第十六話『王子として/守るための強さ』

 冒険者二人に援護を頼んだザイルは、直接魔物に殴りかかるため走り出す。魔物は触手腕を振り回してザイルを投げ倒そうとするが、その直前にザイルは全身から一瞬だけ電撃を放出し、触手腕を弾いた。


「大したことないとはいえ、あなたの能力はちょっと鬱陶しいわね……」


 魔物は少し面倒くさそうに言うと、空中へ飛び上がってザイルへ向けて蹴りを繰り出す。それを両腕の籠手でガードすると、ザイルはそこからそのまま電撃を撃ちだした。


「ぐっ!」


 魔物が電撃に対して反応することからして、電撃自体は効いているらしい。しかし、魔物に目に見えるような疲労は出ていなかった。ザイルが電撃を当て続けている間に、二人の冒険者たちはそれぞれ白くて細長い紙のようなものを操り、魔物の手足を縛る。恐らくは汎用魔法の一種だろう。


「これでっどうだ!!」


 紙に縛られて身動きの取れなくなった魔物の腹に、ザイルは鉄拳を繰り出した。そして腹に拳を当てた瞬間、電撃を立て続けに撃ち込んだ。だがそれでも威力は足りないようで、魔物は紙を引きちぎると触手腕でザイルの頭に一撃を加えた。


 吹っ飛ばされたザイルは、家の壁に叩きつけられ、ズリズリと崩れ落ちる。それを見て冒険者たちはザイルをフォローに走るが、魔物の攻撃を立て続けに食らい、その場に倒れてしまった。


 痛みにうめく冒険者たちを見ながら、ザイルは回らない頭で必死に考える。現状では、ザイルはあの魔物を倒し得る手段を持っていない。

 固有魔法を極めた者にのみ扱える奥義、『絶希終撃デッド・ブレイク』ならば効果があるかもしれないが、ザイルは今まで一度も絶希終撃を発動できたことがなかった。今、発動できたこともない技に全てを賭けるのは危険だろうと判断する。


「そろそろ終わりにしようかしら。そもそも、私が戦うべき戦場はこの街じゃないしね……」


 意味深なことを呟きつつ、魔物はゆっくりとザイルにトドメを刺そうと近づいてくる。


「クソ……」


 このままでは、ザイルと冒険者たちは瞬く間に殺されてしまうだろう。しかし、かといってザイルにはもう動く力が残っていない。辛うじて魔法はまだ使えるが、それもいつまで持つかわからなかった。


 もっと自分に強さがあれば。冒険者たち全員をしっかりこの場で、一人で守り切れるような力があれば。ザイルの頭の中は、段々と論理的思考から後悔の念へとシフトしていった。

 今考えてもしょうがないことだとわかっていたが、それでも考えずにはいられない。


 やがて意識も朦朧としてきたザイルは、強烈な倦怠感と共に目を閉じる。


 ― ― ― ― ―


 今から二年ほど前、ザイルはクラシカルト公爵領にある森の中でヴィオラを探し回っていた。

 長い間歩き続けた後、やっと視界が開けたところに出る。するとそこには、地面に倒れ伏す熊と、その上で仁王立ちをするヴィオラがいた。


「おいヴィオラ! またこんなところにいたのか!」


 ザイルが汗を拭いながらヴィオラを熊から降ろそうとすると、ヴィオラはその手を跳ねのける。


「自分で降りれるっつーの。何だよザイル、また来たの?」


 ヴィオラは危なげなく地面に着地すると、じろりとザイルを睨む。


「来年から入学する学園のことでな。俺とお前が同じ学園に入るの、本当にわかってるのか?」

「げっ、ザイルと一緒なのか……やだなぁ」

「やっぱり知らなかったのか……」


 そんな会話をしつつ、ヴィオラとザイルは屋敷へ戻っていく。


 ヴィオラは小さい頃から何かと体を動かすことが好きだったようで、何かと野山を駆け回り、その度に執事やメイドたちに連れ戻されていた。今日はたまたま、その役目をクラシカルト公爵の屋敷に来ていたザイルが担ったのだ。


 性格の激しさ故か、ヴィオラは野山を駆けまわりつつ、様々な動物や魔物に戦いを挑んでいた。一番初めに倒し、屋敷の中で話題になったことから、つけられたあだ名は『熊殺しのヴィオラ』。この暴れっぷりにはクラシカルト公爵もほとほと困り果てていた。


 しかし、ザイルはそんなヴィオラを少し羨ましくも思っていた。

 幼いころから品行方正さを求められ、魔法の修行もみだりに人に見せてはならず、同じ年頃の子供とのちょっとした喧嘩でさえザイルには許されていなかった。『武術や魔法は民を守るためにあり、己の快楽のために使うべきにあらず』というのが王の考えで、ザイルもそれに賛同してはいたが。


 賛同はしていたが、それでもヴィオラのように思う存分力を振るってみたい、と思ったことは少なくない。ザイルにとってヴィオラは、自分が出来ないことを次々とやってのける、ある種憧れの存在でもあった。


「はー、午後からまた屋敷に籠って勉強かぁ。たりーなぁ」

「そんなことを言うな。お前はもう少し、公爵令嬢としての嗜みというものをだな……」

「わかった、わかったって。平民として生まれてりゃ、冒険者にでもなってもっと自由に生きれただろうになぁ」

「まぁ……そうだな」

「なんだよ、お前が同意するなんて珍しい」


 しかしそんな時、ヴィオラたちの目の前に魔物が現れる。その見た目は、まさに熊を二回りほど大きくしたような見た目だった。毒々しい紫色の体毛に覆われた魔物は、ヴィオラたちを見て唸り声を上げる。


「くっ、暁の雷帝エレクトロ・エンペラー……!」


 危険を察したザイルは、咄嗟に手を前面に出して魔法を発動させる、が。


「あらよっ!」


 その前に魔物へと駆け出したヴィオラの飛び蹴りが、魔物の顔に炸裂した。魔物はよろめいて後ずさる。


「なっ、お前は魔法が使えないだろう! ここは俺に任せてさっさと逃げろ!」

「バカ言ってんじゃねぇよ! 熊は倒したことあるけど、熊型の魔物は倒したことがない」


 ヴィオラは物凄い形相で睨む魔物に対し、挑発する。


「サシで勝負だ、テンション上げてこうぜ!」


 魔物と徒手空拳で戦い続けるヴィオラに、ザイルは半ば呆れる。

 しかし、ものの数分も経たない内に、ヴィオラは魔物を倒してその前に仁王立ちした。


「どうだ! 思い知ったか!!」

「相も変わらずめちゃくちゃだな、お前は……」


 ザイルはもはや何も言えない、といった顔で頭を押さえる。


「なぁ、ヴィオラ。魔法が使えなくても、お前は俺より恐らく強い。いつかドラゴンでさえ倒してしまうだろうな」

「急に何だよ。私は熊ぐらいならいいけど、ドラゴンは流石に無理だぞ」

「どうだろうな……時に、聞きたいことがあったんだ。俺はお前みたいに、強くはなれない気がする。だが、王にはより強くなることを求められている。そんな俺が強くなるには、どうしたらいいと思う?」


 ヴィオラは今までされたことがないような質問に少し考え込むが、やがてボソリと言った。


「……別に、強くならなくてもいいんじゃねぇの?」

「え?」

「私は魔物は倒すことは出来ても、ザイルみたいに周りに気を配って物を考えることはできない。どっちかってーと、お前は司令塔向きなのかもな」

「そう……なんだろうか」

「ま、詳しいことはわからないけど、私みたいなのを制御して、こき使うためにお前みたいな奴がいるんだよ。適材適所ってヤツさ」


 柄にもなく難しい言葉を吐くヴィオラに対し、ザイルは少しおかしくなって笑い出す。それに対し、ヴィオラはムッとした表情で言葉を続けた。


「なんだよ、何かおかしなことでも言ったか?」

「いや、別に。そうだな、結局は人それぞれか」


 ザイルとヴィオラはそのまま、お互いじゃれ合いながら屋敷へと戻っていった。


 ― ― ― ― ―


「くく……こんなに間抜けなことがあるとはな」


 ザイルにトドメを刺そうとした魔物の手が、ピタリと止まる。


「……何がおかしいのよ?」

「あぁ、いや。何でもない」


 まさかザイルの悩みに、過去のヴィオラが答えを出してくれていたとは思っていなかった。思えば、タクトも過去のヴィオラと同じようなことを言ってくれていたのだ。それに耳を貸さず、一人で悩み続けたのは他でもないザイル自身だった。


 周囲の人々は、ずっとザイルに正解を示し続けてくれていた。しかし、ザイルには正解を受け入れるだけの余裕がなかったのだ。しかし死の淵に瀕して、色々と吹っ切れた今なら、それも割とすんなり受け入れられる。


 戦いにおいて、人間は『魔物を倒す強さ』のみを求められるわけではない。魔物を倒すための力、作戦を立てる思考力、周囲に気を配りつつ作戦を遂行する視野の広さと優しさ。その全てを使って『人々を守ること』こそ戦いの本質なのだ。 

 答えは既にわかっていた。必要なものは、きっかけだけだった。


「気味が悪いわね」


 触手腕を尖った針のような形にして、魔物はザイルの頭を突き刺そうとするが、その瞬間にザイルの姿が消えた。

 どこに行った、と素早く辺りを見回す魔物だったが。その時、上空から声がかかる。


「悪い、まだ死ねないんだ」


 ザイルは足から電撃を発し、空中へと飛び上がっていた。そのまま冒険者たちが倒れている方へ着地すると、冒険者たちに声をかける。


「まだ動ける人はいますか?」


 その言葉に呼応して、歯を食いしばるように先ほど倒れた二人が立ち上がる。


「い、いけます……!」

「よし、今から俺の指示通りに動いてください」


 二人の冒険者と共に、再びザイルは魔物へ拳を構えて戦闘態勢に入る。そんなザイルを見て、魔物は首をかしげた。


「おかしいわね、もう体はボロボロだったはず……あなた、何でまだ立ってられるの?」

「ほんの少しだけ、体に刺激を与えただけさ」


 ザイルの体は文字通り満身創痍だったが、そこに固有魔法である電撃を流すことによって無理矢理筋肉を動かし、普段と同じパフォーマンスを保っていた。

 しかし無理矢理動かしていることから、その体には常に激痛が走っている。常人ならばその痛みに、ものの数分で耐えられなくなるような代物だったが、それでもザイルの顔は笑っていた。


「ちょっと動けるようになったからって、あなたたちの敗北は変わらないわよ」


 事も無げな魔物に対し、ザイルは挑発するように言い返した。


「確かに、俺たちにお前は殺せないだろう……だがな、お前に勝つことはできる」

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