第十五話『対人戦/激昂』

 男が出現した後、さらにゲートから一体の魔物がゆっくりと出てきた。


 魔物は人間の女性のようなシルエットだったが、その両腕は数本の触手が捻じれることで腕を形成していることにより、一目で魔物とわかる。顔には金色の円が描かれた、白い面を被っている。魔物が完全に出て来ると、ゲートは閉じていった。


「うーん、僕はあの子と戦うよ。お前は他のを任せた」


 頭をガシガシと搔きながら、男は女性型の魔物に命令する。魔物は無言で頷くと、ヴィオラたち目掛け腕を勢いよく振り回した。すると、触手は数倍の長さに伸び、ヴィオラたちを絡めとろうとする。


 咄嗟に黒牢でガードするものの、しかしヴィオラには触手が当たらず、魔物はザイルと冒険者たちだけを絡めとった。そしてそのまま飛び上がり、遠方へと移動していく。


「ッ……!? あなたたちは何者なの!?」

「その質問の答えは、君が僕たちをどれだけ知っているかで変わるけど……恐らく何も知らないんだろう。しょうがない、少し話そうか」


 男は手に持っていた本をぱらぱらとめくりながら、言葉を続けようとする。ヴィオラは黒牢を構え、いつでも飛び掛かれるような体勢を取った。

 男が話している間に隙を見せたらすぐに先手を取るためだったが、それに対し男は冷たい態度を見せた。


「僕の話を聞かずに戦おうとするのは、得策じゃないよ。このメルファールに魔物が頻出している問題も、僕たちが関わっているんだ。貴重な情報源だよ?」


 そんなこともわからないのか?という風に男はため息をつく。それに対しヴィオラは少し苛立つが、あえてこの話し合いに乗ることにして、黒牢を鞘に納めた。


「よろしい。ではまず、僕が何者なのかについて話そう。僕の名前はラウロー・フェルネ。『攻炉こうろ』の一員だ」

「……攻炉?」

「とある目的を遂行するために結成された組織だよ。そこのボスが、今回の魔物頻出事件を起こしたわけだな」

「やっぱり、あなたたちのせいなのね?」

「ちなみに君……えっと、確かヴィオラだったっけ? ヴィオラが通う学園にドラゴンを送り込んだのも、ボスの実験だよ」

「なっ!?」


 先ほど、男……ラウローが出てきたゲートは、ドラゴンが転移してきた時のゲートとよく似ていた。そのことから嫌な予感はしていたが、ヴィオラの勘は見事的中したことになる。


「あなたたちの目的は何? 人がいるところに魔物を送り込んで、大量殺人でも行おうとしてるわけ?」

「んー、ちょっと違うけどまぁそんな感じだ。ただこの街も学園も、本命じゃない。あくまでまだ実験段階さ」


 ラウローはめくっていた本をパタンと閉じる。そして本を空中に放ると、何故か本は空中にプカプカと浮かんだ。魔道具なのだろうか、とヴィオラは推測する。


「ま、ここら辺まで言えばわかるだろう。つまりこの街の魔物を根絶しにしようとする君たちは、実験の邪魔をしているわけだ。だから僕が片付けに来た」

「戦わなきゃならないんだったら、倒すまで……!」


 黒牢を再び引き抜き、ヴィオラは構える。ラウローはあくびをした後、唐突に何かを思い出したような顔をした。


「そういや君、ノエン村にも行ってたっけ? ギロウを倒すために」

「それがどうしたの」


 ラウローの口からノエン村やギロウという言葉が出てきたことによって、ヴィオラの頭に疑問符が浮かぶ。

 ラウローはニヤリと笑い、自慢するような口調で述べた。


「あぁ、ギロウの封印を解いたのは僕だよ。アイツに勝てたんだね、すごいな」

 

 瞬間、ヴィオラは黒牢でラウローに斬りかかっていた。ヴィオラの顔に青筋が浮かぶ。

 驚きつつも初撃は本によってガードしたラウローだったが、以降は特に焦ることなくヴィオラの太刀筋を読んでかわしていく。距離を取り続けるラウローを追いかけながら、ヴィオラは叫ぶ。


「お前がッ……お前が封印を解かなければ!!」

「何、もしかして死人でも出たの? まぁギロウは結構強かったもんね」


 へらへらと、リジンを殺したことに対して何の悔恨の念も見せないラウローに対し、ヴィオラはさらに苛立ちを募らせる。

 しかし、黒牢はヴィオラの怒りにストップをかけるように叫んだ。


『ヴィオラ! また熱くなっているぞ、お前の悪い癖が出ている!!』


 その言葉で一瞬クールダウンしかけるが、それでもヴィオラには目の前のラウローが許せなかった。ヴィオラは一旦、刀に込めた魔力を体に戻す。


「……絶倒信義ぜっとうしんぎ!!」


 刀に溢れていた黒い魔力を、ヴィオラはそのまま全身に纏う。それを見て、ラウローは緩んでいた顔を少し引き締めた。


「どうやら、ちゃんと相手しないといけないみたいだ」


 ラウローが言い切る前に、ヴィオラは超スピードで接近し、ラウローに一撃を与えた。だが不自然な手ごたえと共に、ラウローの体から「パリン」という不思議な音が聞こえる。


 大きく距離を取ると、ラウローは驚いたように言った。


「これは参ったな。何重にもかけた防護魔法が半分くらい持ってかれてる……やっぱり強いね、君」

「ほざけッ!!」


 絶倒信義は邪流殲破と違い、攻撃用の技ではない。しかし、邪流殲破と能力の根本は同じで、黒牢の黒い魔力を使って黒牢ではなくヴィオラ自身の体を強化する技だった。これにより、ヴィオラの攻撃力と防御力、スピードは一時的にだが飛躍的に上昇する。


 スピードと威力が上がった斬撃を次々とヴィオラは繰り出していく。が、しかしラウローはそれを素手で受け止め続けた。受け止めるたびに、手から先ほどと同じ「パリン」という音がすることからして、どうやら即席で両手に防護魔法を張り続けているのだろう。


「そろそろ攻撃に転じないと、僕もジリ貧だなっ……!」

「その前にお前を倒す!!」


 だが、隙を狙ってラウローはしゃがみ、地面に両手をつく。すると、ヴィオラとラウローの周囲に急激なスピードで結界が展開された。

 そして展開が完了すると、ヴィオラの体は急激に重くなる。その重力に耐えられないヴィオラはよろめくが、黒牢を支えにして何とか倒れるのを防ぐ。


「驚いた、これだけの負荷をかけてもまだ立ってられるのか」


 ヴィオラとは反対に、ラウローは悠々とヴィオラに向かって歩いてくると、その腹に一発蹴りを入れる。その威力により、ヴィオラは地面をゴロゴロと転がった。


「この結界には重力を付与してあるんだ。勿論、使用者である僕には影響を及ぼさないようにしてね。普通これぐらいの重力をかけたら、冒険者たちだと立ってられないんだけど……候補とはいえスレイヤー、甘く見ていたよ」


 ラウローはつかつかとヴィオラに歩み寄ると、その腹に足を乗せてグリグリと押し付ける。


「だが、もう終わりだ。せめて最後はサクッと終わらせよう」


 足を上げると、ラウローは重力を足の先に込める。今のヴィオラでは、その威力には耐えられないだろう。


『ヴィオラ、一旦全身に纏ってる魔力を、俺と右手のみに集中させろ!』

『そんなことしたら、体が潰れて……!』

『体が潰れる前にこのままだと死ぬ! 一か八か、俺に賭けろ!』

『わかっ……た!!』


 魔力を乗せた足でラウローが踏みつけようとしたその時、ヴィオラは全魔力を右手と刀に集中させる。黒牢は再び、眩く輝いた。


「邪流ッ……殲破!!」


 コン、と黒牢を軽くラウローのすねに当てただけだったが、威力は十分だったようで「バキン!!」という音と共に防護魔法が全て破れ、ラウローの足に巨大な傷をつけた。


「がッ!?」


 足の血が噴き出ると共に顔を歪めたラウローは、足を抑えてうずくまる。ラウローの意識が結界から逸れたのか結界は解除され、ヴィオラは重力負荷から解放された。


「はっ、はっ……」

『大丈夫か、ヴィオラ!』

「うん、なんとか」

「クソ、やっぱり強いなぁ! 戦うの嫌いなのに、何でこんなことやってんだ俺……」


 よろめきながらも立ち上がると、ラウローは拳を構える。それに対し、ヴィオラも黒牢を構え直した。ラウローは汗をダラダラと流し、涙さえも流しながらヴィオラに向かって吐き捨てた。


「それでも、これは未来を変えるための戦いなんだよ……君に負けるわけにはいかない」

「人を殺して変えられる未来なんて、私は望んじゃいない!!」


 両者は、再び激突した。


 ― ― ― ― ―


 その頃、ヴィオラと離されたザイルたちは魔物に苦戦を強いられていた。


「がっ!!」


 魔物の触手攻撃によって、冒険者がまた一人地面に倒れる。五人いた冒険者たちで未だ戦えるのは、もう残り二人だけだった。ザイルはそんな状況に唇を噛みしめる。


 もっと自分に、人を守れるだけの強さがあれば。戦闘中ながらも、ザイルの頭の中はその言葉ばかりが反響していた。


 魔物が残念そうに腕を組む。


「スレイヤー候補だと期待したんだけれど、意外と大したことないのね。ガッカリしちゃったな」


 人語を解すことからして、この魔物もギロウと同じく上級の部類に当たるらしい。ノエン村の戦いで、ザイルは分身一人を倒しただけだった。実力的にもそれが限界だったからだ。それが今度は、ギロウ相当の魔物を倒さなければいけない。


「クソ……!」


 冒険者とザイルの中で、一番強いのはザイルである。ここにいる中で最も強い者として、判断を誤るわけにはいかなかった。


「二人共、俺の援護に徹してください! 隙が出来たら攻撃を撃ち込むように!」


 二人の冒険者に手早く指示を出し、ザイルは魔物目掛けて走り出す。その顔には、余裕などなかった。


 しかし、今までの実力では敵わない強敵との戦いにより、ザイルの内に秘められた感情が、ほんの少しだが変化を見せ始めていた。

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