第二十四話『ガラン/父としての想い』
思いがけぬところで思いがけぬ邂逅を果たしたことで、ヴィオラは動揺する。
「ソファーレンさん、もしかして娘さんって……いたりしますか?」
ここは率直に聞くべきだろう、と疑問を口にすると、ガランは僅かに眉をひそめる。
それと同時に、半歩だけ後ろへ下がった。
「……娘がいるか、だって? どういう意味か聞いても?」
「えっ」
「君は一体何者か、と聞いているんだ。もし私に娘がいるのなら、それが君とどう関わってくるのかね?」
何か誤解されているような雰囲気に気付いたヴィオラは慌てて名乗ろうとするが、その前にザンバが口を挟んだ。
「そうすぐ疑ってかかるもんじゃねぇよ、ソファーレンさん。ヴィオラはスレイヤー候補だ。アンタが考えているような輩では恐らくないだろう」
「スレイヤー候補?」
拍子抜けしたような顔をすると、ガランはヴィオラたちの近くに設置されてあったベッドに座り、軽く手を組んだ。
「君は機関の者なのか? まさか、私を機関に連れ戻すつもりなのかね?」
「え、いや、ガランさんは昔、機関に所属していたんですか? ……というか、娘さんの話題だったじゃないですか。何でそことそこが繋がるんですか」
「む、それもそうだな。とりあえず君の質問の意図を聞きたい」
「意図も何も、候補の同期にミレイユ・ソファーレンという子がいるんですよ。友達です。その子が父親を探していると言っていたから、名字が同じガランさんはもしかして……と思って」
「何!? ミレイユが機関に!?」
思わずベッドから立ち上がり、ヴィオラに迫るガランをザンバは慌てて抑える。
反応からするに、ミレイユが機関にいるのはガランにとって相当なイレギュラーなのだろう。
「え、えぇ。スレイヤーである教官の下で、任務にあたっています。今回もガスガルタで任務があるので、ミレイユと一緒にこの街へ来ました」
「……なんてことだ」
ガランは顔を両手で覆うと俯いた。
そしてそのまま、ボソボソと口を開く。
「君の言う通りだ。私はあの子、ミレイユの父親だよ。とある理由から今後一切会わないつもりで別れたのだが……そうか、機関にいるのか」
「今はとある組織を追っていて、今回の任務はその組織員を迎え撃つ任務なんです。詳しいことはあまり言えませんが」
「ちょっと待て、その組織とはもしかして『攻炉』と言うのではないかね?」
ガランの口から攻炉の名前が出てきたことにより、ヴィオラは再び驚く。
「な、なんでその名前を」
「実は俺たち、その攻炉ってヤツらを追ってるんだよ」
ガランの代わりに、ザンバが答える。
「元々、俺は親友を攻炉に殺されてな……奴らに恨みがある。そんな中、諸国を巡っていた時にたまたまガランさんに出会って、ガランさんも攻炉の壊滅を望んでいたから手を組んだってわけだ」
「そう。私は昔、スレイヤー機関に所属していて、そこで攻炉の前身組織の処理を担当していたんだ。前身組織が滅んだと同時に私は機関の仕事に嫌気がさして辞めてしまったんだが……その少し後に、攻炉が発足されたことを小耳に挟んでね」
顔を上げると、ガランは静かに昔のことを語り始める。
攻炉の発足を聞いたガランは、前身組織を徹底的に壊滅させられなかった自分の責任だと感じ、攻炉を独自に追い始めたらしい。
機関では出来ない手荒なこともやっていたため、方向性の違いからどうしても機関とは手を組むことが出来ず、一人でずっと攻炉に立ち向かっていたことを、ヴィオラは聞く。
「そしてミレイユや妻と別れることを決めたのも、そんな時だった。一人で組織を追っている以上、所帯を持っているとどうしても妻や子供が危険にさらされる。攻炉がどこまで姑息な手段を使ってくるかわからない以上、私とミレイユたちが親族であるという痕跡は徹底的に消しておかなければならなかった」
「そんな……」
「後悔がなかったと言えば噓になる。いや、どちらかと言えば後悔しかなかった。何度もミレイユたちの元へ戻りたいと思ったよ……だが、攻炉が生まれてしまったのは前身組織を完全に消し去れなかった自分の責任だ。自分の責任は、自分で取りたかった」
そこまで責任を感じなくてもいいのではないか、とヴィオラは口を開きかけるが、しかし自分もあまり人のことは言えないような、繊細な部分だったことから言い留まる。
ヴィオラが似たような立場だったとしたら、恐らく同じ道を辿っていただろう。
自分の後悔を無くす、納得を最優先させることは人生において最重要なことであるという考えはとても共感できた。
しかし、そこまで話すとガランは顎に手をあて、しばし考え込む。
それを見て、ザンバが横から口を挟んだ。
「ソファーレンさん、娘さんの顔を見てきてもいいんじゃないか? こんなところですれ違ってるのも、何かの縁だろう」
「いや、今はまだ攻炉の動きがわからない……リスクは取りたくないんだ。だが」
「だが?」
「ミレイユやヴィオラ君たちが、攻炉を迎え撃つというのも心配な話ではある。なぁ、ヴィオラ君。君たちが任務にあたっているところを遠くから見ていてもいいかね?」
「いいですけど……私の仲間ならともかく、アレン先生……教官は気づく可能性があるかもしれませんよ?」
「心配ない。姿を隠す魔道具を持っているからな、これで恐らく何とかなるだろう」
やはりガランは、ミレイユのことを気にかけているらしい。
入学試験でミレイユが語ったガランへの想いと同じように、ガランもずっとミレイユのことを想っていたようで、ヴィオラにはそれが暖かく感じたものの、それがまた無性にもどかしくもあった。
そこからしばらく話していたものの、やがてアレンたちの元へと帰らなければならない時間になったので、ヴィオラは黒牢を持って立ち上がった。
「では、そろそろ私は帰ります」
「あぁ、気をつけてな。また会おう」
「君にこんなことを頼むのもどうかとは思うが、あの子を……ミレイユのことを時折でいいので気にかけてやってくれないか? あまり感情を表に出さない子だが、内面は意外と繊細なんだ」
「わかりました。いつか……会えると良いですね、ミレイユに」
「あぁ」
別れの挨拶を済ませると、ヴィオラは宿の部屋を出て、アレンたちが泊る宿へと歩き始めた。
― ― ― ― ―
雑踏の合間を縫いつつ、ヴィオラは宿へと向かう。
『ねぇ、黒牢……レイブレムって呼んだ方がいい?』
『いや。肉体の死滅と共にレイブレムは死んだも同然だ。今まで通り、黒牢で構わんよ』
『私、黒牢が魔王だったって聞いた時、驚いたけど……それ以上に、納得もしてたんだ』
『納得? どういうことだ』
『だって、今まで魔法も碌に使えなかった私がここまで戦ってこれたのって、ひとえに黒牢のおかげじゃん? だから、黒牢には妖刀の中でも特別な力があるんじゃないかってずっと思ってた。そもそも喋れることからしておかしいしね』
『まぁ、それもそうか』
ヴィオラは茜色の空をゆっくりと見上げ、それから視線を黒牢に戻した。
『黒牢と出会ったこと、私は後悔してないよ?』
『何だ、藪から棒に』
『いや、私と契約したことをずっと負い目に感じてそうだったからさ』
『それは……』
言い淀んだ黒牢に対し、ヴィオラは微笑した。
『あなたがいなかったら、ザイルはきっとドラゴンに殺されていた。婚約者を助けられたんだから、感謝してもしきれないくらいだよ』
『……そうか。そう言ってもらえると、俺としてもありがたい』
満更でもなさそうな口調の黒牢を肩に掛け直すと、ヴィオラは宿までの道を駆け抜けていった。
― ― ― ― ―
その夜、ヴィオラはセレナと久しぶりに二人で話し込むため、近場のレストランに入った。
お互いに喋りたいことを取り留めもなく喋っただけだったが、それでも不思議と満足するような会話だったことがヴィオラの記憶に強く残っている。
セレナはやはり無二の親友である、ということなのだろう。
二、三時間ほどセレナと話し込んだ後、宿に戻ったヴィオラはアレンたちに今日一日を自由にさせてくれた礼を言いつつ、部屋に戻るとぐっすりと眠り込んだ。
そして、翌日から本格的にガスガルタでの任務が始まったのだった。
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