その5 【魔法の杖】を探して(弟王子視点)

 あれだけ元気一杯だった独り言が途絶えたのは、【杖】になにかあったに違いない。

 私は【杖】声の元を探すことにした。


 声が聞こえるとはいえ、整然としている宝物庫や王墓ならすぐにあたりがつけられても、山や街中ではどこから聞こえてきているのかさえ判断つけづらい。


 とにかく魔法書と魔法の杖を扱っていて、倉庫か在庫を置く部屋があり、近くに食べ物屋か住宅がある店を洗い出し、「【唯一無二】を探している」と理由をつけ、ひとつずつ訪れては倉庫を見せてもらうことにした。


 あの【杖】声の元は外に出たがっていたのだから、倉庫に誰か来たらきっと歓声を上げるはずだ。

 しかしただ部屋に入るだけでは、私に対しての歓声か確証にはなり得ない。

 そこで、以前に好きだと話していた食べ物を持ち込むことにした。

 

「ようこそいらっしゃいました。お待ちしており……っう。その、なにをお持ちになられておいででしょうか?」


 ぷぅんと漂う生臭い匂い。

 私の護衛騎士はさすがに顔にこそ出さないが、いつもより明らかに距離をとっている。

 私だってこんな匂いを撒き散らしたくなどないが、以前に【杖】声の元が話していたのだ。(生の魚が食べたいぃ)と。


 なぜこんなものを食べたいのかわからないが、あのとき聞いた中で用意可能かつ一番強烈な匂いだったため、不本意ながら持ち歩くことにした。


 鼻が曲がりそうな匂いはダダ漏れだが、貴重な魔法書や高価な杖を汚さないよう、そこは厳重に対処済みだ。

 

「【唯一無二】を探すのに必要な物だが」


「さ、左様でございますか。不躾な質問、大変失礼いたしました。こちらが当店の倉庫になっております。ただいま扉を開けますので」


 店主は必死に笑顔を取り繕っているが、内心「なにを考えて腐りかけの食材なんぞ持ち込んだ、このひねくれ第二王子め!」などとののしっていることだろう。


 今さら自分に悪評のひとつやふたつ増えたところでかまわない。

 それくらいで、あの【杖】声の元を見つけて安心できるのなら、安いものだ。


(うわクッサ。なんやコレ? クッサ〜!)


 扉を開けた時点で、もう声が聞こえてきただと!?

 しかしどうも今まで聞こえていた声とは違う気がする。


 ということは、【杖】声の元ではないが、ここに【唯一無二】があるということだ。

 まさか一店目から見つけられるとは思わなかった。


 正式な【主】ならば出会った瞬間にビビビとくるらしいが、あいにく今の私は少しもビビビときてはいない。

 だとすると【唯一無二】かどうかは見た目だけではまずわからない。


 どうすべきか。


 緊急で探したいのはあの【杖】声の元だ。実のところ、あの声とは違うのなら早く次の店を調べたい。


 しかし兄上の【唯一無二】候補をここでみすみす見逃すのか?

 次に店に来たときに、もうすでに誰かに購入されていたとしたら。私は今の自分を殴りたくなるだろう。


 よしっ。見つけ次第、【唯一無二】はすべて連れ帰るぞ!


「……では、調べさせてもらう」


 私はわざとゆっくりと部屋の右端へと歩いて行った。


(え、ちょ、なんなん? それ以上オレに近づかんといてぇ。おえー)


 なるほど、この棚にあるのは間違いないな。さすが品揃えに定評のある大店おおだなだ。それに幼い頃、この付近で声を聞いた記憶があっただけはある。


 にしても、杖あり過ぎだろう!

 なんだこの棚は! 幅が広いだけならまだしも、床から天井まで杖の箱でびっしり埋めるな!


 私は空きのない棚を見上げ、思わずつきそうになったため息を、周囲に悟らせないように飲み込んだ。


 ……下から順番に攻めていくしかないな。【主】のいない【唯一無二】の声を聞き取れるのは私だけなのだから。


 匂いの元を杖の箱ギリギリに近づけて、ゆっくりと腕を円状に動かす。


(ぐはっ、こっち来んなや。吐くっちゅーねん!)


 左寄りで、下から三段目あたりか。

 手の届く範囲で良かった。

 次は棚の右端からゆっくり左に移動して、と。


(ちょ、やから近づけんなゆーてんねん! あ、フリちゃうで?)


 ん、これか?

 一箱抜き出してみた。


(ッセ〜〜フ!)


 外れた。こっちか?

 スコッ。


(あかん! それ以上こっち来たらあかん、あかんでぇ!)


 違う。次。

 スコッ。


(はぁ? ジブンなんで素直にオレ当ててんねん! ここは一個飛ばすとか、反対に行くとかするところやろ? せっかくフッてんねんから、ノッてこ!)


 …………。


 あの【杖】声の元も大概だと思っていたが、もはやこの【杖】にいたっては、なにを言っているのかがまるでわからない。


 【唯一無二】とは皆このように難解な……いや、【槍】は違ったな。あぁ早く部屋に戻って【槍】と話したい。


 遠い目をして現実逃避する私の手の中から、声は止まらない。

 

(あー、ハイハイわかったわかった。これはアレやろ? 実は選んだと見せかけてかーらーの、やな。うん、おっけ、まかしとき。返品や。今すぐオレを棚に戻しぃ! オレみたいな平凡な【唯一無二】なんかうたかて、しゃあないて)


「店主、見つけた。これが【唯一無二】だ」


(よしっ。今のタイミング! バッチリや!)


「は、え? 本当にこちらが、その、【唯一無二】なんですか?」


「間違いない。私は【主】ではないので変化しないが、しかるべき相手に出会えるよう、責任をもって対処しよう」


「は、はぁ」


「料金はこのくらいで足りるか?」


「え。こんなに? その、私がこんなこと言うのもなんですが、その杖は性能もそこそこ、素材もまぁまぁな杖なんですよ?」


(いやまぁその通り。まんま取り柄もないオレですわ。けどな! それ、店主お前がゆうか? ゆわんでもええやろ! さすがのオレも傷つく……あ、今のなし。【主】あいかたちゃうヤツに買われへんように、もっとゆうて! この客が買う気なくすまでゆうたって! ほら、さんはい!)


「……店主のおかげで【唯一無二】が見つかったのだ。遠慮なく受け取ってほしい」


「はぁ、まぁそこまでおっしゃられるのであれば。えぇまぁ、ハイ。ありがたくいただきます」


店主お前〜! くっそ。見込みのあるヤツやってんなぁ。変わり身もええ感じやし、そんなご機嫌でお見送りとかしてんのも最高やん。あー、もっと早く知りたかったわー。さいなら〜)


 帰り道もブツブツ話し続ける【杖】に頭痛がしてきた。

 幼い頃の私よ、なぜコレを死霊の声と勘違いしたのだ。自分のことながら情けないにも程がある。


 まぁ幼い時分なのだから、返事もはさめない勢いで語られることが怖かったのかもしれないが。あまりにも残念すぎるだろう。


(お前さんよ、終わったことは仕方あるまいて。お前さんは十分に頑張っておるからして。今を生きよ)


 部屋で【槍】に経緯を話し終えると、穏やかになぐさめてくれた。


 思いがけず、最初の店で実際に【唯一無二】が見つかったことで、私はこのやり方は正しかったと確信できたし、その後に行った先々でも立て続けに【唯一無二】を見つけることができたのだが。


 【唯一無二】の発見数を重ねれば重ねるほど、私が【唯一無二】だと言い張っているだけの奇行とみなされるようになっていった。


 確かに私が【主】になれたわけでもないし、誰かが【唯一無二】の【主】になったわけでもない。


 私としては、第三者から奇行だの注目を集めたいだけなどと言われたところで、さして普段と変わらないのでかまわないのだが。私が倉庫に入るのを店側が断るようになってしまうのだけは困る。


 なにしろいまだに【杖】声の元は見つかっていないのだから。


「ねぇ。たくさん見つけられたのなら、【主】になりたい希望者を集って【唯一無二】と対面できる会を開いたらどうだい?」


 兄上は私が真実、【唯一無二】を見つけていると信じてくださっている!


「さすが兄上、良い案ですね。そういたします」


 開いた会で【主】が見つかれば、誰からも【唯一無二】だとわかるだろう。

 私は父上から許可を得て、大々的に、今まで私が見つけてきた【唯一無二】の【主】になりたい者をつのり、王城に集まってもらうようにした。


 私が見つけたすべての【唯一無二】は、すでにまず兄上に紹介済だ。

 残念ながら兄上の前では、触れてくれるなと黙り込むか、近づくなと騒ぎ立てるかのどちらかで、兄上を【主】とする【唯一無二】はいなかった。


 私は、早く次の店を訪れて【杖】声の元を探したいあまり、ひとつの可能性をうっかり忘れていた。


(我が【主】よ!) 


 【唯一無二】が【主】の【耳飾り】へと変化する瞬間を見るのは初めてだった。【槍】がこんなに嬉しそうな声を上げるのも初めて聞いた。


 だから「【主】が見つかって良かったな」と【槍】に言いそびれてしまった。


 そもそも【槍】を会場に連れてきたのは、私がおおやけに【唯一無二】たちと話すわけにはいかないので、【槍】に会話の仲介を頼んでいたためだ。


 辺境伯が会場にいたのも、【唯一無二】の【主】になろうと思って来たわけじゃなかった。


 辺境伯の多くの部下が【唯一無二】の【主】になれるものならなりたいと希望したそうだ。

 それなら希望者全員を王都に連れていけるようにと、辺境伯は王都近辺で演習を行うことにした。


 辺境伯はその付き添いがてら来ただけだ。


 まぁせっかく来たのだから、【唯一無二】とはどんなものか、ひと目くらいは見ておくかと会に足を運んだのだと、さきほど挨拶した際に聞いたばかりだった。


 だから私は二人が出会う可能性など少しも感じていなかったし、【槍】のことを、これから先もずっと部屋で話せる相手だと思いこんでいた。


「辺境伯、おめでとう」

 

 いつものように言えただろうか。

 もう私の声など、【槍】は気にしないのかもしれないけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る