて。兄上は腹が立たないのだろうか。


 やはり早く兄上に合う【唯一無二】を見つけなければ!


 気合を入れた私はいつものように、手に持つ匂いの元を品々に近づけながら、ゆっくりと歩き始めた。


「王子殿下! 屋敷の方で隠し扉が見つかりました! 仕掛けを解くので見に来るようにと、王太子殿下がお呼びです!」


 駆けつけた先では、魔道部門の面々がぐるりと、壁と兄上を取り囲んでいた。


「これは屋敷全体に及ぶ大規模な仕掛けでしてな。巧妙に隠されていました。王太子殿下にしか見つけられなかったでしょう。外からの魔力も遮断し、中の魔力も通さない。おそらく屋敷の主の死後、自動的に閉じられるようになっていたようです」


 興奮して早口に話す魔道部門長に私は答える。


「言われてみれば、城の隠し通路と感じが似ているな」


「どんなお宝が隠されているのかワクワクしちゃうよね。みんないいかい、今から開けるよ」


 兄上はにっこり笑うと、そっと壁に手を当て魔力を流し始めた。

 こそこそと魔道部門たちが声を交わすのが聞こえてくる。


「すごい勢いで館全体に魔力が満ちていきますな」

「死んだ主が戻ってきたように見せかけられるとは」

「どれほどの魔力量なのか」


 ややあって、ふわりと浮き上がったのは、五重に絡まった美しい模様。

 複雑な模様は綺麗だが、この仕掛けが簡単にはほどけないと物語っている。

 そんな模様が兄上の目の前でどんどんほどかれていく。凄い。


「もう二陣をほどいただと?」

「は、速い」

「まさかここまでとは」


 そうだぞ! 私の兄上は素晴らしいのだ!


 王太子として、兄上のうっすら浮かべている微笑みが、いつもより楽しそうにさえ見える。

 頼もしい兄上に見惚れている間にも、仕掛けはどんどん解かれていき、やがて輝く陣がすべて消えると、音もなく、先程まではなかった扉が壁に現れていた。


「あぁ入るのは少し待って。扉にも仕掛けがあるかもしれないからね」


 歓声を上げて扉に飛びつこうとした魔導部門の面々に、兄上は静かに伝えた。

 解いたと油断させ、開けた瞬間、中から魔物が飛び出す仕掛けもあるらしい。


 護衛騎士たちが厳しい顔で、静かに皆を下がらせる。

 十分に扉から距離を空けたことを確認し、護衛騎士三人がかりで慎重に、現れたばかりの扉に手をかけた。


 ゆっくりと開かれた扉から勢い良くこちらに飛び出してきたのは、場違いな歓喜の声。


(この人が私を外に連れ出してくれる人だぁ!)


 【杖】声の元だ!

 こんな所にいたのか!

 無事で良かった。

 

 私はすぐ両耳に触れたが、指はなにも触らなかった。

 え?


「これはこれは、王太子殿下おめでとうございます!」


 見上げた先、【耳飾り】は兄上の耳に付いていた。


「まさか王太子殿下の魔力に見合う【唯一無二】が存在するとは!」


「王太子殿下が【唯一無二】と出会えたのも、王子殿下が今まで根気良く探し続けたおかげですな」


 確かに私は兄上の【唯一無二】を見つけたかった。


「私と【唯一無二】を出会わせてくれてありがとう。本当に嬉しいよ」


 兄上も、これからは普通に魔法が使えるのだから、感動もひとしおだろう。


「…………」


 こんなに喜んでいる兄上や祝福している皆の前で、「いやその【杖】こそ私が探し求めていた【唯一無二】なのだ」なんて。

 言えるわけがなかった。


「……なによりです。私はずっと、兄上が正当に評価されるべきだと思っていました」


 嘘じゃない。


「さすが兄想いの王子殿下ですな」


「お二人の絆の深さが【唯一無二】との出会いを引き寄せたのでしょうね」


 間違いではないが、それだけじゃないのだと、言ったところでどうにもならない。今ではすっかり【唯一無二】に詳しくなった私が、そんなこと一番よくわかっている。


 【唯一無二】にとっての【主】は唯一人。選ばれなかった時点で、私にはどうしようもない。

 わかってはいるのだが。


 こらえきれずに出てしまったひとつぶ涙を、まわりは「兄想いの良い弟王子だ」と感動し、兄上も「そこまで私を心配してくれていたんだね。ありがとう」と私を抱きしめ、美談として市井でまで語られるようになってしまった。


 その後の私はといえば、出会えたばかりの【唯一無二】と【主】には当たり前の日常(【杖】と兄上がベッタリ一緒に甘いやりとりを繰り広げる蜜月)を、ただただ目の前で見続ける日々。


 せめてここまで近くにいなければ忘れられたかもしれないが、あの日、私の心をとらえた声が今でも聞こえてくるのだ。


 その声は、以前聞こえていたよりも幸せそうで、いつだって兄上のことが好きでたまらない響きで。


 【杖】や兄上が幸せになれて良かったと思うのに、胸が痛い。


 ――もしも。

 まずありえないことだが、もしも二人が物理的に離れる機会があれば。


 ずっと言いたくても言えなかったことを、飲み込まずにちゃんと言葉で伝えたい。


 伝えたところで、【杖】は私を見てはくれないかもしれないが、悔しいではないか。

 私はずっと真剣に【杖】を探していたのに。やっと対面できて本当に嬉しかったのに。


 もしあのとき、あの場に、私だけがいたなら。

 私が扉を開けたなら。

 【杖】は私を選んでくれたんじゃないか。


 そんなどうしようもない想いから、ずっと抜け出せないでいる。


 いっそ飾らず「兄上ではなく私を【主】として選んでほしい」と言えば、【杖】はなんと答えるのだろう。

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