第十四話『メルファール/いつまでも掴めない』

 転移魔法の光に包まれた後、ヴィオラたちはメルファールへ到着した。転移魔法陣はヴィオラが最初にROXIAへ来た時と同じように、空き家の床に彫られていたようだった。


 四人そろって家から出ると、閑散とした街が目の前に現れる。通りには人っ子一人いなかった。


「魔物が出るから、みんな家の中に閉じこもってるみたいだね」

「家の中にいたらまだ安全なんですかね?」

「『今のところは』安全なんだろう。これから魔物がより凶暴化していったら、どうなるかわからない。最悪、街一つ壊滅することだって有り得る」


 アレンの言葉に、ヴィオラは顔を引き締める。


「とりあえず、話を聞くためにギルドへ向かおう。冒険者たちとは連携を取っておいた方が良い」


 アレンを先頭にして、ヴィオラたちはギルドへ向かう。街の中を少し歩いてみてもわかるが、本当に誰も外に出ていなかった。衛兵や冒険者たちも見かけない。恐らく詰め所やギルドへ籠っているのだろう。


「……状況はかなり深刻みたいだね。近い内に原因を突き止めて絶たないと、このままでは街として成り立たなくなる」


 黙々と歩いていた三人も、アレンの言葉に同意する。早く止めなければ、食料調達などもままならずに餓死する人も出てくるだろう。さらに、今はこの街だけがピンポイントに狙われているものの、メルファール以外の街へ魔物たちが流れ出す可能性も十分あり得る。

 魔物出現の原因解明と根絶は急務だった。


 やがてギルド近くの通りへ入った時、前方から何か迫ってくるものがあった。

 ヴィオラは刀に手を添えながらアレンに聞く。


「あれは?」

「魔物だね。各々、構えて」


 アレンが新蒼奇譚ブルー・スクリプトの能力を発動させると同時に、ザイルとミレイユも武器を構える。前方から猛スピードで迫ってくるのは、狼型の魔物たちだった。普通の狼の、二倍から三倍ほどの大きさの体をしなやかに動かし、ヴィオラたちへ真正面から攻撃を仕掛けようとしている。


 魔法の射程距離内に魔物たちが入った瞬間、ミレイユが地面に剣を打ち付けた。


鉄凍塵法メタル・フロスト


 ミレイユの足元から氷が這い、魔物たちの足をそれぞれ捕えた。ザイルが駆け出す。


「後は俺がやる! 暁の雷帝エレクトロ・エンペラー!」


 ネルカと手合わせをした時と同じように、ザイルは魔力を電撃に変えて撃ちだす。しかし今度は大量に発射せずに、細かい散弾のようにして魔物たちへ放った。小さな電撃だったが威力は十分らしく、魔物たちはそのショックに叫び声を上げた後、サラサラと消滅していった。


「お、腕を上げたね。ザイル」

「ここ一ヶ月ほど、ずっと練習していたので」


 嬉しそうに声をかけるアレンに対し、ザイルは事も無げに言う。ヴィオラから見ても、ザイルの魔法の扱いは急激に上達しているように見えた。ネルカ戦では、張り合うために大量の魔力を消費していたのが、今の魔物たちに対しては致命傷になり得るだけの必要最低限の電撃しか変換していないことからも、その扱いの精度の向上が伺える。


「……ちゃんと強くなってるじゃん」

「ん、なんだヴィオラ?」

「いや、なんでも」


 不思議そうな顔をするザイルを見つつ、ヴィオラは黒牢を鞘に閉まった。


 それからは特に魔物に襲われることもなく、四人は無事ギルドへ到着した。メルファールのギルドは一般的な家屋が数軒分合体したほどの大きさをしており、正面には全国共通の竜型エンブレムが彫られてある。


 何回か扉をノックすると、ほんの少しだけドアを開けて、中からいかつい筋肉質な男が顔を出した。


「どちらさんだい、アンタら」

「スレイヤー機関の者です。この街の魔物頻出問題を解消するために、本部からやってきました」


 すると、男の顔は途端に明るくなる。


「おぉ、そうだったか! さぁ、どうぞ入ってくれ」


 ギルドの内部へ四人は通される。中は思いのほか広かった。中央には受付カウンターがあり、そこで受付嬢が作業を行っている。また、カウンターの周囲にはテーブルや椅子が多数設置されていて、さらにその外縁は武器や防具、魔道具などを売っている店が並んでいる。

 冒険者に必要なものを一通り売っているショッピングモールのようなところだな、とヴィオラは感じていた。


「ギルドマスターを呼んでくる、待っててくれ」


 四人を椅子に座らせた後、男は二階へと向かっていった。ギルド内には多くの冒険者たちがたむろしていたが、皆一様に肩を落としており元気がない。「こんな気味の悪い事件が起きたら、誰だって暗くなるよな」とアレンが小さく呟いたのがヴィオラの耳にも入る。


 やがて、二階からギルドマスターが降りて来た。ギルドマスターは腰の曲がった小柄な老人で、しっかりとした作りの杖をついている。


「どうも、私がこのギルドのマスターです。あなた方はスレイヤー機関の方たちだとお聞きしましたが」

「そうです。俺はアレン・シルベクルス、スレイヤーです。この三人は俺の指導の下修練を積んでいる、スレイヤー候補たちですね」


 その言葉に続いて、ヴィオラたちもそれぞれ軽く挨拶をする。ギルドマスターは全て聞き終えると、ゆっくりと頭を下げた。


「どうか、この街を救っていただきたい。私たちの力では、もはや手に負えません」


 そこからは、アレンがギルドマスターへの聞き取りに入った。

 まず、スレイヤー機関に助けを求めたように、そもそもメルファールの街自体がそこまで強い冒険者や衛兵を抱えているわけではないらしい。どちらかというと、新人冒険者を多数採用することで、数の力によって治安の統治を行ってきたようだった。


「しかし街の中では地形上、一斉に討伐を行っても各々の動きが取りにくくなるだけです。魔物自体も知能が上がっているのか、上手く撒かれますし……数においては有利なのですが、それを活かしきれない状況なのですよ」


 ギルドマスターは苦しそうに語る。

 魔物が出現したり姿を消すところを見た人物も、未だ一人もいないようだった。魔物出現のメカニズムが不明なままだと、裏で人間が操っているのかどうかもわからないため、『まずは魔物を意図的に逃がすところから試してみよう』という話になる。


「今までは意図的に魔物を逃がしたりはしなかったんですか?」

「実力的に、それが出来るレベルの者がいないのです」


 ということだったので、ヴィオラたちが日中はしばらく街を巡回し、魔物を見つけたら程よく追い込んで逃がすという作戦を取ることにした。ヴィオラたち四人だけでは街の警備は足りないので、特に実力のある冒険者たちも数人同行する、ということで話に決着がつく。


「それでは、明日からさっそく取り掛かります」

「どうか、よろしくお願いいたします。このギルドの上階に空き部屋があります、しばらくはそこで寝泊まりしていただければ」


 ギルドに集まっている者たちの約半分はギルドで寝泊まりし、もう半分は魔物が姿を消したタイミングを見計らって家へ帰っているという話を聞き、改めて事態の深刻さをヴィオラは再認識する。


 その日は四人共ギルドへ泊り、次の日から魔物を追い込むための作戦が始まった。


 ― ― ― ― ―


「チッ、またか!」


 ザイルが軽く舌打ちをする。四人はアレンとミレイユ、ヴィオラとザイルの二班に分かれて魔物たちを追い込む作戦を実行していたが、逃げる魔物がいた場合はいつも上手く撒かれてしまっていた。


 作戦が始まってからもう数日が経つ。ヴィオラたちが来たことで、討伐数は上がったので街もいくらか平和を取り戻していたが、そうかと言って魔物の出現が完全に収まったわけではない。


 サラサラと崩れていく巨大な蜘蛛型の魔物を見つつ、ヴィオラはため息を吐く。倒しても倒しても終わらないことから、どうしても徒労感が拭えなかった。二つのチームにはそれぞれ、この街の冒険者たちが数人同行してくれていたが、討伐に手いっぱいで逃げた魔物を追える者はいなかった。


「すみません、あまりお力になれず……」

「い、いえ! 一緒に戦ってくれるだけでも、とてもありがたいです」


 沈痛な面持ちをする冒険者たちをねぎらうように、ヴィオラは優しく声をかける。完全に魔物が消えたのを見ると、ザイルはその場で伸びをする。


「……しかし、何故一部の魔物は逃げるんだろうか。魔物の本能としては、人間を襲うことが第一であるはずなのだが」

「さぁ。やっぱり魔物自体が操られているんじゃないの?」

「やはり、そうなるか」


 その後も作戦を続けるものの、ヴィオラたちは魔物が出現する瞬間も、消える瞬間すら一向に見つけることが出来なかった。魔物自体もより強さを増していることに対し、ヴィオラたちが焦りを感じ始めた頃。


 魔物を倒して一息ついたヴィオラたちの前に突如、空間に黒い穴が現れる。


「あれは、学園の時の!?」


 その形状は正に、ヴィオラが初めて黒牢を手に取った日に現れた……ドラゴンが出てきた転移魔法のゲートと、瓜二つなものだった。ただし、ドラゴンの時よりもかなり小さいものではあったが。


 そして、その中から一人の男が出てくる。目元のクマが特徴的なその男は、片手に本を持っていた。


「誰……!?」


 思わずヴィオラが呟いたのを男は聞き取ったのか、めんどくさそうに手をヒラヒラさせながら言葉を返す。


「あー、大した者じゃない。君たちを片付けに来た」

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