第三十二話『高速戦/父と子と絆』

 ヴィオラがラウローと熾烈な戦いを繰り広げていた時、それとほぼ同時刻。


「かはっ……!」

「なんだ、意外とあっけないんだね」


 ミレイユは褐色肌で鋭い目つきの女……フェイに首を掴まれ、宙へと持ち上げられていた。

 ヴィオラと別々に強制転移されたのち、ミレイユはフェイと会敵していたのだった。


 ジワジワとなぶる様に首を絞め上げていくが、やがて飽きたのかフェイはミレイユを放り投げる。

 ゴロゴロと地面を転がった後、ミレイユは荒い息と共に呼吸を取り戻した。


「はぁっ、はぁっ」


 なんとかミレイユは立ち上がろうとするものの、既に体に負っている無数の傷により、しっかりと地面を踏みしめることもままならなくなっている。

 剣を支えにして立ち上がるが、攻撃が繰り出せるような体勢ではなかった。


「恐らく君がバルフの爺さんを殺したんだろうと思ってたけど、その実力じゃもしかして違う? まぁ、今はもうどうでもいいけど」

 

 フェイは腰を落として構えると、再び魔法を発動させる。


行速ザ・ウィンド


 瞬間、周囲に一陣の風が吹いたようにフェイの体は加速し、急激なスピードでミレイユの体に次々と打撃を加えていった。

 ミレイユはフェイと戦闘を始めてから、ずっとこの能力に苦しめられていた。


 『行速ザ・ウィンド』はフェイの固有魔法、その能力はシンプルイズベスト『対象者の動きを早くする』という能力だった。

 フェイはこの能力を己に付与し、それを以てミレイユの目で捉えきれないほどのスピードで攻撃を続けていた。


 ミレイユの魔法である『鉄凍塵法メタル・フロスト』は氷を操る能力であるが、その氷を操る能力も攻撃を当てる対象者が見えなければその効果を十全には活かしきれない。。

 フェイの魔法が単なる加速と判断できるまでに時間がかかってしまったせいで、ミレイユは当たらない氷魔法によっていたずらに魔力を消費してしまう結果となっていた。


「ぐあっ!?」


 高速で突き出された掌底を喰らい、ミレイユは吹き飛ばされる。

 燃える家屋の中に転がってしまうが、間一髪で周囲を魔法で凍らせて体が焼かれるのを防いだ。

 フェイは伸びをしつつ、気だるげな顔でミレイユを見る。


「スレイヤー機関に攻撃を仕掛けた時は、とても強い人が一人いてかなり楽しめたけど……君は弱いね。つまらない。そろそろ終わらせる?」

「くっ……!」


 フェイの強さは、ミレイユを大きく上回る。

 ミレイユの勝ち筋はたった一つを除いて、今や全て失われていた。

 そう、たった一つを除いて。


 ミレイユは右手を差し出す。

 そしてそこに、全魔力を集中させた。

 呆れたような顔でフェイは言う。


「まだやる気なの? 諦めがつかないのか、ただ単に馬鹿なのか……まぁいいよ。その一発、私に当ててみなよ。それで君の攻撃は最後」


 どこからでも当ててみろ、と言わんばかりにフェイは手を広げ、自然体で立っている。

 ミレイユは完全に有効打を与えられる敵として見られていなかった。

 しかし、そんなミレイユにも一つだけ……たった一つだけ、ここから巻き返せる可能性がある手段を持っている。


 右手に集中させた全魔力をミレイユはギュッと力強く握りしめる。

 するとそれは、やがて眩く青色の光を放ち始めた。

 今までと様子が違うことに気付いたフェイが眉をひそめる。

 青い光を解放するように、ミレイユはそっと右手を開いた。


天氷執行エクスキューション


 青い光……それを放っていた魔力の塊は、まるで『氷の太陽』のように空へとゆっくり上がっていく。

 そしてそれと同時に、ミレイユやフェイの周囲に少しずつ氷が生成され始めた。

 違和感を覚えたフェイは空中に浮かぶ氷の太陽に近づこうとするが、その手前で足を止める。

 いや、足を止めざるを得なかった、と言った方が正しかった。


「何!?」


 フェイの両足に氷のツタが張り巡らされ、フェイは身軽に動くことが出来なくなっていた。

 破壊することは容易いものの、破壊した瞬間にまたもう一度氷のツタが素早く足に絡まってくる。

 それは何度やっても同じだった。


 氷のツタが段々体全体を覆っていくのに恐怖心を覚えたフェイは、焦った声を出してツタを全て振りほどく。

 そしてそのままミレイユに向かって加速し、その首を掴もうとした。

 しかし。


「無駄よ……天氷執行は氷の太陽。私の魔力が続く限り、地表を氷で覆い続ける」


 一歩進むたびに莫大な量の氷の壁に行く手を阻まれるフェイ。

 何度叩き割っても、瞬時に氷の壁は再生される。

 やがて体の八割ほどが氷に覆われたことで、フェイは死の恐怖に駆られる。


「クソッ……!! 行速・真ザ・ウィンド・トップギア!!」


 魔法を強化再発動させたフェイは、今まで以上の超速で次々と氷を砕いていき、ミレイユに急接近する。

 物量で相手を押さえつけるミレイユと、手数でそれを砕いていくフェイ。

 二人の戦いは超絶なスピードで進行していった。


「これで!!」


 ミレイユは手を振りかざす。

 すると、氷の壁が生成されると共に、空中に浮かんでいる太陽は異様な音を立てて氷の吹雪までも起こし始めた。


「撃て!!」


 ミレイユが手を振るうと共に、氷の吹雪……凝縮されてビームのようになった吹雪が、フェイの体を撃ち抜くために発射された。

 その直前に氷の壁を砕き切ったフェイは間一髪でそれを避けて、ミレイユの喉元寸前まで手刀を伸ばす。

 だが。


「無駄よ!」


 ミレイユの指揮により、氷のビームは方向を急転換させ、フェイの体へと直撃する。

 息もつかせぬ間に、フェイの体は完全に凍った。

 最早一秒も予断を許さない戦いは、何とかミレイユの勝利に終わった。

 ギリギリで勝利したことにより、ミレイユはその場に力なく座り込んでしまう。


 だがその時、ミレイユ自身の魔力が尽きたのか天氷執行の効果が途切れ、氷の太陽が塵となって消えてしまった。

 そしてそれと同時に、フェイの氷にひびが入る。


「……ま、さか」


 天氷執行使用後も生成された氷は残る。

 しかしそれは『残るだけ』であり、耐久力は天氷執行使用時よりも格段に下がり、普通の氷とほぼ同じくらいになってしまうのだった。

 驚きと共にミレイユは逃げようとするが、その足掻きは無駄だと言わんばかりに氷を突き破ったフェイが、超速でミレイユの眼前へと立ってその首を鷲掴みにした。


「ぐ、あぁっ!」

「危なかった、やっぱりさっき殺しておくべきだったね。少し慢心した」


 今度は寸分の油断も許さないように、フェイは慎重にミレイユの首を絞め上げていく。

 天氷執行を使用したことにより、ミレイユの魔力はもう底を尽いていた。

 素の力だけでどうにかするには、フェイとミレイユではあまりにもパワーの差が顕著だった。

 ミレイユ単身ではもう、どうすることもできない。


「じゃあそろそろおしまいにしようか。おやすみお嬢さん、いい夢を」


 その言葉と共に、より一層ミレイユの首を絞め上げる力が強くなる。

 焦点が合わず、ミレイユの視界はチカチカと点滅していた。


 うめき声を上げることすらできず、ミレイユがその短い生涯を終えるかに見えた時……突然、フェイの手がミレイユの首から離れる。

 ミレイユは地面に倒れ伏すと、今まで吸えなかった分の酸素を取り戻すように、思い切りむせかえった。


「誰、あなた?」


 フェイが誰かに向けて言葉を発しているのが聞こえる。

 視界の点滅が段々収まってきてはいたものの、ミレイユは唐突に来た乱入者の方を向く余裕はなかった。

 しかし乱入者の声が聞こえたことによって、ミレイユの脳裏にあった記憶が僅かに揺らいだ。


「今すぐその子から離れてもらおうか……五氷柱の陣ファイブ・ジ・アイスブレイク


 どこかで聞いたことがある声は、魔法を発動したらしい。

 辺りが急速に冷えていくのをミレイユは感じた。

 そしてそれはフェイにも何らかの効果を及ぼしているらしく、フェイのあせる声が聞こえる。


「くっ、なんなのこの氷! 絡みつくように……さっきのあの子の魔法みたいに!」

「一度しか言わないぞ、ご婦人」


 やがて目が回復してきたミレイユは、乱入者とフェイの方を見る。

 フェイの周囲には五本の氷の柱が立てられ、そこから出てきた氷のツタによって動くことを封じられていた。


 男はがっしりとした体格で、焦げ茶のコートを羽織っている。

 その男の顔を見た瞬間、ジワジワとミレイユの記憶が蘇ってくる。

 ミレイユの記憶にある顔よりか、大分老けてはいたが、その顔は片時たりとも忘れたことはない顔だった。


「その子……うちの娘にこれ以上危害を加えないで貰おうか」

「お父、さん……!?」


 ミレイユをフェイの攻撃から救ったのは、他でもないミレイユの父親、ガラン・ソファーレンだった。

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