第二十話『後日/目覚めない人』

「う……」


 ゆっくりと、ヴィオラは目を覚ました。

 体の節々に痛みを感じつつ起き上がると、傍には驚いた表情のミレイユが座っていた。

 手元に本を持っていることから読書中だったことがわかる。

 最初は驚いていたミレイユだったが、やがてその顔は段々と無表情なものに戻っていった。


「やっと、目を覚ましたわね」

「ここは……?」

「ROXIA本部の医務室よ。あなたはメルファールで暴走してから、一週間ほど眠ったままだったの」

「ぼう、そう。あ」


 暴走という言葉にしばらくピンと来ていなかったヴィオラだったが、メルファールでの出来事を思い返していくと、徐々にその言葉の意味を思い出す。

 ヴィオラはザイルを傷つけられた痛みから、自身が持つ魔力を暴走させてしまったのだった。


「わ、私は、なんてことを」

「大丈夫よ。あの場にいた全員、生還はしているわ」

「……ってことは、ザイルも助かったの!?」

「えぇ」


 ミレイユによれば、ヴィオラの魔力暴走を収めた後、アレンがすぐさまザイルに回復魔法をかけたおかげで、一命は取り留めたらしい。だが。


「見ての通りよ。あの戦いからずっと、ザイルは意識を取り戻さない」


 ミレイユがカーテンを開けると、隣のベッドにはザイルが横になっていた。

 規則正しく息をしていることからしっかり生きてはいるようだったが、それだけだった。寝返りを打つようなことも一切していない。


 ザイルが生きている姿を見られたヴィオラは一安心するものの、しかし同時に不安に駆られる。

 もしこのまま、ザイルが目覚めなかったら。

 ラウローへの怒りもあったが、それよりも今はただただザイルの容態が心配だった。


「とりあえず、あなたが目覚めたことをアレン先生に報告しに行くわ。しばらく待っていなさい」


 ミレイユが本を置き、そう言い残して去ってから数分後。

 ドタドタと廊下を駆ける音共に、アレンが現れた。

 ヴィオラの顔を見たアレンは、汗を拭いつつニッコリと笑う。


「ヴィオラ! よかった、心配してたんだ。怪我の具合はどうだい?」

「今のところはまだ痛みますけど、苦痛で寝られないほどじゃないです。ご心配、おかけました」

「そうかそうか、よかった……本当に。二人共目覚めないまま過ごすのは苦しかったよ」


 後から来たミレイユを椅子に座らせつつ、アレンはヴィオラの容態を細かに聞く。

 一通り聞いて安心したようで、アレンは胸を撫でおろした。


「あの戦いの後、メルファールでは魔物が出なくなった。恐らく魔物を操っている人間と直接戦ったことが相手側にも響いているんだろう。暫定ではだけど、街の危機は救ったと言ってもいい」

「そう……ですか。よかった」

「魔物を操っている人間は一人ではなく、集団だったみたいだけど……ここら辺の話は、ヴィオラが完全に回復した後に話そう。しばらくはゆっくり休むと良い」

「ありがとうございます」

「生徒の死に目なんて見たくないからね。本当に、無事でよかった」


 最後にそう言い残し、アレンは途中で放り出していた仕事に戻るために出て行った。

 ミレイユはしばらくヴィオラの顔を見つめていたが、やがてヴィオラが居心地悪そうにしているのを見ると。


「まだ動けるまで時間がかかるだろうし、今は寝ておきなさい。私もこの本を読み終わったら出て行くわ」


 それだけ言って、ミレイユは持っていた本を再びペラペラとめくり始める。

 ページをめくる音が何故か心地よく感じ、ヴィオラはベッドに横になると、ゆっくりと目を閉じた。


 そうして、しばらくの時が過ぎる。


 ― ― ― ― ―


 一週間と少し後、ヴィオラは医務室を晴れて退出していた。

 自分の部屋まで帰って黒牢との再会を果たすと、黒牢は。


『すまなかった……俺がお前の魔力を抑えられなかったばかりに』


 と、悔やんでも悔やみきれない様子だったが、ヴィオラ自身はまったく気にしてはいなかった。

 むしろ、全員が生還出来たことの方が嬉しかったことを素直に伝える。


「確かに暴走はしちゃったし、私も怖かったけど……全員生きて帰れたんだし、これから魔力操作の練習をより一層やっていけば、こんなことは繰り返さないと思うんだ。起きてしまったことはどうしようもないし、今後のことを考えていくよ」

『それはそうだが……いや、そうか。お前は強いな』

「そんなことないよ。魔力操作の練習、また付き合ってくれる?」

『あぁ、勿論だ』


 ― ― ― ― ―


「今日からヴィオラも完全復帰か。おめでとう」


 二週間後、全快したヴィオラは授業に出るため、教室に来ていた。

 隣にはミレイユも座っている。


「ヴィオラとザイルが負傷で動けなかった間、このチームは任務不可能だったからずっと本部待機だったんだ。おかげでたっぷり修行する時間はあった。ミレイユはさらに強くなっているよ」


 アレンが嬉しそうに話すのを、ミレイユはまんざらでもなさそうな顔で聴いている。


「ま、そういう話はまたゆっくりやるとして。今後の話をしようか。まずはヴィオラが動けなかった間に、何があったのか説明しよう」


 アレンは持っていた資料をパラパラと捲りながら、ここ三週間のことについて話し始めた。


 メルファールの魔物頻出問題がとりあえず解決した後、アレンとミレイユはヴィオラとザイルを運んで機関の本部へと帰ってきたらしい。

 そして、その翌日頃から世界各地で異変が起き始めた、とのことだった。


「異変って、具体的にはどういう?」

「今までは魔物の被害が少なかった地域で、明らかに上位の強さを持つ魔物が現れるようになったり、ダンジョンが崩壊して多数の魔物が街へ流れ出たり。ギロウのように封印されていた魔物が、いつの間にか解放されているなんてこともあった」


 どうやら、ヴィオラが意識を失っている間に近年増加し続けている魔物の被害が、さらに加速度的に増加していったらしい。


「それらの対処に追われて、機関は連日大忙しさ。俺やミレイユはずっと機関にいたけど、それ以外の人たちは出張の連続。中には機関長が出張っていく案件なんかもあったし、光明華のメンバーもよく駆り出されてる」

「そんなに……」

「ヴィオラが復帰したことで、ボチボチこのメンバーも動くことになりそうだ。ザイルがいないけど、他のチームと合同で任務にあたれば動けないことはないだろう」


 そこまで言うと、アレンは壁に立てかけていた一本の剣を教壇の上に置いた。


「ところで。話は変わるけど、これは先日メルファールで俺が戦った相手……『攻炉』という組織の一員らしいが……から奪い取った魔剣だ。ヴィオラたちなら知ってると思うけど、魔剣は妖刀と同じく契約者が存在する。恐らくは俺が戦った奴が契約者だろうし、この魔剣を解析して奴の居場所が割り出せないか試してみたんだ」


 アレンが言うところによると、剣の所有者はベスタ・グレイムルという『攻炉』の一員、組織の統括者的存在らしい。

 ラウローもそういえば攻炉がなんとか、と言っていたな、とヴィオラは思い出す。

 

「解析班によると、この魔剣の所持者……つまりベスタは、マウルス大陸ではなく、この世界の南西部にある小さな島に潜伏していたらしい。それを受けて数人のスレイヤーがその島に乗り込んだんだけど、島は既にもぬけの殻だった」


 ベスタは島に乗り込まれる前に魔剣との契約を解除し、どこか別の場所へ逃げたのだろう、とアレンは言う。

 契約の解除がそんなに簡単に出来るのかヴィオラには疑問だったが、少なくとも唯一の手掛かりであった魔剣は機能しなくなったわけだった。


「ベスタを始めとする攻炉のメンバーの行方は、機関が総力を挙げて探してはいるものの未だにわかっていない。恐らくこの広い世界では、追いかける方が圧倒的に不利だ……そこで」


 アレンは教壇に両手をつく。


「攻炉の奴らが訪れそうな場所に、予め待ち伏せして迎撃してはどうか、という作戦案が出た」

「待ち伏せ? でも、奴らが来る場所なんてわかるんですか?」

「攻炉の組織員たちは、ギロウを解放したように各地で封印されている魔物を解放しようとしている、というのはさっき言ったよね? 恐らく手駒にするためだろう。そこで、そういう場所にいくつか目星をつけておいた。俺たちもその内の一つで待機して、奴らを返り討ちに遭わせようってワケ」

「なるほど……」


 確かに、アレンが言っていることは割と理にかなっている。

 この世界に封印されている魔物がどれだけいるかはヴィオラにもわからないが、その中でもある程度目安があるのならそこを守ればいい。

 単純な話ではあった。


「今回の作戦では、またロウウィード王国に飛んでもらう。勿論、僕も一緒にね。それと今回は光明華の中から一人、助っ人を呼んである」

「助っ人? 誰なんです?」

「タクト・ラスフィ君だよ。彼ならザイルの負傷で空いた穴を補ってくれるだろう。ザイルはまだ、目覚めるのに時間がかかりそうだからね……」


 アレンの言うことをまとめると、今回の任務ではヴィオラ・ミレイユ・タクト・アレンの四人で、ロウウィード王国の南方にある山間部の街へ行き、そこで魔物が封印されている祠を警護する、というのが主な目的だった。


「久しぶりの任務だ。二人共、気張っていこう」


 アレンが二人に気合を入れる。

 ザイルのことが未だ気がかりなヴィオラだったが、とりあえずは任務のことに集中することにした。


 ― ― ― ― ―


 ヴィオラがアレンやミレイユと任務のことについて話していた時とほぼ同時刻。

 薄暗い部屋に、ベスタ・グレイムルは一人で座っていた。

 ベスタの前にある円卓には、全部で七席の椅子が用意されている。

 ベスタはそのうちの一つに座っていた。


「ベスタさん。早いですね」


 ベスタが声に気付き振り向くと、そこにはラウローが立っていた。

 ヴィオラと戦った傷は既に癒えているようで、悠然とベスタの近くに歩いてくる。

 ベスタはラウローに微笑みかけると、言葉を返した。


「えぇ。今日は攻炉が……組織員が久しぶりに集まる日ですからね」

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