第二十二話『ガスガルタ/刀鍛冶』

 ヴィオラが復帰し、新たな任務の詳細を聞いた翌日。四人は早速、ロウウィード王国南部にある山間部の街『ガスガルタ』に転移していた。


 今回、転移した先は山の中にある一軒の小屋だった。そこから遠目に見える街を目指して歩いていくと、ほどなくガスガルタへと到着する。


 ガスガルタを見たヴィオラの最初の印象は『活気のある街』だった。この前まで任務で赴いていた街が、人が外出できない状況であったメルファールだったことからして特にそう思うのかもしれないが、とにかく様々な商店や家屋が立ち並び、人々がごった返している様は見応えのあるものだった。


 街の入り口へ回って衛兵に事の詳細を話した後、衛兵たちに街の中へと通してもらう。ギルドの場所を聞いた後、四人は歩き始めた。


 スレイヤー機関・ROXIAは、いくつかの支部はあるものの、基本的にそれははギルドよりも数が圧倒的に少ない。そのため、支部がない街ではギルドがスレイヤーを迎え入れる場所としても機能していた。


 大量の人々が行きかう往来を、アレンを先頭にしてヴィオラたちは進んでいく。アレン・ヴィオラ・ミレイユはいつも通りだったが、人が多い地は慣れていないのか、助っ人のタクトは一人ビクビクとしながら辺りを見回している。


「ギルド、さっきの入り口からじゃちょっと遠かったみたいだ。北側から入った方がよかったね」

「今日はギルドへ行って、明日から祠へ向かう感じですか?」

「あぁ、そうだね……わっ!?」


 急に吹いた一陣の風が、アレンの顔目掛けて一枚のチラシを運んできた。もごもごとしながら顔からチラシをはぎ取ると、アレンはそれをまじまじと見る。


「なんだ……『武器泥棒に注意!』?」


 アレンが物珍し気にチラシを見ているのが気になったのか、ミレイユが尋ねる。


「なんですか、武器泥棒って」

「うん、どうやらスリの一種みたいだけど……武器だけを狙ってスってるらしい」

「武器って一番盗みにくいものじゃないですかね?」

「俺もそう思うけど……どうなんだろう」


 わらわらとその場に固まってしばらくチラシを見ていた四人だったが、ふとヴィオラは視線を感じて顔を上げる。するとそこには。


「ヴぃ、ヴィオラ様……?」


 学園でいつも見ていた、学友の顔……セレナ・ネイリスの姿があった。セレナは信じられないような顔でしばらくヴィオラを見ていたが。


「セレ、ナ? セレナでしょ!? こんなところで会うなんて!」

「わーッ!! ヴィオラ様!!」


 ヴィオラが声を上げたのと同時に、セレナはその場から駆け出し、思い切り飛びついてきた。それを見たアレンたちは驚く。


「ヴィオラ様!! 私、ヴィオラ様が急に転校されるって聞いて、ホント、ホントに……!」

「うわわ、お、落ち着いてセレナ! 流石にここで抱きつかれるのは恥ずかしいって!」

「ホントに人に心配をかけさせておいて、何ですかその態度は!! もっと抱きしめさせてください!!」


 鯖折りでもするような勢いでキツくヴィオラの体を抱きしめるセレナ。その横で、奇妙なものを見るような目で立っていたアレンとタクトに、ミレイユは説明する。


「彼女……セレナさんは、私とヴィオラが在籍していた学園の同級生です。特にヴィオラと仲が良かったようで」

「なーるほど、それで」


 得心がいったようで、アレンはニヤニヤし始める。


「ヴィオラ、仲が良いのは良いことじゃないか。存分に抱きしめ返してあげなよ」

「そ、そうは言っても……痛い痛い痛い!! は、離して!」


 その場で数分ほど格闘したのち、ようやくセレナはヴィオラを離した。


「はぁ、はぁ……で、でもセレナ、何でこんなところにいるの?」

「学園が長期休暇に入ったので、家族と旅行に行った帰りなんですよ。明日にはここを発ちます」


 セレナが言うところによると、突然ヴィオラがスレイヤー機関への転入を決めたものだから、別れの挨拶すら碌に言えず寂しい思いをしていたらしい。

 

 ドラゴン討伐後に校長たちに話を聞いたときにも思ったが、セレナは本気でヴィオラに友情を感じているらしい。その事実が、ヴィオラには何だかこそばゆくも嬉しかった。


「ヴィオラ様たちは、何故こんなところへ?」

「あー、話すと長くなるんだけど、スレイヤーの任務ってやつだよ。一週間ぐらいは最低でも滞在することになるかな」

「まぁ! では今日は少しお話する時間はありますか? ヴィオラ様と久々に会えたので、学園にいた頃みたいにまたお喋りしたいです!」

「うーん」


 どうしたらいいですか、という風にアレンを見ると、アレンは無言で親指を立てる。どうやら到着した今日だけなら、まだ時間もそこそこあるらしい。


「じゃあ、泊ってる宿教えてよ。あとで行くからさ」

「嬉しいです! 紙に書いてお渡ししますね」


 アレンとミレイユ、タクトたちが何やら雑談を始める横で、ヴィオラはセレナが住所を紙に書くのを待っていた。久しぶりにセレナに会ったことで、任務に向かうために緊張していたヴィオラの心が少しほぐれていく。

 だが、その油断があだとなってしまった。


 セレナが書き終わった紙を渡そうとした時、ヴィオラの脳内で黒牢が叫んだ。


『ヴィオラ!! 後ろだ!!』


 その声に弾かれるように後ろを見ると、アレンたちが立っているさらに向こう側に、一人のやせ細った男が立っていた。やせ細った男は俯き、少しフラフラとしていた。薄汚い風貌ではあったが、今のヴィオラにとってそれは問題ではなかった。

 問題だったのは、男が肩に掛けているものだった。


「黒牢!?」


 つい先ほどまで、しっかり肩に掛けていたつもりだった黒牢が、いつの間にかその男のもとにあったのだ。

 男は俯いていた顔を上げ、ヴィオラを見るとニヤリと笑い、反対方向へ駆け出して行った。ヴィオラが察すると同時に、黒牢がまた叫んだ。


『コイツは武器泥棒だ!! 助けてくれ、ヴィオラ!!』


 事態を一歩遅れて察したセレナとアレンたちを置いて、ヴィオラは男目掛けて走り出す。人ごみの中をかき分けながらなんとか男へ近づこうとするが、男は明らかに尋常ではない速さで先を走っていく。

 道行く人に助けを頼もうとヴィオラは叫ぼうとするが、全力以上のスピードを出して走っている中、口を開けば出るのは荒い息だけだった。


 やがて男が角を曲がる。ついに男を見逃した、とヴィオラが青くなったその時。何かに弾かれるようにして、男が尻餅をついたのが見えた。


「しめた! 喰らえッ!!」


 男が立ち上がろうとする瞬間を狙って、ヴィオラはドロップキックをかます。その場へヴィオラが倒れるのと同時に、男は数メートル吹き飛んで露店に敷き詰められた野菜の上へ激突した。

 立ち上がってヴィオラはすぐさま呻いている男から黒牢を取り返すが、それと同時に露店の店主から怒鳴られたことにより、自分がやらかしたことに気付く。


「すっ、すみません! すみません! つい!」


 後から駆けてきたアレンたちは露天商に平謝りするヴィオラを見ると、ここで起こったことを何となく理解したらしい。

 ヴィオラは鞘袋から黒牢を出し見てみるが、傷はついていないようだった。ひとまず安心する。

 ヴィオラの後にアレンが頭を下げていた時、ヴィオラに一人の男が話しかけてきた。


「……おい、アンタら。そこで伸びてる奴って、もしかして武器泥棒か?」


 無精ひげを生やした、着流しを着ている男だった。そのいかにも和風ないでたちに、この世界では珍しいなとヴィオラは目を見開く。


「は、はい。そうです」

「そうかぁ。さっきソイツ、俺にぶつかって来たんだ。まぁこれでお縄につくだろうし、一件落着だな」


 髭をいじりながら、男はボソボソとそう話す。


「ところで嬢ちゃん。その刀、少し見せてもらってもいいかい?」

「え……どうしてですか?」

「いや、実は俺は刀鍛冶でよ。見聞を広めるために、諸国をめぐってる最中なんだ。キョウコク以外の地で刀を見た日には、懐かしさが込み上げてくるもんだよ。少しだけでいい、拝見させてもらえんか」


 ヴィオラは持っている刀が黒牢だということもあり、少し悩むが結局了承する。黒牢を男に渡すと、男は慎重に受け取りながら丁寧に黒牢を隅々まで見ていく。


『この男……いや、まさか……』

『どうしたの? 黒牢』

『昔の知り合いと似ている気がするんだが……』


 そんな時、男がヴィオラに声をかける。


「おい、嬢ちゃん。こいつの名は何て言うんだ。これ、妖刀だろう」

「妖刀だってこともわかるんですか!?」

「当たり前だ、魔力の流れが見えるからな」

「……その刀は、黒牢というらしいです」


 黒牢という名を聞いた瞬間、男はわなわなと震え出した。


「嬢ちゃん、今何て言った……?」

「え、だから黒牢」

「黒牢か!! 本当に黒牢なんだな!? まさかこんなところで出会えるとは!!」


 男は黒牢を抱きしめ、はらはらと涙を流し始めた。男の異様な様子を見たミレイユやタクトは若干引き気味だったが、ヴィオラは違った。


「刀鍛冶さん……その、もしかして黒牢の出自を知ってたりしますか?」


 刀鍛冶はひとしきり泣いた後、袖で涙をぬぐった。


「あぁ。この刀……黒牢は、俺の家系が先祖代々受け継いできた……俺に受け継がれるはずだったものだ」

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