第二十一話『攻炉/計画』

 ベスタとラウローが談笑していると、ゆっくりと影が盛り上がり、そこから一人の女性が姿を現した。


「あら、私が一番早いと思っていましたのに。流石はお二人ですわね」


 フリルの沢山ついた豪奢なドレスを着こなしているその女性は、ブロンドをたなびかせながら優雅にベスタの向かい側に着席する。

 それに対し、ラウローがからかうように女性へ話しかけた。


「ネメシアさんはいつも早いもんね。ま、今日はちょっと驚かせようかと思ってね……ていうのは嘘だけど。たまたまだよ」

「ふふ、相変わらずラウローさんは、性格が喋り方に滲み出ていますわね」

「と言うと?」

「喋っている内容が真実か嘘かわからなかったり、話題が飛び飛びだったり。普段の行動と一致してますわ」


 口元に手をやり、ニコニコと笑う女性……ネメシアに対して、しかしベスタは暗い表情だった。


「ネメシアさんは……無事で良かったです」

「どういう意味ですの?」

「実は」


 ベスタはメルファールで起こした一連の事件を話す。最初は穏やかに聞いていたネメシアだったが、やがてその顔が曇っていき、ベスタが話終わる頃にはうっすらと涙を流していた。


「そうですか、バルフ老が……」

「弔いは集会後に行う予定です。彼の死は無駄には出来ない」

「えぇ。けれど、またスレイヤーの方々に邪魔されたんですのね。目的が相反するとはいえ、こうまで邪魔をされると流石に落ち込んでしまいますわ……」


 ネメシアが肩を落とすのを見つつ、ベスタはなだめた。


「しょうがないことです。私たちと彼らでは『世界の理想像』が異なる。最終地点が違うのなら、衝突も避けられないでしょう。本当は戦いたくないですがね」


 その時、ネメシアが現れた時と同じように部屋の隅の影が盛り上がり、今度は二人の男女が出てきた。

 一人は人相の悪いやせ細った男で、上半身は素肌にジャケットを着こなしている。そして、その体のあちこちには大きな傷がついていた。

 もう一人の女性は、褐色の肌にぴったりとした黒いボディースーツを着ている。鋭い目つきをしていたが、あまり恐怖を感じさせるような顔ではなかった。


「なんだなんだァ? 随分暗い奴らばっかりじゃねぇかよ」


 人相の悪い男は開口一番、半笑いで三人を煽る。それに対してラウローとネメシアは顔をしかめた。しかし、ベスタだけは穏やかなまま男に話しかけた。


「クライグさん。実は、バルフさんが亡くなったのですよ」

「……は。どういうことだよ、それ」


 ベスタはネメシアに話したのと同じように、バルフが亡くなった経緯をクライグという男と、もう一人の女性に話して聞かせた。先ほどは威勢よく話しかけてきたクライグも、話を全て聞き終わると苦い顔をする。


「そうかァ、あのジジイが。いけ好かない奴だったが、同志には違いなかった。そりゃ落ち込むわけだぜ」

「スレイヤー機関、この際もう気合を入れて潰しておいた方がいいんじゃないの?」


 褐色の女性が、静かな怒りを滲ませベスタに進言する。しかしベスタは困ったように眉を寄せる。


「しかしフェイさん。私は世界が終わる、運命のその時までは不要な血は出来るだけ流したくない。メルファールの犠牲とはわけが違います、殺す必要性がない」

「殺す必要ならあるでしょ。これ以上ROXIAが私たちの邪魔をし続けるのなら、こちらもタダでは済まない。やられるのをただ黙って見ていろ、ってのは流石に私は腹に据えかねる」


 しばし険悪になってきた二人の雰囲気に、ネメシアがオロオロとするものの、上手い止め方を思いつかないらしく、ただ口を開いては閉じるばかりだった。しばらく黙っていたベスタだったが、やがて観念したかのように口を開く。


「……わかりました。スレイヤー機関を襲撃する計画を、別途で立てましょう。ですが、今はフェイさん以外手の空いている人がいません。襲撃するなら必然的にフェイさん一人で乗り込んでもらうことになりますが、それでもいいですか?」

「魔物を使ってもいい?」

「えぇ」

「それならいいよ。一人でやる。みんなに迷惑はかけない」


 クライグとフェイと呼ばれた女が席に座って数分後。もう一度だけ影が盛り上がり、攻炉メンバーにおける最後の人物が出てきた。

 スラッとした長身の男で、黒いローブを羽織っている。サラサラとした艶のある黒髪はネメシアのブロンドにも負けないほどの品の良さを感じさせる。眉目秀麗な姿を見たクライグは、元々気に食わなかったのか軽く舌打ちをした。


「すまない、遅くなった」

「おぉ、エルバート君。待っていましたよ。では、これから半年ぶりの集会を行いましょうか」


 ベスタは立ち上がり、テーブルに向けて片手を掲げる。すると、空中に世界地図が映し出された。どうやらこの机も魔道具らしい。


「まず、最初にメルファールで起こったことを再度話しておきます。私はロウウィード王国の王都でいずれ行う『計画』のため、その前段階の実験としてメルファールに魔物を逐次転移させていました」


 手を少し振ると、メルファールの映像が出てくる。魔物たちが転移してくる様子や、人々が魔物に襲われる様子が映し出されていた。


「結果的に実験の成果は上々、一つの地に魔物を収束、継続的に転移させることが出来るようになりました。今までは精々数体ほどしか転移させられませんでしたが、この実験のおかげで数十体、数百体の転移も可能になります。しかし……」

「実験が大詰めだった時に、スレイヤー機関の邪魔が入ってメルファールの壊滅実験は中断せざるを得なかった、ってわけさ」


 横から口を挟むラウローに、ベスタは頷く。


「スレイヤー機関・ROXIAからスレイヤー一名、スレイヤー候補三名の介入がありました。あくまでもサンプルとしてメルファールを壊滅させた実績が欲しかったのですが……そこは仕方がありません。しかし、悲しむべきはやはりバルフさんの事ですね」


 一番最後に入って来た男、エルバートが疑問の表情を浮かべる。


「バルフに何かあったのか。今日は来ていないようだが」

「エルバートさん……大変残念な報せなのですが、バルフ老はスレイヤー候補との戦闘で亡くなってしまいましたのよ」

「……そうか」


 エルバートは少し顔を伏せる。その様子を悲し気に見ていたが、やがてベスタは地図に向き直ると言葉を続けた。


「最終的に計画は中断、バルフさんが死亡という形でこの実験は幕を閉じました。成果としてはいいものが得られましたが、失ったものが大きいのもまた事実でしょう」

「しかし、バルフがスレイヤー候補如きに負けるのがわからねぇな。バルフは確かに戦うのが苦手なジジイだったけどよ、そうは言っても攻炉の一員だぜ? 何があったんだ一体」


 粗野な言い方でクライグが聞く。それはこの場にいる全員が疑問に思っている事でもあった。


「詳しいことは私にもわかりません。逃走用のゲートに来られなかったので、後から偵察用の魔物を仕向けましたが、それによれば氷漬けになって亡くなっていた、とのことでした。その威力からして、もしかしたらバルフさんと戦った候補の方は、候補でありながら既に絶希終撃デッド・ブレイクを扱える力を持っているのかもしれません」

「チッ……相手が悪かっただけかよ。気に入らねぇ」


 その後も各々に向けた諸連絡を話していくが、最後にネメシアとクライグに向けて声がかかる。


「お二方、一つ私からお願いがあるのですが……聞いていただけますか?」

「勿論ですわ」

「なんだよ」

「今現在の私は、魔物の手持ちがかなり多くなりました。ですが、まだあの方の『復活』のための魔力には届いていません。そこでもう一体、封印されている魔物を解放してきて欲しいのですよ」


 ベスタはテーブル上の地図を拡大させ、ロウウィード王国の南部を表示させる。


「ここにある山間部の街……ガスガルタ、というらしいのですが、この街の近くに封印されている魔物を持ってきて欲しいのです。詳しい説明は追ってする予定ですが……どうでしょう?」

「ちょっと待てよ、爺さん。封印の解放と回収だけなら、わざわざ二人も費やさなくていいんじゃねぇのか? それとも、二人投入するだけの何かがあるのかよ?」

「クライグ君、いい質問です。恐らくこの街には、スレイヤー機関の人間が待ち伏せしていると考えられます。ここ一ヶ月ほど各地の魔物を回収し続けてきましたし、流石に機関も先回りを考える頃でしょう……今は元通り治りましたが、私は先日のメルファールの戦闘で片腕を失いました」


 片腕を上げてしばしひらひらとさせるベスタを見て、クライグたちは意外そうな表情をする。


「バルフさんがやられたこと、私やラウロー君の負傷から考えてもスレイヤーたちは急速に力をつけてきていると考えられます。そこで、戦闘が得意なお二方で機関の守りを突破していただきたいのです」

「そういうことなら……まぁ」

「わかりました。クライグさんと向かいますわ」


 満更でもなさそうな二人を見て、ベスタは笑顔で頷く。


「今回は転移用と逃走用のゲートは開けません。そう遠くない内に計画を実行するので、魔力を貯めておかねばなりませんから。重い任務になるかとは思いますが、よろしくお願いします」


 手を振ってテーブル上の地図をかき消すと、ベスタは両手を二、三回ほど叩いた。


「それでは、今回の集会は一旦終わりとしましょう。『あの方の復活』のために『ロウウィード王国・王都を起点とした襲撃計画』を実行することが私たちの最終目的です」


 それぞれ立ち上がる攻炉のメンバーたちを見やりつつ、老紳士は笑った。


「目指すは世界の終焉。どうかその日まで、皆さんが生き残れるよう祈っておきます」

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