第三十三話『家族/計画の失敗』
「お父、さん……!?」
父親のいない生活にケジメをつけるために、スレイヤー機関に入った。
その過程で父親を見つけられないか、と資料を漁る日々も少なくはなかった。
生きているのか死んでいるのか、そもそも何故自分たちの元を去ってしまったのか。
ミレイユにとって、父親とは一番親しい家族でありながら、一人の人間として見ると不明な部分が多すぎる不思議な人物だった。
それでもただ、ミレイユは父親への愛だけを持って今までの人生を生き抜いてきた。
それは成長して機関に入った今でも変わることはない。
そしてその愛は、意外な形で報われることになった。
ガランはミレイユの元へ歩いてくると、羽織っていたコートを脱いでミレイユに優しくかける。
「今まで散々苦労を掛けてしまった。すまなかった、ミレイユ」
「どう、して。どうしてあの日私たちの傍からいなくなったの……?」
ガランはミレイユとの久しぶりの会話に、思うところがあるのか顔を曇らせる。
「父さんは、攻炉の前身組織をスレイヤー機関に在籍しつつ追っていたんだ。家族と繋がりを持ったままその組織を追うのは危険すぎた。だから父さんは、ミレイユたちの元を離れざるを得なかったんだ」
「だ、だからって何も言わずにいなくなることないじゃない!!」
「今は私もそう思う……ただ当時は、どんな顔をして離れたらいいのかわからなかったんだ。この先、もしかしたら一生の離別となってしまうかもしれないと思うと……私は面と向かって別れを言う勇気がなかった。愚か者だ」
「っ……」
ミレイユは顔を歪め、頬に涙を流す。
許しを請うガランに、ミレイユは何と言っていいのかわからなくなってしまった。
一生の離別に近い別れに何も言わず出ていくのはミレイユには許せなかったが、だが確かに、ガランの気持ちが全く分からないわけではなかった。
「……私が、言えることではないのかもしれないけど。お父さんって不器用だよね。とっても」
「あぁ、認めざるを得ないよ。本当にすまなかった……今は許しを請うことしか出来ない。許してもらえなかったとしても」
「もう、いいわ。こうやってもう一度会えただけでも、私はとても嬉しい。それだけで満足」
「ミレイユ……」
ガランはミレイユの体を恐る恐る抱擁する。
それを優しくミレイユが抱き返したことにより、ガランは小さく息をついた。
ミレイユにはガランがどれだけの決断で組織との戦いを続けてきたのか、本質的にはわかっていなかったが、それでもわからないなりに推察することは出来た。
今のミレイユに出来る精一杯の行動は、許しを請うてきたガランを優しく受け止めることだけだった。
「ちょっと、私がいるのに無視しないで貰える? こんなものッ!」
その時、フェイはガランの魔法によって発生した氷のツタを破り、二人の前に降り立った。
それを見るとガランはそっとミレイユから離れ、立ち上がる。
「ミレイユ、下がってなさい」
「……わかった」
コートを脱いでシャツ姿になったガランは、拳を構える。
それを見て、フェイは嘲笑う。
「私と戦うつもり? 残念だけど、私の魔法も温まってきたところだから、勝ち目はないよ」
「ご婦人、あなたはもしかしてスレイヤー機関に襲撃をかけた人物では?」
「だとしたら?」
「そうか、セイブン機関長も中々やる。あなたの肉体がジワジワと弱体化してきているのを感じないかね?」
「ッ何を」
ガランは拳に魔力を込めながら、学校の教師が生徒に問題の解答を説明するように語り掛ける。
「機関長の魔法は、所謂『毒』だ。君の組織にも毒を扱う人物がいたが……機関長の魔法は一味違う」
「なんでクライグのことを、あなたまさか」
「いや、クライグ君を倒したのは私ではないよ。とにかく、機関長の能力の本質は『相手を死に至らしめる毒』ではないんだ。相手の実力自体をどんどん毒によって下げていって、やがて相手は赤子同然の力になってしまう……というね。結果的にそれで死ぬこともあるだろうが」
「はっ、でも私にはその毒が効いてないみたいよ? ほら、この通り私はまだ自由に動け……」
その瞬間、フェイは地面に両ひざを着いた。
それは意図してない行動だったらしく、フェイの顔に困惑の二文字がよぎる。
ガランはやはり、という顔をしつつ説明を続けた。
「機関長の魔法は、いつ効力を発揮するかは機関長自身が決められるんだ。つまり機関を襲撃された時、あなたはわざと見逃されたんだよ。機関長は王都の襲撃を見越して、その時に意図的に戦力を削れるよう、発動時間の本領をこれだけ遅くしたんだろう」
「そ、んな」
「先に君を倒しておくより、ここでの襲撃で君を倒した方が君たちにとって不測の事態が起きやすいからね……では、終わりにしよう」
「クソッ!」
フェイは体中に力を入れて何とか立ち上がるものの、足元がおぼつかないようでフラフラとしている。
そのフェイを目掛けて、ガランは魔力を込めた拳を繰り出す。
「な、舐めるな!!
「遅い!」
フェイが高速で手刀を繰り出そうとするが、その動きは最早ガランの通常速度よりも鈍いものだった。
フェイの腹部に拳を当てると、ガランは思い切りそれを撃ち抜く。
「がはっ……!?」
吹き飛ばされるかに見えたフェイの体は次の瞬間、氷に包まれてしまった。
「普通の攻撃で打ち砕いても良かったが、ご婦人の体をバラバラにするわけにもいかないだろう。そこで永遠に眠っておくといい」
氷の像となったフェイを後に、ガランはミレイユの方へと歩いてきた。
「お父さん、強いのね」
「ほぼほぼセイブン機関長の力だよ。あの人に感謝せねばな……さぁ、ミレイユ。ヴィオラ君たちを探しに行こう」
「ヴィオラの事も知っているの?」
「ガスガルタでちょっと知り合ってね。そういえば私の仲間も今、王都に来ている。もしかしたらそちらの方が先にヴィオラ君を見つけているかもしれない」
ガランに支えられて立ち上がったミレイユは、ゆっくりとしたスピードだったがヴィオラたちを探すため走りだした。
― ― ― ― ―
「ふぅ、まさか意外だったな。あなたが助太刀に入ってくれるなんて」
燃える街の中、アレンは一息ついて傍らに立っている人物を見る。
「いやぁ、俺は……というか俺らは元々この王都に滞在してたんだ。実は攻炉をアンタらとは別口で追っててな。この王都がきな臭い感じだったんで、しばらくとどまっていたのさ。まぁ、結果的に襲撃は止められなかったから、追跡成功とは言えないんだが。今は事態の収束を図るのが先だろう」
「そうだね。といっても、目の前の敵さんはもう瀕死の状態みたいだけれど」
アレンは傍に立つザンバと共に、眼前にて傷を負っている二人の敵を見た。
「まさか、お前たちがここまでやるとは……だが!」
「エルバートさん、もういい、もういいんです。計画は失敗です。私たちは敗北してしまった」
アレンたちの目の前には、大量の傷を負いながらも未だ戦闘の姿勢を崩さないエルバートと、地面に横たわって微かな息をついているベスタの二人がいた。
ベスタは宥める様にエルバートに言葉を投げかけるが、エルバートはそれを聞き入れようとはしていない。
「ベスタ! 何故ここで諦めるのだ、あのお方……魔王を倒されたあのお方なら、この世界を再び我々の望む混沌に陥れてもらえるはず!!」
「じきにあの超大型の魔物も倒されるでしょう、そうなれば私たちは完全に終わりです。ここら辺が潮時なのかもしれません」
「なんということを……!」
「では本当に、ここで終わりたくないですか?」
先程までは最早、王都襲撃の気力が完全になくなってしまったようだったベスタの目が怪しく光る。
それをエルバートは見逃さなかったようで、激しく頷く。
「当たり前だろう! 何か方法があるのか?」
「実は、一つだけ。ですが、これを使えばエルバートさんも死んでしまいますよ」
「いい。元は命など惜しくない、そういう集まりだっただろう? その方法を教えてくれ」
「……今からあなたを、私の残りの魔力・収納している魔道具と共にあの超大型の魔物に送り込みます。そうすれば、大量の魔力を得たあの魔物は息を吹き返して、世界中を破壊出来るだけの力を得るでしょう。その先にあのお方の復活は有り得るかもしれません……ですが、あなたの生命は送り込んだ時点で消えてしまいます」
「なんだ、思いのほか可能性のある方法ではないか」
何かを話しているらしいベスタたちに、アレンは眉をひそめる。
「何を言っているんだい? ……そろそろ終わりにしようか」
アレンが魔法を再び発動させようとした瞬間、ベスタはエルバートに片手を向ける。
「覚悟はいいですね、エルバートさん」
「あぁ……!」
違和感を覚えたアレンが魔法の再発動をやめて駆け寄ろうとする直前、ベスタは残りの魔力と収納していた魔道具を全て、エルバートに向けて撃ちだした。
「う、うおおおおおおお!!」
「な、何だ!?」
驚くザンバを横に、アレンは冷や汗をかく。
何か今までに予想だにしなかった異常事態が起こりそうな、そんな予感がしていたからだった。
魔力を撃ちだされたエルバートは、体の輪郭が段々と溶けていき、魔力と一体化する。
そしてそのまま浮上し、急速なスピードで巨大な魔物へと吸い込まれていった。
「後は、頼みます……世界の終焉を、願っていますよ」
それだけ言った後、ベスタは事切れる。
アレンとザンバの目の前で、魔物は異様な形へと姿を変える。
ヴィオラたちスレイヤー機関の最後の敵が、ついにこの世界に顕現しようとしていた。
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