第十七話『作戦/絶希終撃』
魔物に聞こえないよう冒険者たちに素早く声をかけると、ザイルは魔物に向けて再び走り出す。
「性懲りもなく……」
魔物は腕を振り回してなぎ倒そうとするが、先ほどと同じようにザイルは細かい電撃を当てて魔物の動きを少しずつストップさせ、隙を作りつつ接近していった。
「くっ、でもそれじゃ勝てないわよ!」
魔物は攻撃方法をなぎ倒しから絡めとりに変更し、ザイルの体を大量の触手で捕えた。
そしてそのまま締め上げる。
「ぐあっ……!!」
ザイルは痛みに声を上げるが、次の瞬間ニヤリと笑った。
「今だ、二人共!!」
触手腕をザイルと一緒にかわしていた冒険者たちは、魔物とザイルに向けて大量の紙を発射する。
紙は魔物の行動を縛るものではなく、ただがむしゃらに撃ち続けているだけだった。
魔物に当たったそばからその場にハラハラと落ちていく。
しかし、そのあまりの物量に魔物は少しよろめいた。
「目障り……ねっ!」
魔物が触手腕を再び振り回そうとした時、ザイルが全身から電撃を発して魔物の腕から逃れる。
距離を取ったザイルは、その手に電撃を収束させ始める。
生み出した電撃を引き延ばして、形をスライムのように変形させていく。
その間にも、冒険者たちは紙を絶え間なく射出し続けていた。
鬱陶しそうに魔物は腕を振り回すが、紙のせいで前方がよく見えないことから見当違いな方向ばかり攻撃し続けている。
「ざ、ザイルさん! もう限界です!」
冒険者の一人が苦しそうに叫ぶ。
どうやら魔力切れが近いらしかった。
それとほぼ同時に、魔物は触手を広げ扇形にして、紙を全てその触手で絡めとった。
「うざったい攻撃している間に逃げようとしたって、そうはいかないわよ……!」
触手腕をドリルのように尖らせ、ザイルたちに突き刺そうと、魔物が飛び掛かろうとしたその時。
ザイルは収束させた電撃を撃ちだした。
「なっ!?」
電撃は魔物を包み込むと、電気の檻を形成する。
「こんなもの……っ!?」
魔物は腕を振り回して電撃をかき消そうとするが、即座に弾かれる。
何度も振り回そうとするが、その度に電撃の檻は弾力のあるゴムのように、触手腕を弾き続けた。
どうやら、電撃を触手腕で突破することは不可能らしいと悟り、魔物は歯ぎしりする。
「私を殺すことではなく、閉じ込めることが目的だったというわけ……!?」
「あぁ。継続的に魔力を使うから、ずっとは閉じ込めておけないがな」
ザイルは今まで、人を守るために根源的排除を目的として戦っていた。
つまりザイルにとって、『人々を守ること』はイコールで『魔物を倒すこと』だった。
しかし、時には力が敵わず倒せない相手ももちろん存在する。
そんな時にザイルは、常に己の力不足と向き合い、葛藤してきた。
しかし、力で敵わないのならアプローチを変えればいい。
要は人的被害さえ出さなければいいのだ、魔物の動きを止めるだけでも目的は十分達成できる。
そんな当たり前の事実に辿り着くまで、ザイルは随分と時間を費やしてきた。
『王子という立場であるのに、敵の足止めくらいしか出来ない』ということに目を向けることが怖かったのだ。
動きを止めることしか出来そうにない、自分を恥じていた。
しかし、人を守るための戦いに恥も何もない。
そんなことに、この戦いを通してザイルはようやく気づいたのだった。
ザイルは力を抜いて一息つく。
体に電気を流す魔法を解除するとよろめいてしまうが、それを冒険者たちに支えてもらうと魔物を置いて歩き始める。
「ちょっと! 私をどうする気なの!?」
「そこでしばらく待っていろ……倒せる奴を呼んでくる……」
倒れてしまった冒険者たちを野晒しにしておくのは忍びなかったが、どの道回復魔法が使える者を呼ばねば助けられない。
肩を貸してもらいながら、ゆっくりとザイルはヴィオラやアレンたちを捜索しに行った。
― ― ― ― ―
ヴィオラとザイルたちが、ラウローと魔物に邂逅した頃。
「っ……どうなってるのよ!」
ミレイユは冒険者たちと辺りを見回しながら焦っていた。
周囲に魔物が現れたわけではなく……その逆だった。
同行していたアレンが、突然現れたゲートに吸い込まれたのだ。
言葉を交わす暇もなく、アレンは消えてしまった。
恐らくは敵の術中に見事に嵌ってしまったのだろう。
冷や汗をかきつつ、剣を引き抜きその場で構えるミレイユたち。
すると、その直後にもう一度ゲートが近くに開き、中から小柄な老人が出てきた。
老人は濃緑のローブを被り、髭を綺麗に結んでいる。
腰が曲がっているのでいかにも杖をついてそうな体型だったが、杖らしきものはどこにも持っていなかった。
老人はゆっくりと人差し指を上げると、ミレイユたちを順番に指していくが、全員指し終わるとミレイユに指を再び定めた。
「……ふむ、一番強いのはお前さんだな」
「あなた、何者?」
「ワシは攻炉が一人・バルフだ。悪いが、お前さんたちはここで死んでもらう」
「は、何を言って……」
言い終わる前に、老人……バルフは地面に両手をついた。
するとそこから勢いよく火柱が上がり、その火炎はミレイユたちを飲み込もうと襲い掛かってくる。
咄嗟にミレイユは剣を地面に打ち付けた。
地面から生えてきた氷壁が、火炎からミレイユたちを防御する。
しかし、あまりの火炎の威力の高さに、氷壁は炎を防ぎ終わると全て溶けてしまった。
舌打ちをしたミレイユは、バルフに次の火炎を撃たせまいと氷柱を多数生成し、発射する。
どうやらバルフの言動からして、何らかの理由からミレイユたちを殺害しようとしているらしい。
名前と共に言っていた『攻炉』という言葉も気になる。
しかし、考えている暇はない。
この中で一番強いのはミレイユである。
ならば率先して相手を倒すのもミレイユの役目だろう。
発射された氷柱をいともたやすく火炎で溶かすと、バルフは両手を合わせる。
「
すると、バルフの周囲にとぐろを巻くようにして、一匹の巨大な炎の大蛇が出現した。
「ゆけ」
短い命令の言葉と共に、炎蛇はミレイユへと襲い掛かる。
しかし、その前に冒険者たちはミレイユの前に防護魔法を展開した。
「サポートします、ミレイユさん!」
「ありがとう」
ミレイユたちはそれぞれ一斉に、バルフへと襲い掛かる。
ある者は槍を構え、またある者は剣を振るい、またある者は杖へ魔力を収束させつつ。
しかし。
「お前さん以外は、無駄だよ」
バルフは炎蛇を操って、ミレイユ以外の冒険者たちを攻撃した。
目にも止まらぬ速さで、次々と冒険者は炎蛇に飲まれていく。
ミレイユは青ざめた。
やがて、バルフの下へ炎蛇は戻ると、その姿を消した。
バルフの周囲一面に冒険者たちだったもの……多くの骨が転がった。
ほんの一瞬で、さっきまで口を聞いていた冒険者たちが死んでしまったことにミレイユは呆然とするが、すぐに剣を振るって次の氷柱を生み出す。
「ほう、それでも向かってくるか。若いながら、戦士としての覚悟はあるようだ」
「あなたたちの死は……無駄にはしない」
氷柱を撃ちだすと同時にミレイユは走り、バルフが氷柱に向けて火球を撃っている間に懐へと潜り込む。
そこから剣をバルフの首へと向けるが。
「やるなっ!」
老人とは思えない動きで素早く飛ぶと、バルフはミレイユの剣を避ける。
そしてそのままバク転をしつつ距離を取ると、再び炎蛇を撃ちだした。
炎蛇の威力は先ほど以上に強く、ミレイユの氷壁を一瞬にして破り、その牙をミレイユの首へと突き立てようとした。
しかし、ミレイユは魔力を瞬間的に大量に放ち、その波動で炎蛇を寸前で止める。
周囲の空気が一気に冷えたことから、バルフは何かを悟ったように眉を上げた。
ミレイユは目を見開き、叫んだ。
「お前、まさか……」
「
炎蛇は抵抗する間もなく凍り付き、パラパラと砕け散る。
それを見て、威力を知った老人はほんの少しだけ後ずさりをした。
氷が砕け散って終わると、そこにミレイユは立っていた。
尖った三本の角が付いている、青色の仮面を着けて。
「
バルフの予測通り、ミレイユは絶希終撃を発動させた。
絶希終撃は、固有魔法を極めた者のみがたどり着ける境地。
それを、ミレイユは実戦において初めてながら成功させたのだった。
「お前さん、既にそこまで……っ!?」
バルフは吹き荒れる雪に、発言を阻まれる。
ミレイユの絶希終撃はその名の通り、吹雪を起こして意のままに操る力。
その強さは、固有魔法の鉄凍塵法とは比べ物にならない。
バルフは炎蛇を作り出して体の周囲に張り巡らし、何とか吹雪から身を守るが、やがて炎蛇は再び凍り付き、砕け散った。
「クソ……!」
焦ったバルフは手に莫大な魔力を込め、それを全て炎に変換して小さな火球を作り出す。
小さな火球とはいえ、恐らくとてつもない威力を秘めている。
まともに食らえば、絶希終撃を発動しているとはいえすぐに焼け死んでしまう、とミレイユは考える。
「ならば」
ミレイユも手を前面に出し、そこに吹雪を収束させていく。
氷球と火球。
二つの相反する力を持つ球体が、今まさにぶつかろうとしていた。
「ワシの魔法を……甘く見てもらっては困る!」
バルフは火球を放つ前に、空いていた片方の手でミレイユを指差す。
すると、ミレイユの体は瞬く間に火柱に包まれてしまった。
「くく、フェイントなど戦闘の初歩だろう!」
だが、火柱が上がってから少しも経たない内に、炎はパキパキと凍ってしまった。
バルフは驚嘆する。
「何……だと」
「初歩だからこそ、当然対策はしているわ」
その言葉と共に、ミレイユは氷球をバルフ目掛けて放った。
一瞬遅れをとったもののバルフも火球を発射するが、しかし。
「ぐ……うおおおおおお!!」
圧倒的な氷のエネルギーに、バルフの体は次第に侵食されていく。
健闘虚しく、たった数秒ほどの間にバルフの体は吹雪に飲み込まれ、完全に凍り付いてしまった。
戦いの決着は、ミレイユの華麗な勝利に終わった。
やがて青い仮面がドロドロと溶けていくと、ミレイユは片膝をつく。
その顔には、とめどない汗が流れていた。
「はぁっ、はぁっ……やはり、まだ完全には使いこなせないようね……」
立ち上がろうとするミレイユだったが、そこで完全に体の力が尽きてしまい、地面に倒れ伏して気を失った。
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