第十九話『血/暴走』

「……チッ、後少しだったのに」


 逃走を図ったベスタに、アレンが絶希終撃を放ってから数分後。

 アレンの手には、ベスタの体から千切れた片腕が握られていた。

 どうやらゲートを閉じる力で腕を切断し、それによってアレンの絶希終撃から辛くも逃れたらしい。


「逃げられたものはしょうがない、か。皆を探そう」


 アレンが教会から出ると、眼下にメルファールの街が広がった。

 教会はどうやら、メルファールからすぐ近くの場所に会ったらしい。

 ベスタの転移魔法はゲートの開く時間がまちまちだったことから、ゲートの速度は転移距離に関係しているのではないか、とアレンは考える。


 小高い丘の上に建っている教会から急いで降り、再び街へ入る。

 街の中は依然として静かだったが、どことなく張り詰めた空気が漂っていた。


 アレンが素早く移動しながら街の中でヴィオラたちを探そうとした矢先、道端で倒れているミレイユを発見した。

 近くには人骨と思しきものが多数散らばっている。

 嫌な想像だったが、先ほどまで一緒にいた冒険者たちだろうか、という考えがアレンの頭を掠める。

 アレンはミレイユに駆け寄り、抱き起す。


「ミレイユ! 大丈夫か!」

「ん……」


 何度かゆすられると、ミレイユはゆっくりと気絶から目覚めた。


「ア……レン先生。無事だったんですね」

「あぁ、この事件の首謀者とやり合ってた。ミレイユは大丈夫かい?」

「えぇ、私は今のところ……でも、一緒に行動していた冒険者たちは全員……」


 悲痛な面持ちをするミレイユに対し、アレンは肩を撫でて慰める。


「やっぱり、あそこに転がってる骨はそうなのか。辛いとは思うけど、今は他の人たちの安否確認が最優先だ。ヴィオラたちを探しに行こう」

「そう……ですね」


 ミレイユは薄っすらと流れていた頬の涙をふき取ると、一人で立ち上がった。

 そして二人が、ヴィオラたちを探すために走り出そうとした時。

 ふいに、遠くの通りから爆発のような音と共に、黒い火柱が上がった。

 ミレイユは驚愕する。


「あれは……!?」

「嫌な予感がするな。急ごう」


 二人は、火柱の方へ向けて走り始めた。


 ― ― ― ― ―


 アレンとミレイユが再会する、少し前。


「それでも、これは未来を変えるための戦いなんだよ……君に負けるわけにはいかない」

「人を殺して変えられる未来なんて、私は望んじゃいない!!」


 ヴィオラとラウローは再び激突していた。

 邪流殲破を放ったことによって元の色に戻った黒牢に再び魔力を込めながら、ヴィオラはラウローに刀を振るっていく。

 ラウローは防護魔法を張った腕でガードしながら、隙を狙って素早く蹴りを繰り出した。

 黒牢で受け止めるヴィオラだったが、反動で少し距離を取る。


「ぐっ……!」

 

 邪流殲破を足に喰らわせたものの、ラウローはその足に防護魔法を何重にもかけ、いつも通りに動かせる状態にまで修復しているようだった。

 先ほどまでと同じくかなり身軽な動きをしていたが、さらに今度は出し惜しみしない意志の表れか、ほぼ隙がない。


 相手はダメージを負っても防護魔法でカバーできることに対して、ヴィオラは既に満身創痍に近い。

 早めに決着をつけなければ、負けるのは必然的にヴィオラの方だった。

 しかし、一度邪流殲破を使った以上、また魔力を一から練り直さねば技は使えない。

 それは絶倒信義も同じだった。


「君が望むかどうかなんて関係ない。僕はただ、僕たちが望んでいる未来を実現させたいだけだ」


 ラウローは距離を詰めると、拳でラッシュを仕掛ける。

 その威力に、少しずつヴィオラは押されていった。


『黒牢! 何か策はないの!?』

『あるにはあるが……お前の望むものとは違うぞ』

『いいから教えて!』

『逃げろ』

『ハァ!?』


 頭の中でそんな会話を繰り広げながらも、ヴィオラは必死にラウローの攻撃を捌いていく。


『これだけの実力差があるのなら、もはや勝ち筋はないに等しい。今は生き残るのが最優先だ』

『そうは言っても……逃げられるほどの隙がないって!』

「そろそろ決めるよ」


 ラウローは両手に大量の魔力を込め始める。

 それと同時に、打撃の威力が数段重くなった。

 とうとうヴィオラのガードでは防ぎきれず、腹部に一発喰らってしまう。


「がっ……」


 吹き飛んだヴィオラは、地面を転がってその場に倒れ伏した。

 黒牢も手から離れ、地面に落ちる。

 魔力を防護魔法の障壁に変換し、それを細長く伸ばしてラウローは巨大な障壁の剣を作り上げた。

 防護魔法は、どうやら身を守る以外の事にも応用が効くらしい。


「君たちが来るのがもう少し遅かったら、実験は成功していたんだ……この街は壊滅、僕たちは新たなステージへ行けた。それを中途半端に守りに来るから……あぁ、めんどくさいなぁ!!」


 巨大な剣を振りかざし、ヴィオラの頭の上でラウローは呟いた。


「君は厄介だ、今のうちに潰しておく……じゃあね」


 ラウローはヴィオラに向けて、巨大な剣を振り下ろした。

 万事休すか、とヴィオラは目を瞑る。


 ……しかし、いつまで経っても剣で斬られる感覚がなかった。

 恐る恐る目を開けてみると、そこには。


「ザ、イル……!?」


 ヴィオラを庇うようにして、大剣を背中で受け止めるザイルが立っていた。

 一気に斬られると、ザイルは大量に吐血してその場へ倒れる。

 そのすぐ後、二人の冒険者たちが飛び出してラウローの攻撃からヴィオラたちを守った。

 冒険者たちが何とかラウローの攻撃を凌いでいる間に、ヴィオラは恐る恐るザイルへ近づいた。

 呼吸が徐々に荒くなっていく。


「ザイル……? ねぇ、ザイル……!」


 大量の血を流し倒れ伏しているザイルに寄ると、ザイルは微かに目を開けてヴィオラを見つめた。


「ヴィ、オラ……無事、だったか……」

「喋らないで! な、何とかして傷の止血を」

「なぁ、ヴィオラ。俺は……やっと気づけた」


 頭の中が真っ白になるヴィオラに対し、ザイルは澄んだ瞳でヴィオラへと話しかける。


「俺は、皆を守るために強く、なろうとした……でも、それは間違いだったんだ」

「喋らなくていいから! お願いだからじっとしていて……!」

「大事なのは、強くなることじゃない。守り通す……ことだったんだよ」


 そこまで言うと、ザイルは大きな血の塊を吐き出すと、ぐったりとして意識を失った。

 その状況に耐えきれず、ヴィオラの体が、心が悲鳴を上げる。


「やだ、いやだ、ねぇ、ザイル……嫌ぁっ!!」


 瞬間、ヴィオラの体から、そして黒牢からも大量の黒い魔力がほとばしった。

 黒牢はそれに驚き焦り、何とかヴィオラを落ち着かせようとするものの、ヴィオラは完全に自我を失ってしまう。


『ヴィオラ!! おい!! 正気を保て!!』


 ヴィオラの絶叫と共に魔力は巨大な黒い火柱となり、辺り一帯を魔力の波動で包んだ。

 それに耐えきれず、ラウローと戦っていた冒険者たちは遠くへと弾き飛ばされてしまう。

 ラウローですら、その波動に耐えるためにその場で立ち止まっているのが限界だった。


 やがて波動が収まると、魔力を暴走させるヴィオラに危機感を感じたラウローが、再度剣を振るおうとするが、目にも止まらぬ速さでラウローに近づいたヴィオラは、その拳で大剣を叩き折った。


「何……!?」


 そのまま、ヴィオラはラウローの顔に拳を捻じ込んでその場に倒す。

 その威力によって、ラウローが倒れた地面には亀裂が走った。

 ヴィオラはただ無言だった。

 ラウローを倒すこと、ただそれだけにのみ意識を向けていた。


 ラウローは何とか追撃をかわすと、焦って辺りを見回す。


「クソッ、迎えはまだなのか!?」


 すると、その言葉にまるで呼応したかのように、近くにゲートが開き始める。

 しめた、という様子でラウローはゲートの中に入り込もうとするが、しかしその手前でヴィオラがラウローを捕まえる。

 振り向きざま、焦るラウローはヴィオラから逃れようと拳を振るうが、そこに正面からヴィオラの拳が激突し、ラウローの腕はぐちゃぐちゃに捻じ曲がった。


「がああああッ!?」


 腕を抑え、うずくまるラウローを冷ややかな目で見るヴィオラは、再びその拳に魔力を込める。

 だが拳が体に当たる寸前に、ラウローは結界を再び発動させた。

 ヴィオラの体は途端に重くなり、それによって片膝をつく。


「ぐ……今回は引き分けだ。次に出会った時は、必ず君を……殺す」


 フラフラとした足取りで、ラウローがゲートの中へ飛び込むのを、ヴィオラはただ見ていることしか出来なかった。

 やがて完全にゲートが閉じると、周囲に張られた結界も解除される。

 が、しかし。


『マズい、ヴィオラ! 魔力を抑えろ!!』


 ヴィオラが黒牢の言葉に反応するよりも早く、ヴィオラの体から先と同じように巨大な黒い魔力が流れ出す。

 それらはまるで黒い濁流のように、辺りに洪水を起こし始めていた。

 段々と正気に戻るヴィオラの目前で、ザイルが黒い濁流に飲まれようとした時。


鉄凍塵法メタル・フロスト!!」


 ヴィオラの顔以外の全ての部位は、一瞬にして氷で固まった。

 そしてそれと同時に、魔力の濁流も急速に鎮まっていく。

 何事か、とヴィオラが動かない体のまま声がした方向を見ると、そこにはアレンとミレイユが立っていた。


「自分の魔力くらい、ちゃんと自分で制御しなさいよ!!」


 柄にもなく感情的になっている、ミレイユの叱責を最後に、ヴィオラの記憶はプツリと途切れた。

 そしてそれを幕引きとして、メルファールを取り巻く魔物頻出事件の全てが終わった。

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