第二十七話『惨憺たる漆黒/二つの終撃』

惨憺たる漆黒シャドウ・ディザスター……!」


 ネメシアの周囲に盛り上がるようにしてできた影……闇の塊は、一斉にアレンに向かって鋭利な刃物のように飛び出していく。

 それをアレンは、魔法で強化した拳で次々と砕いていった。


 アレンはネメシアの闇を操るような動きから、恐らくネメシアの魔法は闇に関係する魔法だと想定する。

 時間帯的に、日はまだ出ていない。

 周囲は闇に包まれていることから、ネメシアの方が有利と言えるだろう。


 短期決戦で勝負をつけることにしたアレンは距離を詰め、新蒼奇譚の能力によって出来た青いオーラの剣をネメシアの首元へ振るう。

 が、しかしネメシアが放った闇の波動によって距離を取らされてしまう。


「能力としては俺と近いけど、厄介なのは周囲に無尽蔵にあるリソースだな……」

「そう、流石に気付きますわよね。私の魔法は闇を操る能力を持ちます。地の利はこちらにあります、後はあなたがどこまで耐えられるかッ!」


 ネメシアは周囲にある闇を吸い取り形を変え、騎士の鎧のようなものを纏った。

 闇の鎧によってネメシアの身長は二倍、三倍にもなり、アレンの身長をゆうに越してしまう。

 片手を突き出して闇で巨大な斧を作り出すと、ネメシアは跳躍した。


「こういう攻撃は……どうですッ!?」


 巨躯の騎士となったネメシアが振り下ろした斧を、アレンは何とか避ける。

 そこから、巨大な体とは思えないような俊敏な動きで斧を連続で振るうネメシアに対し、アレンは距離を取り続けた。


「避けてばかりでは私は倒せないですわよ。ほら」


 立ち止まって指をさすネメシア、それに対しアレンが指をさされた方を向くと。


「……参ったな、これは」


 いつの間にかアレンの周囲は、狼のような魔物に取り囲まれつつあった。

 いや、それは正確に言うと魔物ではなかった。

 それはネメシアの闇を操る能力によってできた、暗黒の塊だった。

 それらは黒い牙を剥き、アレンに対し威嚇の姿勢を取っている。


 ネメシアが手を振ると、アレンに向かって黒い狼たちは一斉に飛び掛かる。

 それに対しアレンはオーラを球形に展開し、自分の周囲に張り巡らせた。

 次々に嚙みつこうとする狼たちを一通りオーラで凌ぐと、アレンはすぐさまそれを解除して手近な狼にオーラで殴りかかる。


 短い悲鳴と共に狼の一体は息絶え、それと同時にアレンのオーラは一際多く膨らんだ。

 それを見たネメシアは顔を引き締める。


「ベスタさんから聞いた話と酷似している……そう、あなたがアレンさんなのですね」

「へぇ、俺って攻炉の間では有名人なの?」

「えぇ、何しろ私たちのボスを追い詰めた方ですからね……ですが、私はベスタさんのようにはいきませんわよ」


 ネメシアは甲冑のような闇を纏うのをやめ、ふわりと地面に降り立つ。

 そして右手を前に差し出し、静かに、だが力強く言い放った。


絶希終撃デッド・ブレイク


 その言葉と共に、アレンの周囲にあった闇は、一斉にネメシアの手中へと収束していった。

 闇が取り除かれた周囲は不自然に明るくなっており、色が抜けたように白色の地面が続いている。


黒一滴ブラック・ドロップ


 地面や木々にかかっていた影、闇は全てネメシアの手中へと収められていた。

 右手を銃の形にして構えると、ネメシアはターゲットをアレンへと定めた。


「……バン」


 瞬間、ネメシアの手中から発射されたそれに、異様な危機感を覚えたアレンは間一髪で避ける。

 見ると、アレンが立っていた地面は元の通り闇によって黒色に染まっていたが、それだけにとどまらずドロドロと溶けかかっていた。


 その様子を見たことから、アレンはネメシアの絶希終撃の能力を察する。

 要は影、闇を一点に収束させ、そこから魔力を混ぜて撃ちだすことによって、超高密度な闇の塊を発射しているのだろう、と。

 そしてその闇はあり得ない力で収束させられたことにより、撃ちだされるとその周囲を闇で染めてしまう……という代物になっているらしい。


 闇で染められたとして、人体にはどのような影響が出るのか。

 実際に喰らってみないことにはわからないが、闇に当たった地面がグズグズと溶けていることからも、よくないであろう影響が出るのは確かだった。


 続けて収束した闇を撃ちだしていくネメシア。

 アレンはそれをギリギリで躱していくが、運悪く一発が掠ってしまう。

 すると、その掠った部分からジワジワと体中に闇が侵食していくのを体感で感じ始めた。

 それと共に、激烈な痛みがアレンの体に走る。

 地面を溶かすような威力は、やはり人間にも作用するらしい。

 アレンはこの時知らなかったが、奇しくもクライグの汚染岩石を喰らったミレイユと同じような状況に陥っていた。


「逃げてばかりでは私は倒せませんわよ?」


 ネメシアの周囲を移動しつつ隙を伺っているアレンに対し、ネメシアは素早く指の銃口を向けていく。

 通常の銃ならば残弾数があるが、どうやらネメシアの絶希終撃にそれはないらしい。

 恐らく、周囲から吸い取った闇の大きさだけ撃てるということなのだろう。


 このままでは新蒼奇譚を使った攻撃も繰り出せず、魔力の回復手段は潰されてしまう。

 その上動き続けると体力も消耗するし、闇が掠った部分の痛みは動くごとに強くなっていく。

 このままではジリ貧だった。

 いずれ動けなくなることを察すると、アレンは移動するスピードを緩め、ネメシアの前方にまで戻ってくる。


「覚悟を決めたようですわね。せめて、一思いに!」

「あぁ、決まったさ……これが俺の答えだ」


 アレンは両手を目の前に差し出し、青いオーラを一点に集中させる。

 そこにネメシアの闇の弾丸が放たれようとした、その時。


絶希終撃デッド・ブレイク澄み渡る真の幻想話クリアブルー・ファンタジア!」


 それはまるで、一つの『絵巻物』のようだった。


 アレンの両手からは、絶希終撃の発動と共に様々なものが飛び出し始める。

 大剣を持った騎士、馬に乗り槍を構えたキョウコクの武士、火炎を噴く巨大な竜、大樹を背中に背負った竜よりもさらに大きな亀、扇を持って踊る天女、さらには夜空を流れる小さな流星まで……それらが元々の大きさを無視して、アレンの両手から次々と発生し、ネメシアに向かって襲い掛かって来た。


「なっ!?」


 アレンの両手から完全に出てきたそれらの生物や星たちは、途端に元の大きさになろうと巨大化を始める。

 そして、巨大化しながら流れるようにネメシアに攻撃を加えていった。

 ネメシアは周囲に向かって黒一滴を放とうとするが、アレンの両手からは依然として様々な動物、植物、果ては建造物などまでが出てこようとしている。


「い、一体どうなってますの……!?」


 アレンとネメシアの周囲は、既に『澄み渡る真の幻想話』の効果により、混沌とした光景が広がっていた。

 空から降りかかろうとする流星、地には多くの戦士や竜を始めとした魔物……それらが一斉にネメシアへ敵意を向けている。

 アレンは大量の魔力消費による疲労が出たのか少しよろめくが、それでもネメシアへニヤリと笑いかけた。


「さぁ、こいつら全部を耐えきれるかな?」

「ひっ」


 ネメシアが悲鳴を上げるよりも早く、戦士たちは突撃を始め、竜は火炎を吐き出し、星は地に流れ落ちた。

 一斉に攻撃を喰らったネメシアとその周囲は、大地がえぐれて巨大なクレーターが出来る。


 そして全ての攻撃が終わると、瀕死のネメシアの体がボロ雑巾のように地へ転がった。

 アレンはフラフラとした足取りながらも、ネメシアの方へ近づいていく。


 全ての攻撃をその一身に喰らったネメシアは、文字通り虫の息といっても差し支えない状態にまで陥っていた。

 手足は醜く折れ曲がり、腹部には大きな穴が開いている。

 そして全身が火傷を負ったように黒ずんでおり、着ていた豪奢なドレスもボロボロに崩れ落ちていた。

 しかし、そんな状況になっても虫の息がある、つまり生きているということは、同時にネメシアの耐久力の高さを示していた。


「……攻炉の一員の中でも、特に戦闘に特化したタイプみたいだね、君は」

「く……っ……」

「でも、その状態にまでなったら息絶えるのも時間の問題だろう。死ぬ前に俺の能力だけ教えておいてあげよう」


 そう言って、アレンは瀕死のネメシアに対して絶希終撃の能力を開示した。


 アレンの絶希終撃・澄み渡る真の幻想話はその名の通り、物語に出てくる登場人物たちを魔力によって具現化し、使役する能力だった。

 それは例えば『騎士が竜を討伐するような話』、あるいは『武士が流星を止める話』……そのような空想上の出来事、人物を現実に顕現させる。


 威力、物量共に一人の人間では到底賄いきれる量ではないそれを、アレンは驚くべきことに一人で全てこなしていた。

 空想上の人物が攻撃するたびに、アレンの固有魔法である新蒼奇譚の魔力回復能力が作動し、一定の確率で魔力が全回復するのを利用する前提での能力ではあったが。


「これを使った後は流石に疲労が溜まるけど……これじゃなきゃ倒せない相手だと思った。強いね、君は」

「……はは」


 ボロボロの体になりながらも、ネメシアは薄っすらと笑っていた。

 アレンには、完全に敗北を認めた上での笑みのように見えていた。


「あとは、頼みますわ……クライグ……さん……」


 その一言を最後に、ネメシアは息絶えた。

 それを見届けると、アレンは足を引きずるようにしてヴィオラたちが戦っている方を目指す。


「待ってろ……」


 既に相当の疲労が溜まり、魔力も半ば尽きかけた体だったが、アレンはゆっくりと、だが確実にヴィオラたちの方へ向かって行った。

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