【KAC三分】暗殺者ルーファスの危機

葦空 翼

暗殺者ルーファスの危機



 暗殺者ルーファスには三分以内にやらなければならないことがあった。まず、今夜のターゲットを見つける。そして殺す。さらに、この無駄にデカい古城から脱出する。この三点である。


(いや、普通に時間に対してやること多すぎだろ)


 煌々と満月が輝く夜。彼はこの古城を根城とするターゲットを仕留めるため、王国北部にある僻地の森までやってきた。いや、最悪脱出は良い。彼には彼の血縁だけに伝わる特別な魔法、「瞬間転移」がある。ターゲットさえ仕留めれば、あとは一気に離脱出来る。


 殺すのもまぁいい。いや、わからないけど。とりあえず彼は優秀な暗殺者、そして魔法使いだ。相手の抵抗如何いかんにもよるとはいえ、基本的には近寄って殺すことそのものに時間がかかるわけではない。


 問題は、このクソ広い古城から「三分以内にターゲットを探す」というお題なのである。何故三分以内という制限がつくのか? ここで、つい数秒前の状況を再現しよう。





『ふはははは、よく来たな暗殺者死神! この古城はお前を逆に殺すための罠だ! 俺が話し終えてから数えて三分後、この古城は爆発する! 出入り口は封鎖した! そして俺はこの古城のどこかに居るが、この爆発では死なない! さぁ死神、俺を探して殺して見せろ! 凄腕なんだろう!?』




 

 まさかの挑戦状である。確かに、暗殺者ルーファスの名は「死神」という形で国内全土に知れ渡っていた。言ってみれば超有名人だ。そして、今夜のターゲットは女王を目のかたきにするレジスタンス組織のトップ。「女王の敵を排除する」という「死神」の暗殺対象にぴたりと当てはまる。


 つまり、きっと、ルーファスがここに来ることは遅かれ早かれ想定されていたということだ。それにしてもなんと派手なことか。古城一つをぶっ壊す、とな。他にも拠点があるから惜しくないのか、それとも自分たちの敵を殺すために必死なのか。


(この古城を一瞬で壊滅させるだけの魔法……多分、元々この古城についてる機能なんだな。庶民は基本魔法が使えない。レジスタンスなんつぅ、権力と程遠い奴らには無縁の技術だ。


 てことは…………この古城そのものに魔法がかかっていて……けど、レジスタンスのリーダーは死ななくて…………何処にいる…………?)


 つらつら考えている間に確実に数秒は経った。あああ、考えるのは苦手だ。ルーファスは真紅の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、黒いローブをばさりと捌いた。とにかく移動しないと。少なくとも彼の視界の範囲にターゲットは居ない。三分。三分以内に見つけないと仕事が完遂出来ない。


(……待てよ? 俺には転移魔法があるんだから、普通に外に出て待てばいいのでは? そんで、古城が見事に吹っ飛んでからターゲットを探せばいいのでは? やば、俺ってば天才じゃん)


 名案すぎる。三分にこだわる必要は全くなかった。そこでルーファスは、喜々として瞬間移動の魔法を唱えた。


亡失ディザピランス!〉


 声高に魔法を叫ぶと、


「あれ?」


 うんともすんとも言わない。まさか、もしかして……この中って、魔法使えないの?


「やばいやばいやばい馬鹿じゃねえの!!!!」


 瞬間、ルーファスは脱兎のごとく駆け出した。頼みの綱の脱出魔法が使えない。それどころか、暗殺にも魔法が使えない。あまりにも想定外だ。いや、いっそ暗殺はいい。魔法が封じられた場合の対処法くらい用意してある。


 だが、あと二分何秒で爆発する城に抵抗する術は、さしもの凄腕暗殺者と有名な彼も持ち合わせていない。


 正確には、ないことはない。ここに来る前に、なんらかの攻撃魔法に対する防御魔法を先んじてかけておくという方法だ。だが今回の彼は油断していた。たかだかレジスタンスのリーダーを殺すのに、底意地の悪い魔法が飛び出すなんて露ほども思っていなかったのだ。


「勘弁してくれよ!!!!」


 体力には自信がある。とにかく走った。黒いローブを翻し、古城の奥へ奥へと走っていく。どこだ。古城が吹っ飛んでも大丈夫な場所。暗殺者死神が藻掻く様を優雅に楽しめる場所。


(あと何秒だ?!)


 時計なんて物は持っていない。正確な時間がわからない。どこまで行っても薄暗くて周囲の変化もよくわからない、広い広い古城を走りながら思う。まさか、こんな家からも女王陛下からも遠い場所が死に場所になるなんて、思ってもみなかった。


 家族。両親。きょうだい。可愛がってくれた叔父たち。


 みんなの笑顔がふわりと脳裏をよぎり、奥歯を噛みしめる。死にたくない、死にたくない!


 こんなつまらない死に方なんてしたくない!!


 ガツン。


「ッ?!」


 無我夢中で走って、恐らく数十秒。ルーファスはふいに床石の一部につっかかり、見事にすっ転んだ。咄嗟のことで痛みすら感じないまま、慌てて振り返る。丁度この城の中央大広間だろうか。燦々と天窓から月光が差し込み、幻想的な空間。その一角に。


「……これか……!」


 ほんの少し、床石が浮いてる箇所がある。そしてその石に、これまた微かに窪みがある。恐らく普通の人間、普通の状態であれば、「それが何か」など気にしないだろう。だが今の彼にとっては、その違和感が天の福音にすら感じられた。


 地下室、だ。レジスタンスのリーダーは地下室に籠もっていて、地上部分をふっ飛ばすから無事で居られるのだ。


「開けぇええええええ!!!!」


 ルーファスは床石の窪みに指を引っ掛け、火事場の馬鹿力ばりの全力でその石を持ち上げた。開け、開け! これ以上の防犯対策なんて要らないから! 素直に開いてくれ!!


 そして、その石は、見事に持ち上がった。さらにその下に取っ手のついた木戸。ビンゴ!! ルーファスが勇んでそれを持ち上げると、中は縄梯子と細い空間が下に続いていた。


「糞が!!! 絶対ぶっ殺してやる!!!!!」


 思わず大声で叫びながら縄梯子を降りると、にわかに下で蠢く気配を感じた。恐らくレジスタンスのリーダー、そして居たとしてその仲間だ。もう魔法の奇襲はこわくない。もし魔法使いを雇えるような潤沢な金銭援助があれば、地下の扉を開けた時点でルーファスが殺されているからだ。


「どこだ野ネズミ共……!!」


 もはやどちらが正義で悪かわからない台詞だが。真っ暗な空間に、ほんのり灯りが見えてきた。てことは次の床が近い。ルーファスはおおよその距離を把握し、縄梯子から飛び降りた。恐らく数メートル。対空した後、無事着地出来た。そして、奥の奥に微かに聞こえる足音。


「逃げてんじゃねえ糞共が!!」


 ここからは彼の独壇場だ。仲間内の中でも、最も体力運動力に優れるルーファスは、これまで走り回っていたことなど全く感じさせない速度でそれを追いかけた。ぐんぐん、ぼんやりした灯りが近づいてくる。ここは地下で真っ暗だ。相手も当然灯りがないと動けない。馬鹿だな。さぁて背中を捉えたぞ。


「ヒ、ヒィ、なんでここがバレたんだ!!」

「俺には神と女王陛下が加護についてるってこったろ!!」


 ルーファスの視界には、ずんぐりした体型の男、そして筋骨隆々の背の高い男が飛び込んできた。恐らく後者がリーダーとやらだ。意気揚々と飛び蹴りをかます。泡を食って走っていたからか、その一撃は綺麗に決まった。無様にすっ転ぶ。


「まっまて、はなしあおう、なっ、おれたちはなにもそこまでひどいことをしているわけじゃ、」

「知らねぇよ。寝言はあの世で言いな」

「ッッッ!!!」


 


 そして。ルーファスは無事、今夜の仕事を完遂した。

 瞬間、地上でどでかい爆発音が響き、なんだ、三分て意外とあるんだなぁ。などと呑気な事を考えたのだった。








『拝啓、父さんへ。

 今日は薔薇園でどでかい野犬に遭遇して本気で死ぬかと思いました。こんなのはもう二度と懲り懲りです。


 あ、害虫は二匹駆除しました。明日も綺麗な薔薇が見られそうです』

 

「と。」


 家族への手紙を模した報告書も無事完成した。机の上で待機していた鳩の足にそれをくくりつけ、夜空に放つ。……はぁ、全く。


(油断なんてするもんじゃないな。次の仕事からは、どんな小さい案件でも防御魔法かけてこ……)


 ルーファスはふう、とため息をつき、狭い自宅のこじんまりしたベッドに寝転んだ。今夜ばかりは本気で死を覚悟した。それでも生きて帰ってこれたのは、ひとえに神の救いあってこそだ。


(神よ、ゼウスよ、今夜は私をお救いいただき、ありがとうございます。今後も祈りと礼拝を欠かしません。どうか私をお守り下さい…………)


 そっと手を組み、目を閉じる。本気の本気で紙一重の勝利。こんなん体感してしまったら、神の存在を信じずに居られない。ああ、あそこで床石に躓かなかったら。ゾッとする。


「さ、もう寝るか。明日も表の仕事が待ってる」


 夜は暗殺者。昼は門番。暗殺者ルーファスの日常は忙しい。彼はベッドサイドに灯したランプの火を吹き消し、布団を被った。


「おやすみなさい」


 今宵も良い夢を。赤髪の青年は秒で眠りの世界に落ちた。


 


 

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