第十二話『光明華/懊悩』

 実力測定を一時中断し、ヴィオラたちは光明華ライト・ブルームのメンバーたちと互いに自己紹介を行う。光明華はヴィオラたちと同じく、三人のスレイヤー候補と一人の教官で構成されていた。


 まず、体育館に入ってきた時、最初に声を上げた少女はネルカ・セグンス。桃色の髪を持つ、のんびりとした雰囲気を持つ少女である。ヴィオラ達の自己紹介にも快く反応してくれたことから、人当たりはかなりいい方らしい。


 次に、長身の少年。名前はオーム・トールと言うらしく、キリッとした目元が特徴的だった。全体的に規律や上下関係に厳しそうな雰囲気を漂わせていることから、身分の高いヴィオラとザイルに対しては非常にうやうやしい態度を取っていた。一人だけ普通に挨拶されたミレイユは、何か納得がいかない顔をする。


 続いて、前の二人が挨拶をしている間に後ろの方で終始オドオドしていた少年はタクト・ラスフィ。あまり人付き合いが得意な方ではないらしく、少しどもり気味ながらも挨拶をしてくれた。しかし、オドオドしている態度とは反対に髪色は爽やかな赤色をしており、また服装もシンプルながらスポーティなものを着用している。


 最後に、アレンに『ルナ先生』と呼ばれた小柄な少女。名はルナ・リライ。ネルカたちの教官を務めるスレイヤーらしい。アレンに対しては何故か人当たりがキツかったが、ヴィオラたちにはそんなことはなく、むしろアレンと同様にとても優しい応対をしてもらえた。


 一通り自己紹介が終わると、そのままヴィオラたちが先程までやっていたことについて、話が移動する。アレンが実力測定の件を説明すると、ネルカが嬉しそうに手を合わせる。


「面白そうじゃないですかぁ! 私、光明華以外の候補生を見るのが初めてなので、せっかくならここで誰かとお手合わせしてもらいたいんですけど」


 ネルカの提案に対し、アレンは興味を惹かれたようで。


「それ、結構いいアイデアかもしれないね。こっちはザイルがまだ測定してないから、ネルカとの手合わせで済ませようか」

「先生、自分は先生にお相手してもらいたいのですが……」

「大丈夫だよ、ザイル。さっきは俺が直接やった方が良いかと思ったけど、光明華のメンバーは実力も申し分ない。胸を借りるつもりでやってみるといい」

「そう……ですか」


 ザイルはどこか不満そうな顔をしながらも、ネルカを誘う。


「では……ネルカ、一つ手合わせ願う」

「はい~、喜んで」


 ヴィオラたちが壁際に下がると同時に、ザイルとネルカは体育館の真ん中へと歩いていった。


「開始の合図は俺が出すからね」


 アレンの言葉に従い、ザイルは籠手を着けた両腕を構える。それに対し、ネルカは拳を掲げることもなく自然体のまま立っていた。それを見たザイルの顔が、また少し曇る。


「それでは……始めっ!」


 その言葉と共に、ザイルはネルカへ向けていきなり電撃を大量に発射する。電撃はネルカを包み込むように攻撃するが、当たる寸前にネルカの周囲に六角形かつ六枚の障壁が展開された。


 電撃をしばらく続けて出していたザイルだったが、やがて一旦電撃を打ち切る。六枚の障壁が邪魔をして、ネルカの体に一切傷が付いていないのを見たかったからだった。ザイルは軽く舌打ちをすると、今度は近接攻撃を仕掛けようとネルカに向けて駆け出す。


 だが、ザイルの拳がネルカへ届く前に、ネルカは六枚の障壁を円形に張り巡らせ、そこから巨大なビームを発射した。咄嗟にザイルは全身に魔力を纏ってガードするが、それでもビームの勢いには負けて吹き飛んでしまう。


 転がったザイルは再び立ち上がるが、その顔は焦っていた。ネルカは笑う。


「私の固有魔法は『六守と鮮烈バリア・アームズ』って言いますぅ。六枚の障壁を操る魔法ですね。さっきみたいに張り巡らせて、魔力で出来たビームを撃つことなんかもできます」

「……なるほど。そちらが説明したのなら、こちらも言わねばならないな。俺の魔法は……」


 しかし、暁の雷帝エレクトロ・エンペラーの説明を行おうとした矢先、ネルカは手を上げて止める。


「あぁいや、大丈夫ですよ。ザイルさんの魔法は何となく、雷を操る魔法ってわかるのでぇ」

「……そうか」


 ヴィオラから見て、ザイルの顔は苦しそうに歪んでいる。しかし、先ほどの魔力砲で傷を負っているわけではなさそうだった。ヴィオラには、ザイルの苦しみが何なのかわかりかねていた。


 それから、ザイルは再び電撃を撃ちだしつつネルカへ距離を詰めていくが、それを尽くネルカは跳ねのけていった。自己紹介によると、ネルカの体術や魔力操作はそれほどでもないらしいが、六枚の障壁の操作力……固有魔法の練度がかなり高いのは、ヴィオラから見てもよくわかる。


 ネルカはもう一度、魔力砲を撃ちだすためにザイルへ向けて障壁を展開させる。それを見たザイルは何を思ったか、その場で両手を前へ突き出し、魔力を収束し始めた。


「まさか、張り合うつもりなの?」


 ボソッと呟いたミレイユの言葉通り、ネルカが撃ちだした魔力砲に対し、ザイルは両手に集めた大量の魔力を全て電撃へ変換し、一斉に撃ちだした。

 しばらくは拮抗していたが、やがて双方とも出し尽くしたようでその光は止まった。ザイルは大量の汗を流しながらもニヤリと笑うが。


「私の攻撃は魔力砲だけじゃないですよぅ」


 ネルカは障壁たちをフリスビーのように、回転しながらザイルへと撃ちだした。大量の電撃を放った直後で隙が出来ていたということもあり、ザイルはそれらを全て喰らい、空中へと弾かれた。

 地面に力なく落ちたザイルを見て、アレンが声をかける。


「それまで! ザイル、大丈夫か!」


 『少しやり過ぎたかも』という顔をしたネルカは、アレンと共にザイルへ駆け寄る。何とか起き上がったザイルは暗い表情をしていたが、それでも精いっぱいの取り繕った笑顔でネルカを称賛した。


「強いな、ネルカは。スレイヤーにもすぐなれそうだ……光明華では、お前が一番強いのだろう?」


 それに対し、ネルカは若干困ったように言葉を返した。


「いえ、私はどっちかと言うとまだ弱い方ですよ。一番強いのは、恐らくタクトくんですねぇ」


 その瞬間、ザイルの笑顔がボロボロと剥がれていくのをヴィオラは見た。それを見たことで、ザイルが今まで一体何に苦しめられていたのか、若干だが察する。

 アレンに支えられながら立ち上がったザイルは、『一人で歩ける』と助けを断り、ヴィオラたちの方へゆっくりと歩いてくる。


「とりあえず、それぞれの実力はわかった。今日のところは教室へ戻ろう」


 光明華のメンバーに挨拶だけして、四人は体育館の外へ出た。

 アレンとミレイユが先に歩いていくのを見た後、ヴィオラはザイルに駆け寄る。


「その、大丈夫? ザイル」

「……すまないが、少し放っておいてくれ」


 ザイルから出た拒絶の言葉に、ヴィオラは驚く。今までヴィオラがどんな暴言を吐いても、ザイルはそれに会話を拒否するような言葉は言わなかった。

 そのザイルが、自分の殻に閉じこもろうとしている。ヴィオラにとっても初めての事だった。どう言葉をかけたらいいかわからず、しばらく横を黙って歩く。 


「……何で誰もかれも、俺より先に強くなっていくんだろうな」


 ボソッと呟いたザイルの言葉は、ヴィオラの頭の中でいつまでも反響していた。


 ― ― ― ― ―


 数日後。あれから本格的に授業が始まったことにより、忙しくもそれなりに充実した日々をヴィオラは送っていた。そんな中、とある休日。

 ヴィオラは食堂にて一人で座っているザイルを見つけ、声を掛けようと近づく。しかし、その手前で歩みが止まった。


 ザイルは静かに涙を流していた。ザイルが泣くところなど今まで一度も見たことがなかったヴィオラは戸惑うものの、思い切って近づく。


「……隣、いい?」

「ん、あぁ」


 ヴィオラに気付くと、ザイルは急いで涙を拭いていつもの顔へと戻る。そんなザイルを気遣いつつ、ヴィオラは隣の席へと座った。


「あ、あのさ」

「お前は……気づいているんだろうな。目に見えて俺が弱っていることに」


 ヴィオラは開きかけた口を閉じる。ザイルはため息を吐きつつ自嘲した。


「俺は……俺はわからなくなってきたんだ。今まで俺は、人並み以上に努力をしてきたつもりだった。お前に直接修行を見せたことはなかったが、それでもかなり鍛えてきた方だと思う」


 黙っているヴィオラの隣で、ザイルはさらに言葉を続ける。


「それでももう、恐らく俺よりお前の方が強い」

「そ、そんなことはないよ!」

「いいや、絶対そうだ。妖刀をすぐさま使いこなし、ドラゴンやギロウを軽々と倒してしまう……お前には、戦いの才能があるんだと思う」

「……」

「ミレイユも欠点こそあれど、お前に十分食らいついていける強さを持っている。光明華のメンバーもどうやらそうらしい。俺が、俺だけが落ちこぼれなんだ」


 顔に手を当て、虚ろな目でザイルはテーブルを見つめる。そんなザイルをどう励ませばいいか、ヴィオラにはわからなかった。


「俺はどうしたらいい。大した強さも持っていないのに、親からは……王からは国を陰から支えることを求められている。そんな立派な役目が務まるとは、俺にはとても思えないんだ」

「ザイル……」

「俺は、俺は怖いんだ。努力に結果が伴わないことに。強くならなければ、民を守ることは出来ないんだよ……」


 ザイルを励ます方法が思い浮かばず、もどかしい思いをヴィオラが抱えていたその時。


「あ、あれ。君たちは確か」


 ヴィオラとザイルの目の前には、コップを持った光明華メンバーの一人、タクトが立っていた。

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