第十三話『人それぞれ/新たな任務』

 タクトは軽い挨拶だけ済ませてその場を通り過ぎようとするが、ザイルの顔を見ると表情を変え、ヴィオラたちの向かいの席に座る。


「な、何があったの?」


 恐る恐る聞くタクトに、ヴィオラはザイルのことを話した。一通り聞いて考え込むタクトに対して、ザイルは笑ってくれとでも言わんばかりに自嘲する。


「タクト、お前は光明華ライト・ブルームの中でも一番強いらしいじゃないか。そんなお前に一度聞きたかった……努力しても強くなれなかった時、どうしたらいいと思う?」


 ストレートに質問をぶつけられたタクトは少しだけ悩むが、それでもザイルに対して優しく語りかけた。


「うーん……自分もそれはまだわからないけど、それはホントに今悩むべきことなの?」

「何?」

「いや、ザイル君の実力がどれくらいなのか、僕もよく知らないけど……僕たちってまだスレイヤー候補じゃないか。しかもなりたての。何年も頑張って、それでもスレイヤーになれないならその悩みもわかるけど、少し人と比べ過ぎじゃないかな」


 タクトの言葉に、ザイルは僅かながら怒りを見せる。


「比べるも何も、他の奴らより俺の方が実力で劣っている、それは紛れもない事実だ。やはり、強い人間にはそんな悩みはないんだな」

「ち、違うよ! そもそも、何故か僕が光明華の中で一番強いみたいなこと言われてるけど、それは誤解だよ」

「……そうなのか?」

「確かに、調子が良い時は僕が一番強いかもしれない……でも、そんなことって滅多にないからね? 今、この場でネルカさんと戦えって言われたら僕は多分負けるよ」

「……」


 ザイルは何か思うところがあったのかしばし黙っていたが、やがて再度口を開く。


「だが、それにしても俺はネルカに勝てなかった。恐らくヴィオラとミレイユにも真っ向から戦えば負けるだろう……俺には強さが足りないんだ。強くないと、皆を守れないんだよ」

「それは違うよ」

「は?」

「強くないなら、ないなりの戦い方だってある。ヴィオラさんやミレイユさんはザイル君より強いかもしれないけど、ザイル君が出来ることが二人にも出来るとは限らない。ヴィオラさんたちが出来ないようなことを、ザイル君は率先してやればいいんじゃないかな」

「……」


 再び黙り込むザイルに対し、タクトの援護射撃をするようにヴィオラもザイルへ話しかける。


「そうだよ、強さは比べるものじゃないって! 私はザイルのことを努力家だと思ってるし、そもそも真っ向から戦って勝てる自信なんてないよ」

「ザイル君は僕なんかより、ずっと周りが見えてるんだよ。周りが見えてるからこそ、人を見て悩んでしまうんじゃないかな。僕は自分のことをやるだけで精いっぱいだから、それはすごいと思う」


 あはは、とへにゃっとした笑顔で笑うタクトを見つめていたが、やがてザイルは席から立ち上がった。


「そう、かもな。お前たちの言う通りかもしれない」


 しかし去り際、悲し気な声で再びザイルは呟く。


「でも俺は……まだ納得できないんだ。自分の弱さに」


 力なくフラフラと歩いていくザイルを、ヴィオラとタクトはただ黙って見つめることしか出来なかった。


 ― ― ― ― ―


 それからの一ヶ月間は、あっという間に過ぎていった。

 あれからもザイルは時折物憂げな表情を見せていたが、表立って悩みを吐露するようなことはなく、むしろ授業には積極的に参加するようになっていた。どこか心配しつつも、ヴィオラもいつも通りにザイルやミレイユと共に日々を過ごしている。


 授業は少しだけ基礎教養が含まれていたが、大抵は戦闘の演習だった。演習の中で鍛えていくうちに、ヴィオラは以前よりも黒牢の扱いが上手くなったことに、密かに手ごたえを感じていた。ミレイユとザイルも、ヴィオラから見るとそれなりに成長しているように見える。


 そんなある日、授業終わりの教室でアレンが三人へとある提案を出してきた。


「みんな、ここに来た時から比べるとかなり動けるようになったと思う。そこでそろそろ、このメンバーで一つ任務に行こうかと考えてるんだ」


 アレンは黒板に地図を貼りつけると、その中の一点を指す。そこは、ロウウィード王国の北部にある街だった。


「ここの街、メルファールというらしいんだけど、最近魔物が多数出現しているらしいんだ。しかも、倒しても倒しても現れるらしい」

「街の外から侵入してきてる、ってことですか?」

「いや、どうやら違うみたいだ。街の中から出現して、取り逃がすといつの間にか消えているらしい」

「……どういうことなんです?」


 ヴィオラは率直な疑問を口にする。


「機関では、魔物が消えるのは何らかの魔法効果ではないか、という推測が出ている。転移魔法みたいな。そして、転移魔法を使う魔物は今までの記録にはない。恐らく、裏で魔物たちを操っている者がいる」

「つまり、魔物を使った犯罪だと」

「そう。魔物が出現し始めた当初は、街の衛兵や冒険者たちで対処していたらしいんだけど、最近は数も増えて力も強くなっているらしいんだ。だから機関にお鉢が回って来た」


 ザイルが机に両手をついて立ち上がった。


「アレン先生。その討伐任務、俺は行ってみたいです。ロウウィードの地なら、俺たちが守るべきだ」


 その言葉に、ヴィオラとミレイユも頷く。それを見たアレンは満足そうに笑顔になった。


「そっか。じゃあこの任務は、うちのチームで受けることにしよう……おっと、そういやチーム名もまだ決めてなかったな。近々決めないと」

「チーム名って、光明華みたいな奴ですか?」

「そう。スレイヤー候補のチームには、それぞれチーム名を教官が名付けることになっているんだ。まぁ、また考えておくよ」


 「それでは今日は、解散!」というアレンの号令と共に、ヴィオラたちは教室を出て各々の部屋へと帰ることにした。


 ― ― ― ― ―


 夜。自室のベッドに横になっていたヴィオラは、眠れずにもぞもぞと体を動かす。壁に立てかけてある黒牢が、そんなヴィオラに話しかけてきた。


『どうした、眠れないのか』

「うん。なんというか、ここ一ヶ月ぐらいで色々なことが起こったな、って考えてると目が覚めちゃって」

『そうだな……本当に、色々なことがあった』


 ヴィオラと同じように、黒牢も感慨深そうな感想を漏らす。


「そういえば、黒牢と契約した時に『俺と契約すれば災難が降りかかる』みたいなことを言ってたけど、あれは結局何だったの?」

『いや、まぁ……なんというか』

「もしかしてノリで言ってたの?」

『違う、そんなわけあるか。ただ、俺と今まで関わってきた奴は碌な死に方をしなかったんでな……それを思い出しただけだ』

「何そのアバウトな情報。逆に怖いんだけど」

『まぁ、いつかお前にも話す。今はまだ話す気分にはなれない』


 黒牢の過去に何があったのか、聞いてみたい気持ちがヴィオラにないわけではなかったが、黒牢が喋りたくないことを無理に聞き出すのもよくないだろう、と思ってしばらく黙り込む。


「……そういえば、今の私は黒牢の能力を使って戦ってるよね?」

『あぁ』

「つまり、黒牢の能力と並行して、自分の固有魔法も練習すれば使えるようになるんじゃない? そしたら、もっと早く強くなれそうだけど」

『いや、それは恐らく出来ないだろう。俺との契約によって、一時的にだがお前の固有魔法は俺の能力で代替されている』


 黒牢が言うには、ヴィオラが魔力を使って魔法に変換するための『精神的部位』が今は黒牢の能力を使うためのものに変質しているらしい。ヴィオラにはイマイチよくわからなかったが、とどのつまりは。


「ふーん……つまり私はこれからも、私自身の固有魔法が使えないってこと?」

『俺との契約が切れない限りは、恐らく無理だろうな。そして、契約もそう簡単に切れるものではない。俺かお前のどちらかが瀕死にでもなって、さらに解呪の魔法でもかけたら可能性がなくはない、ぐらいだ」

「そうなんだ。ま、使えないものはしょうがないか」


 ヴィオラは寝返りを打ち、黒牢に背を向ける。


「この前の演習で新しい技も一つ使えるようになったし、今は黒牢の技を使いこなすことに集中するよ」

『そうだな。その方がいいだろう』

「そろそろ寝るよ、明日は件の任務だし。おやすみ、黒牢」

『あぁ、おやすみ』


 黒牢の過去に何があったのか。

 ヴィオラは真実を知りたいという感情を抑え込み、頭の中をまっさらにすることで眠りに着いた。


 ― ― ― ― ―


 翌日、各々の武器を持って教室に集まった三人は、アレンが来るのを待っていた。


「入学試験以来の任務か、緊張するなぁ」


 体を武者震いさせるヴィオラに、ザイルが頷く。


「ヴィオラ。あれから色々考えたが、やはり俺の悩みには決着がついていない」

「……そっか」

「しかし、ずっと悩んでいるのももう疲れた。今回の任務で、俺はこの悩みに終止符を打ちたい」

「具体的にはどうするの?」

「率先して俺に前線を任せて欲しい。一番先頭で戦い続ければ、俺のホントの適性が見えてくるかもしれない。ミレイユも、頼めるか?」


 窓の外を見ていたミレイユは二人の方を向く。


「えぇ、構わないわ。私も後方支援を一度試してみたいし」

「よし、決まりだ。三人で絶対メルファールを守り抜こう」


 いくらか前向きになったザイルを見て、ヴィオラは少しだけ安堵する。そんな時、アレンが教室へと駆け足で入って来た。


「いや、ごめんごめん。ちょっと野暮用で遅くなった。それじゃあ、今から任務開始だ。メルファールへ向かおう」


 転移魔法の部屋へ四人で向かいつつ、ヴィオラは鞘袋のひもを固く握りしめた。

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