第三十話『決戦/因縁に終止符を』

「先程、ロウウィード王国・王都にいる冒険者から機関に連絡があった。巨大な魔物が王都で暴れているらしい」


 セイブンは手を組んで、憂慮していた事態がついに起こったように話す。

 ヴィオラの他に、機関長室にはアレンとミレイユ、そして光明華ライト・ブルームの四人が集まっていた。


「その魔物は王都に出現してからまだ数分と経っていないが、王都に甚大な被害をもたらしているそうだ。王都にいる冒険者たちや王立騎士団が対処しているものの、それも時間の問題らしい……君たちの出番というわけだ」


 重々しく息を吐き、セイブンはヴィオラたちと光明華をぐるりと見回す。

 その瞳には僅かな不安を宿していたが、それを振り払うようにもう一度軽く息を吐き、その場にいた七人に命令を下した。


「機関の調査員はその魔物の独特な形状から、今までに攻炉が集めてきた、封印された魔物を合体させた代物であると判断した。恐らく攻炉も王都にいるだろう。そこで今回の任務を下す。『巨大な魔物の滅殺、そして攻炉組織員の殲滅』だ」


 機関室に集まった一同に緊張が走る。

 それはヴィオラも同じだった。


「攻炉の組織員は、一度取り逃がすと何度もこのようなことをやるだろう。今回こそ、組織自体を叩くチャンスだ。みんな心して掛かってくれ」


 アレンを筆頭に了解の声が発せられる。

 光明華の教官であるルナが機関長室の床に素早く魔力で線を引く。

 するとその線は転移魔法陣となり、七人を明るく照らし始めた。


「君たちの健闘を……祈っている」


 その言葉を最後にして、七人は王都へと転移した。


 ― ― ― ― ―


 ロウウィード王国の王都へは、ヴィオラも公爵令嬢という立場上何度か来たことがあったが、今回の王都はいつも見る活気ある風景とは全く異なっていた。


 どこまでも続く家々や店、そしてその中心部に高くそびえ立つ城は今、赤く燃えている。

 その原因は、正に王都を練り歩いている『巨大な魔物』によるものだった。


「な、何だあれは……!?」


 光明華のメンバーであるオームが、驚愕の声を漏らす。

 巨大な魔物は一言では形容しがたい姿をしていた。

 様々な魔物を無理に合体させたことから、その弊害が出ているのかもしれない。

 四本の巨大な足がついているのははっきりとわかるが、その胴体に位置する場所はスライムのようにグニャグニャと流動していた。


 その流動している胴体をよく見てみると、封印された魔物の欠片……手足や頭、翼などが無造作に出入りし、それらが個々に苦痛による悲鳴を上げている。

 黒牢が苦々し気に呟く。


『ここまでの外法を平気で行う集団だったか』


 呆然とそれを見ていたヴィオラだったが、やがて『あの魔物を今からここにいる七人で止めなければいけない』ということを思い出す。

 セイブンに命令された以上やるしかないのはわかっていたが、それでも。


「あの大きさを、この七人で……!?」


 魔物はそれこそ王城を、そのスライムのような体で丸呑みできそうな程膨らんでいた。

 そのような巨大な代物を、たった七人で止めることなど、果たしてできるのだろうか。

 ヴィオラに急速な不安がのしかかってくる。

 しかし。


「なんとか、するしかないんだろうな。光明華の指揮はルナ先生に任せます! 俺はヴィオラとミレイユを連れて行く、挟み撃ちでいきましょう」


 覚悟を決めたであろうアレンの言葉によって、ヴィオラは我に返る。

 光明華と別れを告げ、アレンやミレイユと共に走り始めた。


「あの魔物はゆっくりと王城に向かっている! 恐らくは王城も壊滅させるつもりだろう、俺たちは後方から攻撃を仕掛ける! いいね!」

「「はい!」」


 魔力で強化した肉体によって、三人は凄まじいスピードで魔物の後ろへ走っていく。


 この速度なら数分後には魔物への攻撃を始められる……ヴィオラがそう思った時だった。

 アレンが走っていたその横に転移魔法のゲートが突然開く。

 そして中から、長髪の青年がアレンへ向けて蹴りを放った。


 完全に意識の外から攻撃を喰らったアレンはガードすることも出来ず、横の商店へと吹き飛ばされる。

 ヴィオラとミレイユは瞬時に青年から距離を取り、剣を構えた。


「ふむ……一撃で死なないのは当たり前か」


 商店に激突したアレンが体勢を立て直し、青年の前に立ちはだかるのを見てヴィオラは心なしか少し安堵する。


「だが、私は一人で来たわけではないのでな。お前たちに組織がどれほど苦しめられたか、かくいうお前たちが知らんはずもあるまい」


 長髪の青年は、やはり攻炉の組織員らしい。

 着ていたローブを脱ぎ去りインナー姿になると、首を鳴らしつつ構えを取る。

 アレンが魔法を発動させるのを見て、ヴィオラとミレイユも後方からアシストするために武器を構えるが。


「おっと、そこのお嬢さんたちには別の場所で戦ってもらいましょう」


 エルバートに続き、転移魔法のゲートから出てきた老人……ベスタが、ヴィオラたちに向かって手を振るう。


「なっ」


 ヴィオラの周囲に転移魔法陣が刻印されていき、瞬く間にヴィオラは王都内の別の場所……住宅街へと転移させられてしまった。


「そんな、ミレイユ、アレン先生!」

 

 二人の名を叫んで辺りを見回すが、二人は完全に別の場所にいるらしく、声は届かなかった。

 遠くで光明華のメンバーが魔物と戦っているらしい音は聞こえるが、今いる場所からはよく見えない。


 焦ったヴィオラは駆け出そうとするが、目前に転移してきた人物によって行く道を阻まれてしまう。

 それは。


「やぁ。久しぶりだね」

「ラウロー……!」


 本を片手に抱え、この炎上する街の中涼し気な顔で白いシャツを着こなしている男……ラウローは、メルファールで戦った時と変わらない姿でヴィオラの前に立ちはだかっていた。


『落ち着け、ヴィオラ。メルファールでは感情を抑えきれずあんなことになった。心頭滅却すれば自ずと勝ち筋も見えてくる』

「……わかった」


 ヴィオラは一度だけ大きく息をつくと、ゆっくりと黒牢を構え直した。

 それを見て、ラウローは意外そうな顔をする。


「へぇ、今度は怒りに任せて向かってこないんだ。成長したんだね」

「うるさい。私はアンタを倒して……二人を救けに行く」


 ヴィオラは刀に魔力を込めた後、間合いを詰めるようにしてジリジリとラウローに近づいていく。

 それに対し、ラウローは軽く息をつくと本を開いた。


本軸結界フィールド・オブ・ザ・ブック


 ラウローの言葉により、二人の周囲に結界が張られる。

 薄っすらとしたシャボン玉のような膜のそれは、数秒もする内に二人の決闘場となった。


「僕も君には思うところがあってね。どうせならこの結界でフェアに行こうじゃないか」

「……どういう能力なの」

「僕は固有魔法を扱うことが苦手でね。それで幾分か苦労してきた……そこでだ。この結界の中では一切の固有魔法・汎用魔法が使えないことになっている。ただ、魔力は使えるよ。純粋な魔力を操作する技術だけで、どこまで戦えるか。そういうシチュエーションバトルをやろう」

「ふん」


 ヴィオラは鼻を鳴らすと、黒牢を構え直す。

 今度はラウローも、拳に魔力を宿してヴィオラの前に立ちはだかる。

 因縁に終止符を打つ戦いが、今始まる。


『厄介な結界を張られたな、ヴィオラ……そこで俺から、作戦とは言えないが提案がある』

「何?」

『お前の全力をぶつけてやれ! 限界を超えた力を』

「……了解!!」


 先に動いたのはヴィオラだった。

 魔力強化を限界まで施した肉体で一気に駆け出すと、いきなり渾身の一撃をラウローに向かって振り下ろす。

 だが、ラウローはそれをいとも容易く受け止めてしまった。


 そのまま黒牢を掴むと、ラウローは結界の際までそれを放り投げる。

 無防備となったヴィオラの肉体に、数度打撃を打ち込んだ。

 とてつもない衝撃と灼けるような痛みに、ヴィオラは絶句する。


「がっ……!?」

「固有魔法の代わりに、僕は限界まで魔力操作を極めることにしたんだ。こんなもんじゃ終わらせないよ」


 ラウローはヴィオラの髪を掴んで逃げられないようにすると、そのまま二度三度打撃を繰り返した後、髪を放しつつ蹴りを繰り出した。

 ヴィオラは黒牢が放り投げられたところまで転がる。


「くっ、あぁ……」

『大丈夫か、ヴィオラ! ヴィオラ!!』


 黒牢の声を頼りに、なんとかヴィオラは意識を保つが、そこにラウローの追い打ちがかかる。


「君はッ徹底的に潰しておかないとなッ!!」


 近づいて横たわっているヴィオラに次々と蹴りを放っていくラウロー。

 碌に反撃も出来ず、ヴィオラはただ攻撃を受け続けてしまっていた。


「ぐあっ!」


 やがて、再び髪を引っ張ってラウローは無理矢理にヴィオラを立たせる。

 ラウローの腕をなんとか髪から話そうとヴィオラはもがくが、血まみれの顔では目の前がよく見えなかった。


「僕と正面切って戦うのは潔いし、その姿勢を否定はしない。でもね、この場所に限っては歴然とした実力の差というものがあるんだよ。かつて君に敗れかけたのも、君の……刀の魔法ありきだ。それじゃあ、この結界内では勝てない」


 それだけ言うと、ズタズタになったヴィオラの体にトドメを刺すべく、ラウローは片手に最大限の魔力を込め始める。


『いかん、避けろヴィオラ!!』


 黒牢が叫ぶものの、その声は半ばヴィオラには届いていない。


 ラウローの拳がヴィオラの体に炸裂する前、ラウローは手向けのように言い放った。


「君の足掻きも……君を守ったあの少年の足掻きも、ここまで来た君の盟友たちも、全て無駄にしてやるよ!!」

「……ッ!」


 瞬間、ラウローの拳がヴィオラの腹部に直撃する。

 先程の攻撃とは比べ物にならないほどの魔力を込めた攻撃に対して、一気に血を吐くヴィオラだったが、しかし。


「……なんで、何で倒れない」


 驚愕の念と共にラウローが口から言葉を押し出す。

 ラウローの一撃を喰らっても、ヴィオラは未だ立っている。

 そしてそれと同時に、止まっていたラウローの拳を、ゆっくりと、少しずつヴィオラは掴み、押し戻していた。


「僕の全魔力を込めたんだぞ、現に君はボロボロじゃないか……なんで倒れないんだ!」

「……さいな」

「え?」


 ヴィオラはラウローの拳を乱暴に押し戻す。

 それによってよろめいたラウローの顔に正面切って、思い切り拳を叩き込んだ。


「ごはっ!?」


 地面に亀裂を入れるほどの勢いで倒れ込んだラウローに対し、ヴィオラは仁王立ちで立ちふさがり怒号を飛ばす。


「私の仲間を悪し様にゴチャゴチャ言いやがって、うるせえッつってんだよ!!」

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