第二十九話『破壊の跡/迫る時』

 機関本部は巨大な古城だったが、今やその半分ほどが瓦礫にまみれ、崩れかかった状態となっていた。

 外側から衝撃を受けたような部分が多数あることからも、ヴィオラたちには外敵の襲撃があったことがわかる。


「……とりあえず、機関長にガスガルタでの一連の報告を兼ねて聞きに行こう」


 アレンの一言により、四人は機関本部へ向けて歩き始めた。


 本部に入ってみると、内部も酷い有様になっているのが四人には見えていた。

 ヴィオラが初めて来た時の、機関の入り口だとは思えないほどの荒れようである。


 そのまましばらく歩いていくと、ヴィオラたちはボロボロになった壁や床の瓦礫を掃除しているサリー・ルールムと出会う。


「……サリーさん!」


 声をかけつつ近づいていた時、ヴィオラはサリーの片腕が包帯にくるまれていることに気付く。

 よく見ると顔にも所々手当がされていた。


「一体何があったんですか!?」

「ヴィオラさん、それにアレンさんたちも。そういえば任務に行かれていたんでしたね」

「ガスガルタで攻炉の組織員と戦闘があって、ってそんなことは今はどうでもよくて、機関に何があったんですか!?」

「ヴィオラさんたちと同じです。攻炉の襲撃があったんですよ」


 サリーの言う所によると、攻炉の組織員の一人が、大量の魔物を連れていきなり機関本部の前に現れたらしい。

 ちょうど本部に留まっているスレイヤーが極少人数だったこともあって、被害は甚大なものとなっていた。


「その組織員の女……確かフェイと言ってましたが、フェイはセイブン機関長と戦闘を行い、敗れた後逃走しました。流石に機関長相手では分が悪かったようですね」


 ヒビが入った眼鏡をかけ直し、歩きながらサリーは四人に説明を続ける。

 魔物の軍勢に若干劣勢ではあったが、セイブンの魔法により機関自体は事なきを得たらしい。

 しかしそれによりセイブンは魔力をほぼ全て使い果たし、しばらく機関から動けないほどのダメージを受けたという。


 そんなことをサリーが話している間に、五人は機関長室の前へと到着する。

 サリーに別れを告げ、ヴィオラたちはセイブンに報告するため中へと入った。


「おぉ、アレン君たちか。よくぞ無事で帰ってきてくれた」


 セイブンはヴィオラたちが初めてスレイヤー機関に来た時と同じような優雅な姿勢で座っていたが、その表情には翳りが見えていた。


 ヴィオラは黒牢を持ってから、何となくではあるが人の魔力の調子が見えるようになっていた。

 と言っても、普通の人間と同じ「あの人は元気そう」「ちょっと疲れてるみたい……?」と推察できるくらいのものではあったが。


 その能力でセイブンを見てみると、その魔力は今にも尽きかけているような状態だった。

 魔力は完全に尽きると、その人物の健康状態に悪影響を及ぼす。

 人によっては数日間寝たきりの状態になってしまうこともしばしばあるようだった。

 セイブンは正に、その状態の一歩手前のところに位置している。


 アレンはセイブンの調子を伺いながらも話し始める。


「セイブン機関長。サリーさんから聞きました、ここにも攻炉の襲撃があったみたいで」

「あぁそうだ。幸い、私を筆頭にして動けるスレイヤー十数人がかりでなんとか追い払えたが……しかしそれによって機関に駐在していた、私を含めたほぼすべてのスレイヤーが負傷してしまった。今、機関で動けるのは実質的には君たち……アレン君のチームと、光明華だけだ」

「そんな」


 頭を抱えるアレンの横から、タクトがおずおずと口を挟む。


「と、ということは、ネルカさんたちは無事なんですか?」

「あぁ。君以外のメンバーも全員ちょっとした任務に行ってもらってたからね。先ほど帰ってきた。全員無事だよ」

「よ、よかったぁ」

「そう、アレン君たちの所のザイル君も無事だ。襲撃があった時に別室に移動させたが、怪我はないよ」

「そうですか……安心しました」


 アレン、ヴィオラは胸を撫でおろす。

 ミレイユもどこか安心したような表情だった。

 しかし、セイブンは依然表情が暗いまま、その顔をさらに引き締める。


「だが今言ったように、動けるメンバーはアレン君のチームと光明華だけだ。こんな時に攻炉の行動が活発にでもなったら、それこそ惨事が起きかねない……すまないが、次に攻炉の動向がわかるまでは、君たちは任務に出ないようにしてくれ。今は君たちが防波堤だ」


 その言葉により、ヴィオラたちにも緊張が走る。


「……それで、機関長。ガスガルタでの一件の報告なんですが」


 アレンがガスガルタで起こった攻炉との戦闘を一通り話すと、セイブンの顔はほんの少しだが明るくなった。


「ほう、攻炉の組織員を二人も。それはかなりの朗報だね……勿論、魔物があちらの手に渡ってしまったのは残念だが、それを差し引いても良い報せだ」


 セイブンはゆっくりと机に手をついて立ち上がると、アレンたちの前へと歩いてくる。


「今後の攻炉への対処は、君たちが中心人物となる。いきなりこんな重責を背負わせてしまって申し訳ないが、これしかない。覚悟しておいてくれ」


 その言葉に、ヴィオラたちは今一度背筋を正す。

 攻炉との決戦は、もうすぐそこまで迫っていた。


 ― ― ― ― ―


「ふぅ」


 数日後、ヴィオラは機関の瓦礫清掃作業を終え、ザイルが寝ている医務室まで来ていた。

 ザイルは攻炉の襲撃による怪我はないものの、依然として目を覚まさない。


 このまま意識が戻らないままザイルは一生を終えるのではないか、とヴィオラは時たま恐ろしくなることがあったが、気にしてもどうしようもない問題なので、出来るだけ気にしないように努め続けていた。


「……ザイル」


 ザイルの顔にかかっていた髪の毛を、ヴィオラはそっと払う。

 穏やかな表情で眠り続けるザイルは、今まであまり見たことがないような顔だった。

 意識がある時はいつもしかめ面に近い表情をしていたのがヴィオラの記憶に強く残っている。

 しかし今のヴィオラには、もう穏やかな表情の方が見慣れた顔になってしまっていた。


 ヴィオラは力なく横たわっているザイルの手を、ゆっくりと、だがしっかり握る。

 その手にはまだ確かに温もりがあった。

 その温もりを少しずつ探っていくように、ヴィオラは手に力を込めていく。


 いつの間にか、ヴィオラの体の周囲に魔力が立ち込め始める。

 それはゆっくりと、だが確実にザイルの方へも伝わっていった。


「もうこのまま、一生会えないなんて嫌だよ……!」


 魔力はやがてザイルの体を少しずつ、少しずつではあったが覆っていった。

 その状況に驚くヴィオラだったが、魔力に”暖かさ”を感じていたことで自然と警戒は解いていた。

 ザイルにとって何らかの良い効果が表れると信じて、ヴィオラはそのままザイルの体を魔力で覆っていく。


「お願いだから、目を覚まして!」


 ヴィオラがより一層強く念じると、ザイルの体を覆っていた魔力が、一段と強く噴き上がる。

 それはまるで、ザイルの生命の鼓動を後押ししているかのように、ゆっくりと脈打ち続けていた。

 やがてそれが一段と大きく脈打つと、魔力はザイルの体の中へと収束していった。


「……う、ん」


 ヴィオラはそれを見た時、静かに息をついた。


 ザイルの目が僅かに開き、それと共に身じろぎをしようと動いていた。

 ザイルの意識が戻ったことを確信したヴィオラは、よりはっきりと意識を取り戻させようと大声で話しかける。


「ザイル……!? ザイル!!」

「ヴィオラ……」


 ヴィオラの声によって、ザイルは完全に意識を取り戻し、ゆっくりと体を起こそうとする。

 それを助けつつ、ヴィオラはほんの少しだけ涙ぐんでいた。


 先ほどの魔力のうねりは何だったのか、ヴィオラにとっても謎ではあったが、以前に黒牢に言われた言葉を思い出す。

 それは、ヴィオラがノエン村でギロウに再戦を挑む前に言われた言葉。


「契約した時はドラゴンも倒せた。ギロウは絶対ドラゴンより弱い……何で攻撃が通らなかったの?」

『恐らくは、お前の不慣れな魔力操作が原因だ』


 魔力操作の上達がどのような効果を生み出すのかはヴィオラにとっても未知数だったが、ノエン村・メルファール・ガスガルタと様々な場所で戦い続けたことによって、ヴィオラ自身の魔力操作が飛躍的に向上していたのではないか。

 そのような考察が思い浮かぶ。


 魔力操作によってザイルの意識を復活させる補助が出来た……というのはいささか虫のいい考え方ではあるかもしれないが、今の時点ではそう結論付ける他なかった。


 とにかく、ザイルの意識が戻ったことをヴィオラがひとしきり喜んでいた時。


『ヴィオラ・クラシカルトさんへ連絡します。早急に機関長室へ来てください。攻炉がロウウィード王国に襲撃をかけました!」


 医務室にあるスピーカー型魔道具からサリーの声が聞こえてきたことによって、ヴィオラは一気に現実に引き戻される。

 ガランの『ロウウィード王国・王都に攻炉の動きは収束しつつある』という言葉を思い出したヴィオラは、攻炉との決戦がいよいよそこまで迫っていることを察した。


 ザイルは未だここがどこかもわかっていない様子ではあったが、機関長室にすぐ駆け付けねばならない。

 ヴィオラはザイルの肩を掴むと、思い切り抱きしめた。


「ザイル、意識が戻って本っ当によかった!」


 その後、ヴィオラは医師にザイルの意識が戻ったことを伝え、機関長室へと駆け出す。

 今度こそ、攻炉との決着をつけるという覚悟を以て。

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