第二十六話『一閃/一方』

「私に考えがある。一分だけ、私のために動いてほしい」


 ヴィオラの言葉にミレイユは一瞬だけ躊躇うが、頷いた。

 それを見ると、ヴィオラはクライグを一人で食い止めているタクトに向かって叫び、一定の距離を取らせる。


「僕の今の能力、草原の牡鹿グラス・ディアは魔力によって構成された鹿と、細かい葉の息吹を操ることが出来る。耐久力はそんなにないけど、魔法を発動してる間は何度でも再構成することができる、好きに使って」


 覚悟が決まったのか、先ほどのオドオドとした態度とは対照的に手短に説明を済ませるタクト。

 それに対し、ヴィオラはこのままクライグの足止めを続けるよう頼んだ。


「なんだァ、作戦会議か!?」


 挑発しつつクライグは再度、土の手を大量に出現させる。

 どうやらクライグの魔法は魔力と土を練り合わせることで完成するらしく、地面が一面土であるこの場所ではヴィオラたちにとっては不利らしかった。


「行くよタクト! ミレイユ、援護して!」


 ミレイユは剣を振り、土の手を大量に凍らせる。

 その隙間を縫うように、ヴィオラとタクトは走った。

 タクトは鹿の像を再構成し、クライグへと突進させる。

 土で出来た細身の剣でそれを叩き斬ったクライグは続けてタクトも斬ろうとするが、タクトは緑葉の風によって姿を隠し、クライグの攻撃を避けた。


「ちッ!」


 剣で緑葉をいくらか斬りつけるものの、それらは依然としてクライグの中心を目隠しをするように漂っている。


 そしてその隙を狙って、葉の間から黒牢が突き出された。

 黒牢はクライグの腕に僅かに刺さる。


「ッ痛ってぇなあ!!」


 クライグは腕を振って黒牢を腕から外すものの、その後違和感に気付いたようで腕を見る。


「……何だ、これ」


 黒牢が刺さった部分には、黒牢から放たれた白色の魔力がほんの少しだけ発光していた。

 何かの魔法だと考えたクライグは、とりあえずヴィオラを捕まえるために葉の風から距離を取り、辺りを見回す。

 しかし、そこをすかさずミレイユが追撃する。

 氷柱を生成したミレイユは打ち付けていくが、それでもクライグの体にはダメージが入らない。


「うざったいんだよ、お前の氷は!!」


 ミレイユは毒が回ってきたことにより体をフラつかせながらも、氷柱での追撃をやめない。

 そこに鹿を再構成したタクトも加わり、二人で連撃を与えていった。

 クライグがそれらの攻撃を弾き切った時、今度は背後からヴィオラの刺突が繰り出された。


「がっ……!?」

「これで、二つ!」


 二回目の刺突も体に深く突き刺さりはしなかったが、刺した場所に白い魔力が発光した。


『あと三度だ、ヴィオラ! 五度の刺突でこの技は完成する!』


 黒牢が気合を入れる。

 ヴィオラは「わかってる!」という風に三回目の刺突を繰り出そうとした。

 が、しかしクライグはそれを片手で弾く。


 怒りを含んだ叫び声を上げると、クライグは腕の周囲に土を固め、巨大な土の拳を作り上げる。

 そしてその拳でヴィオラのみぞおちを殴った。


「ごふっ!?」


 土の大砲と化したその腕により、ヴィオラは吹き飛ばされ地を転がった。

 追撃しようとするクライグに、タクトが再び葉の目くらましを行う。

 腕を振り回してそれをかき消したところに、鹿の突撃を行った。


「一丁前に連携だけは出来るみたいだな……だが、あの氷女はもう限界みたいだぜ!」


 クライグから目を離し、ミレイユを心配そうに振り返ったタクト。

 その一瞬を目掛けて、クライグの拳が炸裂した。

 ヴィオラと同じように転がったタクトは、ミレイユのすぐそばに倒れる。


 そしてそのミレイユも最早、息も絶え絶えな状態だった。

 肩の傷口が相当に痛むらしく、地面に伏して体をうずくまらせている。


「ミレ……イユ……」


 クライグがミレイユの方へゆっくりと歩いていくのを見ながら、ヴィオラは地面から立ち上がろうともがく。

 しかし、相当なダメージをクライグの拳から受けたからか、容易に体勢を立て直せない状況に陥っていた。


 クライグは勝ち誇ったように土の拳を振りかざす。


「お前らとのお遊びも……これで終わりだ!!」


 クライグの拳によって、ミレイユの頭が潰されそうになった……その刹那。


 鋭い一筋の光と共に、クライグの土の腕が真っ二つに割れる。

 驚いたクライグは、ミレイユから距離を取って辺りを見回した。


「全く、娘がこんなになってるなら自分が出て来いよなァ」


 クライグの目の前には、一人の男が立っていた。

 刀を肩にトントンと当ててクライグを睨む、着流しの男。

 それを見て、ヴィオラは呟く。


「ザンバさん……!」


 ザンバ・テツジはヴィオラを見ると、ニヤリと笑う。


「おう、ヴィオラ。助っ人に来たぜ」

「何だお前は」


 新手か、と訝しむクライグに対してザンバは刀を構える。


「通りすがりの、ただの刀鍛冶さ……いくぜッ!」


 クライグが土の剣をもう一度作り出すよりも早く、ザンバは距離を詰めて斬撃を繰り出した。

 魔力が籠った両腕で数撃ガードするクライグだったが、しかし違和感に気付く。


「痛みが……ないだと」

「ははっ、なんでだろうなァ!」


 クライグに反撃させる暇を与えないまま、ザンバは斬撃を次々と繰り出していく。

 痛みはないものの衝撃は伝わってくるようで、土の壁でクライグは攻撃を全てシャットアウトした。

 その時、背後から迫ったヴィオラが三度目の刺突を繰り出す。

 クライグの背中に突き刺さったそれを引き抜くと、淡く白い光が発光した。


「さっきから一々お前はうざった……ぐあっ!?」

「僕も、まだいける!」


 タクトが木の葉の旋風をクライグに当てる。

 先ほどよりも鋭利になった葉が、クライグの体に刃物で斬りつけていくようにダメージを与えていった。


 ミレイユから距離を取りつつ、三人はクライグに攻撃を与えていく。

 その中で、ヴィオラは四度目の刺突を成功させる。


「はぁっ、はぁっ……」


 無数の傷を受け、明らかに疲弊しているクライグに対し、ヴィオラたちもまた荒く息を吐いていた。

 唯一ザンバのみが、まだダメージが少ないまま軽快な動きを維持している。


「ちっ、これは使いたくなかったが……」


 そんな時、クライグはジャケットから小瓶を取り出した。

 艶めかしい赤い液体が入っていたそれを一気に飲み干す。

 すると、ポーションのような回復効果でもあったのか、クライグの傷が見る見るうちに治っていく。


「アイツ、あんなもんを隠し持ってやがったとは」


 完全に回復したクライグを前に、ザンバは舌打ちをする。


「助っ人共々、ここで完全に殺す……」


 クライグから魔力が迸り、周囲の土に段々それが浸透していく。

 危機感を覚えたヴィオラは五度目の刺突を済ませようと駆け出すが、間に合いそうにない。


絶希デッド……!!」


 だがクライグが必殺の攻撃を繰り出そうとした直前に、ザンバが指を鳴らした。


重回撃破じゅうかいげきははつ!」


 瞬間、クライグの胸に有り得ないほど大量の斬撃が浮かび、それによってクライグは大量の血を吐き出した。

 繰り出そうとしていた攻撃の手が止まり、その場に膝をつく。


「が……こ、これは」

「さっきの斬撃、全部痛みがなかったろ。俺の魔法『重回撃破』は撃ち込んだダメージを蓄積、一気に解き放つ能力さ。とどのつまり撃ち込んだだけ、後で必殺技並みの攻撃としてダメージを与えられるって訳だ」


 そして、重回撃破によってできた隙を、ヴィオラは見逃さなかった。


「これで、最後ッ!!」


 五度目の刺突をしたことにより、今度はクライグの全身が淡く発光する。


「なっ……」


 ヴィオラは一旦距離を取り、黒牢を構え直した。

 邪流殲破、絶倒信義に続く、第三の技。

 それは敵に対し、五度の刺突を行うことで初めて成立する、と黒牢は述べていた。

 それだけの攻撃段階を要するのだから、当然邪流殲破よりも威力は高くなる。


 それはまるで、淡い雪のきらめきのように。

 クライグの体は輝きを増していく……それに対して、ヴィオラは黒牢を構えて踏み込んだ。


白一閃式びゃくいっせんしき!!」


 その名の通り、クライグはヴィオラに一閃された。

 その間、正に一秒にも満たない。


 ザンバの重回撃破、ヴィオラの白一閃式の連続攻撃によって、ついにクライグはその場に倒れた。


 ― ― ― ― ―


 ヴィオラたちとクライグの戦闘が始まったころと、ほぼ同時刻。


「流石はスレイヤーの方。あれだけ景気よく投げられても無傷ですのね」


 アレンとネメシアは、山奥で相対していた。

 調子の悪そうなクライグを先に倒しておくつもりが、ネメシアの方を相手にすることになってしまったことに焦りつつ、しかし表面上はそんな様子をおくびにも出さず、アレンは拳を構えた。


「女性相手に拳を振るうのは気が引けるけど、攻炉の一員となるとそうもいかない」

「あら、意外と紳士的ですのね。けれど……私は容赦しませんわよ」


 ネメシアの周囲を、暗黒が取り囲む。

 それに対し、アレンは魔法を発動させた。


「……新蒼奇譚ブルー・スクリプト

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