第二十三話『魔王と勇者/繋がる因果』
「さて、どこから話したもんかな」
椅子に座って腕を組む刀鍛冶……ザンバ・テツジの向かいに、同じくヴィオラも座っていた。
武器泥棒を衛兵に引き渡した後、ザンバに話を聞くため、無理を言ってヴィオラはアレンやセレナたちと別れた。
そしてその足でザンバが泊る宿を訪れていたのだった。
ここでザンバの話を聞いている間、アレンたちはギルドで任務関係のアレコレを済ませることになっている。
ザンバは顎髭をいじりながら、しばらく思案するように宙を向いていたが、しかし唐突に膝を軽く叩くと、口を開いた。
「そういえば俺と黒牢の関わりを話す前に、だ。お前さんは一体どこで黒牢を手に入れたんだ? えぇっと」
「ヴィオラです、ヴィオラ・クラシカルト」
「そう、ヴィオラ。俺は今まで、黒牢がどこにあるのかすら知らなかったんだ。まずはそっちから教えてくれねぇか」
黒牢が何か言いたげな態度を取っていることが、ヴィオラにも感じ取れていた。
しかし黒牢が言い淀んでいるということは、まだ言うかどうか迷っているのだろう。
ヴィオラは黒牢を気に掛けつつも、これまでのことを話していった。
授業でどこかの蔵に保管されていた黒牢と出会ったこと、学園を襲ったドラゴンを黒牢で倒してから、それを持ってスレイヤー機関への入学を決めたこと、黒牢の一部の力を引き出せること。
ここ数か月にあった、黒牢が意志を持っているという秘密以外のほぼ全てを話し終えた。
「なるほどな……破壊されずに残っていたのは今でも驚くぜ。しかし、蔵に置きっぱなしとは黒牢の真価を知らない奴がすることだな、本気を出せば一国が傾くほどの力を引き出せるというのに」
「そ、そんなになんですか!?」
「あぁ。なんでも数百年前の、勇者と魔王が戦争をしていた時代からある代物らしい。俺の家系が黒牢を作ったか勇者様に預けられたか、詳細はよくわからないんだが、それくらい昔からあるんだよ、黒牢は」
ザンバの言葉に黒牢が驚いているのをヴィオラは感じ取った。
流石に様子がおかしいと思い、脳内で黒牢に話しかける。
『大丈夫? 黒牢』
『あぁ、いや。大丈夫だ。ここまで情報が伝わってないとは思っていなかったんでな』
『伝わってないって、ザンバさんの言ってることは間違ってるの?』
『間違っているわけではないが、あまりにもハッキリしていない。なぁ、ヴィオラ。俺が意志疎通できることをザンバに言ってくれないか』
初めて出た黒牢からの提案に、ヴィオラは驚く。
今までは黒牢が意志を持つということは、誰にも明かしたくない、明かせない秘密事項のはずだった。
『え、いいの……? バレると面倒なことになるって前言ってなかったっけ』
『いや、今はいいんだ。ザンバは恐らく、俺の知り合いの子孫だ。知人の親戚にまで隠し続けているのは少し辛い』
『わかった』
ヴィオラは、ザンバに対して向き直ると、黒牢が意志を持っていていることを話した。
ザンバは瓢箪から駒が出たような表情をして、身を乗り出す。
「なっ!? それは本当なのか、黒牢と意志を持っているというのは……!?」
「はい。私は黒牢と契約を結んだ時から、ずっと頭の中に声が響いてきて、会話できています」
「それは初耳だ。では、黒牢自身に昔の事を聞けないか? いや、俺が聞いた過去の話は、伝聞のまた伝聞みたいなもので、書物としてほとんど残っていなかった。黒牢自身が話せるのなら、それを聞いた方がいい」
「私もそう思うんですが、黒牢は昔のことを語るのを避けていて……」
『いやいい、ヴィオラ。覚悟を決めて話す時が来たようだ』
ヴィオラは半ば信じられないような目で、膝の上に置いてある黒牢を見る。
自分が今までずっと知りたかったのに知り得なかったことが、この刀鍛冶に会ったことでこうも簡単に引き出せるのか。
その事実に少し拍子抜けしたがしかし、過去を聞けるのが興味深いことに変わりはない。
「……黒牢が今から過去にあったことを話すみたいなので、私が口頭でそれをザンバさんに伝えますね」
「あぁ、よろしく頼む」
「じゃあ黒牢、お願い」
ヴィオラの言葉から一呼吸ほど置いて、黒牢は話を始める。
『俺の本当の名は黒牢ではない。俺の名前は……レイブレム。数百年前まで、魔王と呼ばれ恐れられていた男だった』
― ― ― ― ―
黒牢の起源は、約五百年ほど前まで遡る。
『当時のことを今の人間がどれほど知っているのか、俺にはわからないので最初から話すが。五百年前、俺はマウルス大陸の西方一帯を統治する魔物の王だった』
黒牢……レイブレムは淡々と、しかし過去を一つ一つ思い出すようにゆっくりと語る。
ヴィオラは少し緊張しつつもそれを口頭で話し、ザンバは身を乗り出して興奮しながら聞いていた。
『元々は、親しい魔物が人間に虐げられているのを助けていたら、一つの集団のようになったのが始まりだった。その集団はやがて、少しずつ数を増やしていったんだ。数少ない心優しい魔物以外にも、俺の威光を借りたいだけのならず者のような魔物が沢山いた』
レイブレムはそのまま話し続ける。
一部の心優しい魔物を守るためだけに大所帯になる必要があったのか、自分が元々望んでいた『弱き魔物を守るため、盾となるような集団』ではなく、人間を追い詰め世界を征服することを野望とするような醜悪な集団になっているのではないか。
様々な問題に頭を悩ませつつも、魔物の保護活動を行っていたらしい。
しかしやがて、その保護活動にも終わりが来ることになる。
『大陸の東方……キョウコクがある地帯のすぐ近くで、勇者と呼ばれる人間が出てきたんだ。なんでも並外れた身体能力と魔法の才を持つ者で、それに目を付けた当時の人間の王が担ぎ上げて、俺を倒すために旅に出させたらしい』
元々戦うことが目的ではなかったレイブレムはしばらく放っておいたらしいのだが、勇者が戦果をあげ始めると流石にそうもいかなくなったらしく、魔物の一部を交渉に送ったりして停戦を求めていたらしい。
しかし、それでも何故か勇者は止まらなかった。
辛くも戦場から生き延びて帰ってきた魔物が、レイブレムに報告したところによると、どうやら勇者はレイブレムと同じく、戦うことを好んではいないらしかった。
それなのに何故交渉を断ったりするのか、とレイブレムは疑問に感じ始める。
『俺は再び、勇者に向けて和平の使者を送った……』
しかし、何度使者を送っても、それらの者たちが帰ってくることはなかった。
不審に思ったレイブレムが使者に見張りをつけると、勇者たちに出会う前に一部の魔物に殺されていたことが分かった。
『結局、和平など望んでいない魔物がほとんどだったのだ。俺の力でそういった奴らをある程度押さえつけることは出来たが、流石に大陸の半分ほどに広がっている軍全部を完璧に統制することはできない。魔王軍は、いつの間にか保護活動を行うような集団ではなく、ただの殺戮集団になり果ててしまった』
やがて勇者たちは魔王城に辿り着き、レイブレムと最後の決戦を行うことになる。
ここまで数多の魔物を葬って来た勇者たちだったが、レイブレムやその配下の幹部たちにはあと一歩及ばなかったらしく、レイブレムの眼前で膝をついた。
『勝負はついた。その時俺はそう思った。一方的なモノにしかならないかもしれないが、今まで出来なかった和平を申し出るチャンスだと思った。だが』
レイブレムが勇者に歩んでいった時、配下の一人が後ろからレイブレムを刺したらしい。
緊張が解けかかっていたレイブレムにとって、それは致命傷になった。
『勇者の目の前で、俺は倒れた。とどのつまり、穏健派だと思っていた配下の一人が裏切ったのだ。前から俺が気に入らなかったらしい。まぁ、当たり前と言えば当たり前の話だ。ソイツも殺戮を楽しむ方が性根に合っていただけだ』
しかし魔王の命が尽きようとした時、配下の裏切りを察した勇者はレイブレムに協力を申し出たらしい。
なんでも、魔王の肉体はこのままでは死んでしまうが、勇者が持つ聖剣に魂を映せば、意識だけだが生き残ることができ、勇者は魔王の力を以て裏切った配下を倒せるとのことだった。
ヴィオラはそこまで聞いて、手元に持っている刀を凝視した。
「まさか聖剣って……」
『あぁ、黒牢だ。聖剣というより聖刀だな』
レイブレムは申し出を受け入れ、魂を聖刀に移したらしい。
そしてその刀……黒牢を使って、勇者は配下たちを何とか倒したそうだった。
『しかし、勇者もそこで力尽きてしまい、俺……黒牢は、勇者の仲間の戦士に託されたのだ』
「それが俺の祖先ってぇわけか」
ザンバが納得したように、静かにうなずく。
『結局、魔王と勇者の戦いは途中から泥沼になっていき、今日に至るまで静かに続いている、といった感じだ。魔王軍は既に滅びたらしいがな』
「なるほど……まさか、黒牢が魔王だったなんて」
驚くヴィオラに対し、黒牢は自嘲気味に笑う。
『今は何者でもない。ただの刀だ……ただその過去を話せば、ヴィオラは責任を感じてしまうのではないかと思ったんでな』
「責任?」
『お前の性格上、「なら私が、今度こそ魔物と人間の戦いを終わらせる!」などと言いかねん。そのような重責は背負わせたくはなかった。そして、魔物と人間の軋轢が完全に消えるには一人の力では到底無理だ。時間も千年単位でかかるだろう』
ヴィオラとザンバが黒牢の話に聞き入っていたその時、部屋の扉を開けて一人の男が入って来た。
がっしりとした体格で、焦げ茶のコートを羽織っている。
ザンバはそれに気づくと、男の方を向いた。
「あぁ、ソファーレンさん。帰ってきたか」
「すまないな、用事が長引いてしまって……そちらのお嬢さんは?」
「ヴィオラという娘だ。俺が長年探し求めていた刀を持っていたのさ。だからここへ呼んで、話を聞いていた」
「へぇ」
コートを脱ぎながら部屋の中へ入ってくる男を見つつ、ヴィオラは驚愕していた。
その様子に気付いたザンバがヴィオラへ声をかける。
「どうした、ヴィオラ?」
「あ、あの、今ソファーレンって……」
「ん、あぁ。私か。ガラン・ソファーレンという者だ。よろしく」
ヴィオラはどうにか平静を保とうとするが、不可能に近かった。
一日のうちに二つも驚愕の事実を知ることになるなんて、と頭の回転が止まらない。
ヴィオラの目の前にいる人物、ガラン・ソファーレンは、ヴィオラの予想通りならソファーレン……ミレイユ・ソファーレンの父親だった。
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