第二十八話『夜明け/とりあえずの終結』

 クライグを倒した後、ヴィオラはザンバに肩を貸してもらいながらミレイユに近づく。

 倒れているミレイユは依然として毒の効果が残っているのか苦しそうではあったが、いくらか吐く息が穏やかになっていた。


「大丈夫、ミレイユ……?」


 その場に座り込み、ミレイユの体をヴィオラは優しくゆする。

 するとミレイユは小さく呻いた後、ほんの少しだけ起き上がった。


「う……大丈夫。少し、気分が良くなったわ」


 ヴィオラはミレイユをその場に座らせる。

 ザンバにタクトのことを助けてもらうよう頼んでから、ヴィオラはミレイユへと向き直った。


 ミレイユの体調を聞く限りでは、どうやらクライグの魔法である汚染岩石の毒はクライグ自身の魔力の調子に左右されるらしい。

 地面に倒れ伏しているクライグ……死んでいるのかはわからなかったが、とりあえずもう起き上がれる状態ではないようだった。


 クライグ自身の調子が悪いため、汚染岩石の効果も自然と薄れたのであろうとヴィオラは解釈する。

 というよりかは回復魔法を使えないアレンが傍にいない今、そう解釈せざるを得ない、と言った方が正しかった。


 とりあえずミレイユがクライグとの戦闘時よりかは体調が回復していることを確認した後、ヴィオラはクライグの方へと近づいていく。

 クライグは今や、地面にうつ伏せに倒れたままピクリとも動いてはいなかった。

 やはり死んでいるのだろうか、ヴィオラの頭に勝利の二文字が横切る……が、次の瞬間。


「……せ、めてこれだけは!!」


 勢いよくクライグは起き上がり、魔物が封印されている祠へ向かって何かを投げる。

 ヴィオラが刀で弾くことも考えられないような、正に一瞬の出来事だった。

 ヴィオラは再び起き上がったクライグに対し、まだ死んでいなかったかと焦りと共に攻撃の構えを取る。

 しかし、その必要はなかった。


「か、はは」


 ほんの少しだけ息を吸い込んだ後、クライグは再びその場へと倒れ伏した。

 ヴィオラは恐る恐る近づき、黒牢を使って様子を探ってみるが、どうやら今度こそ本当に死んでいるらしい。

 黒牢も気配が消えたことを感じ取っていた。


 クライグが死んだことがわかると、ヴィオラは再びへなへなとその場へ座り込む。

 激戦だったということもあるが、この世界で初めて人間の命を奪ってしまった、という事実に対して、しばし放心してしまっていた。

 確かにクライグは攻炉に属している敵で、スレイヤー機関としても人間と戦う任務はいくつもあるが、それでもヴィオラは前世の倫理観に引っ張られ、人を殺してしまったという事実と向き合うことになっていた。


 そんな中、タクトに肩を貸しつつ歩いてきたザンバがヴィオラに声をかける。


「おい、お前さんは大丈夫かい?」

「あ……はい。ザンバさんのおかげで助かりました」

「いいってことよ。まぁホントはアイツが出てくるべきなんだけどもな。とにかく、これでこっちは一件落着ってわけか」


 ヴィオラとザンバがしばらく話したり、祠に異変がないか調べてみたりしていると、やがて山の上方からアレンが歩いて降りてきた。

 見た目はさほど汚れていないようだったが、相当な疲労が溜まっているのか歩き方が若干おぼつかないようにヴィオラには見えていた。


「アレン先生!」

「あぁ、ヴィオラ。こっちは大丈夫だったかい?」

「途中でたまたまザンバさんが助けに入ってきてくれて、それで何とか……先生の方こそ大丈夫だったんですか!?」

「こっちも何とかなったよ。ちゃんと死んでいるのも確認した」

「こちらも死んでると思うんですけど、完全に死ぬ前に祠の方へ何か投げたみたいで……祠に異変はないので何かはわかってないんですが」

「……何?」


 アレンはやや急ぐように祠へ向かうと、祠へ両手をついて異常がないか確認し始める。

 しばらく魔力を込めたり、かと思えばその魔力を自分の体へ戻したりとはた目からはよくわからない行動をしていたが、やがて手を離してヴィオラたちの方へ戻ってくるとため息交じりに状況を話した。


「やられたな。祠の封印が解けて、中身だけどこか別の場所に転移されたみたいだ」

「そ、そんなことがあるんですか!?」

「恐らく、クライグが死ぬ前に投げたのは何らかの魔道具だろう。それが一瞬にして魔物を封印から解き、どこかへと転移させた。魔力で探ってみた感じ、この前メルファールの街で戦ったベスタとかいう人と似た魔力の残滓を感じた。恐らくは攻炉お手製の魔道具ってところだと思う」


 一通り祠を調べ終わると、横になって安静にしていたミレイユにアレンは近づき、回復魔法を施す。

 ヴィオラがアレンにクライグの汚染岩石について話すと、アレンはしばし眉をひそめてたが、どうやら心配事はミレイユの容態を見て消えたらしい。


「すまないね、ミレイユ……任務上、どうしても祠を調べるのが先になってしまった」

「いえ、大丈夫です。元はと言えば私が負傷したのが悪いので……」

「今後の攻炉との戦闘は、より熾烈になっていくと思う。ミレイユやヴィオラたちにも回復魔法を会得してもらう必要があるかもしれないね」


 アレンに回復魔法をかけてもらったことで、ミレイユは一応立ち上がって歩き回れるようにまで回復していた。

 ボロボロながらもなんとか生還したヴィオラたちを見て、アレンは一息つく。

 そしてザンバの方を向くと、頭を下げた。


「ありがとう、ザンバさん。あなたがいなかったらこの子たちは恐らく死んでいた。なんで夜更けにこんなところにいたのかは聞かなかったことにするよ。とにかく、恩に着ます」

「ははは、そんなに丁寧に礼してもらわないでもいいさ。俺もやんごとなき事情があってこの辺りにいただけだからな……お、日が昇って来たみたいだぜ」


 辺りが段々と明るくなっていくことに気付いたザンバが、彼方を見上げた。

 つられてヴィオラたちもそちらを見る。

 そこには、ヴィオラたちの勝利を祝うかのように太陽が昇り始めていた。


 しかし、攻炉との勝負には勝ったが魔物は開放されてしまった。

 完全なる勝利とは言い難い所に、ヴィオラたちは各々もどかしい気持ちを抱えていた。


「……帰ろう」


 クライグの死体を処理した後、アレンのその一言によって、五人は下山を始める。

 ガスガルタでの戦闘は、これにて一応の決着を見せた。


 ― ― ― ― ―


「もう帰るのか、スレイヤー機関ってのは中々多忙なんだな」


 二日後、冒険者ギルドへ攻炉との戦闘について報告しに行った後、ヴィオラたちは各々帰る準備を進めていた。

 そして今日、ヴィオラたちは機関へと転移する予定だった。


 ミレイユたちが荷物をまとめる中、ヴィオラは一人ザンバとガランが止まっている宿まで別れの挨拶をしに来たのだった。


「はい。なんでも昨日から機関との連絡が取れないらしくて、本部で何かあったんじゃないかと」

「そうか……心配な話ではあるが、俺たちは行くことも出来んしな。気を付けてな」


 ガランは今まで通り、快活な調子で終始喋っているが、ガランは浮かない顔をしつつ横で相槌を打っている。

 それが気になったヴィオラはガランにも声をかけた。


「あの、ガランさん」

「あ、あぁいや、すまない。先日の戦闘について思い出してしまってね。やはりあの時、私が割って入るべきだった」

「そうだぞアンタ。なんであそこで飛び入りを踏みとどまるんだ。ソファーレンさんにとって大事な娘だろう? 先々のことまで考えて、今起きてる危機に目が向かないんじゃ意味ねぇよ」

「……全くその通りだ。長い間会ってなかったら、心のどこかで接しづらいと思ってしまったのかもしれない」

「ま、まぁ全員助かったことですし、良かったですよ。ザンバさんも助太刀ありがとうございました」

「いいってことよ」


 黒牢が『今度会う機会があれば、是非ザンバの先祖の話を聞かせて欲しい』と言っていたことも伝え、ヴィオラは席を立つ。


「ヴィオラ君。私たちが辿っている攻炉の動きは、ロウウィード王国の王都に収束しつつある。もしかしたら近いうちにそこで何か起こるかもしれない。頭に入れておいてくれ」

「……! 覚えておきます」

「また何かあれば、そこで会えるかもな。ヴィオラ、それに黒牢様も。達者でな」

「ザンバさんとガランさんも、お元気で!」


 近いうちの再会を予感させつつも、ヴィオラはザンバたちの元から去っていった。


 ― ― ― ― ―


 ガスガルタから出て、ヴィオラたちは転移魔法陣がある小屋の中へと入る。

 アレンが魔法陣を作動させると、一瞬にして四人は機関本部の前へと転移を完了させた。

 しかし。


「な、なんだこれ!?」


 タクトが驚いたように声を漏らす。

 それも無理はなかった。

 ヴィオラもミレイユも、アレンですら目の前の光景に絶句していたからだった。


「……一体何があったんだ、これは」


 ヴィオラたちの目の前には、外壁が崩れ、数多の瓦礫が周囲に散乱する半壊状態の機関本部があった。

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