第九話『リベンジマッチ/黒き妖刀』
翌日。
ヴィオラたち四人は、村を出てギロウが固定されている場所へと向かっていた。
結局、村の守護は冒険者達に一任することにした。
いざという時のために、とサリーが簡易的な魔道具を渡していたので、万一ギロウを四人が倒せなかった場合は、村の手前で食い止めることになるだろう。
恐らくそれは、最悪のケースだったが。
「ギロウが復活するまではもう少しあります。歩いていきましょう」
サリーを先頭にして、ヴィオラたちは歩く。
全員、どことなくピリピリとした雰囲気を漂わせていた。
『必ず……お父さんの仇を討ってきて!』
村を出る前に頭を下げて見送っていたカイを思い出し、ヴィオラは自然と拳に力を込める。
「昨日話したことを、もう一度おさらいしておきましょう。まず、敵はギロウ本体と三体の分身です。ザイルさんは分身を一体、私が二体の分身を担当します……心配ですが、本体はヴィオラさんとミレイユさんに任せます」
「わかりました。やってやりますよ」
「えぇ」
「本当は私が本体を担当するべきなのでしょうが……恐らく、このメンバーで一番ギロウを倒せる可能性が高いのはヴィオラさんです。先の戦闘ではあまり攻撃が通じていませんでしたが、今のあなたならいけるかもしれません。ミレイユさんとの連携で、何とか倒してください」
少し落ちてきた眼鏡をかけ直しつつ、サリーは言う。
ヴィオラは『ギロウを倒せる可能性がある』と評価されたことが純粋に嬉しかったが、それはそれとして魔力操作にまだ不慣れな部分があるので、ぶっつけ本番でギロウと戦うのは怖くもあった。
昨日の夜、修行後のヴィオラを見たサリーはその魔力の質に驚いていた。
それを鑑みての判断なのだろうが、緊張はする。
しかし、ドラゴンを倒した時のことを思い出し、ヴィオラは両頬を叩いて気合を入れ直した。
そのまま十分ほど歩くと、固まって動きを止めているギロウと分身たちの姿が見えてきた。
「動きを止めた時点で、ギロウたちの意識も止まっています。少々姑息ですが、固定解除と共に背後から攻撃を仕掛けて、先手を取りましょう」
サリーの提案に、三人は頷く。
四人はそれぞれ、ギロウと三体の分身の背後に立った。
「固定してからの時間は私が計っています。解除まであと一分」
ヴィオラとミレイユは剣を構え、ザイルは拳に電気を纏う。
微かに剣を震わせるヴィオラに、ミレイユは声をかける。
「……あなたが一番強いのに、何で怯えてるのよ」
「そ、そりゃ今までロクに戦ったことないし! 昨日は攻撃が通じなかったし、怖くないわけないじゃん」
「自分にもっと自信を持ちなさい。サポートは出来る限りする、だから」
ミレイユはふっと笑う。
その目には挑戦的な意思が宿っていた。
「絶対に失敗するんじゃないわよ?」
「五、四、三、二、一、解除!!」
サリーが声を張り上げると共に、四人はそれぞれの敵へ向かって飛び掛かる。
三体の分身はザイルとサリーに気付かず攻撃をモロに喰らうが、ギロウは一瞬でヴィオラとミレイユの位置に勘づくと振り返り、大剣で二人の攻撃を受け止めた。
「「うおおおおおおッ!!」」
「なっ……オラァッ!!」
ギロウに攻撃を跳ね返された二人は、後方へ飛んで下がる。
「クソッ、何が起こった! 何でそんな所にいる!?」
「さぁね!」
「ヴィオラ、私が魔法で足止めをするからその隙に攻撃を叩き込みなさい!」
「わかった!」
「
ミレイユが剣を地面に打ち付けると、そこから氷が地面へ広がり、ギロウの体を茨のような氷で縛った。
「ぐっ、一体どうなってやがる!」
「はァッ!!」
最初から全力。
渾身の一撃を、ヴィオラはギロウに叩き込んだ。
ギロウの肩に入ったそれは、肩部分の鎧にヒビを入れる。
「絶対にここで倒す!!」
「ッこの野郎ォ!!」
ギロウは氷の茨を破ると、大剣をヴィオラに向かって振りかざすが、その前にヴィオラの背後から飛び出したミレイユが、大剣へ氷柱をぶつけた。
「ぐっ!?」
氷柱により軌道がそれた大剣は、ヴィオラのすぐ真横に突き刺さる。
その大剣を持つ腕目掛けて、ヴィオラは黒牢を振り下ろした。
昨晩に練習した魔力操作を思い出しつつ、魔力を瞬間的に刀に乗せる。
魔力を帯びた黒牢は、言葉の通り『黒く染まった』。
「おらああああッ!!」
肩に当てた攻撃よりもさらに強く魔力を込めて、ヴィオラはギロウの腕を叩き斬った。
腕を失ったギロウは苦悶の声を上げる。
「がっ、ああああああ!!」
剣を取り落として二、三歩よろめくギロウ。
その隙を逃すまいと、ヴィオラは今度は首を狙って黒牢を振るった。
しかし。
「舐め、やがってッ!!」
「がはっ!?」
ギロウは目にも止まらぬ速さで拳を振るう。
ヴィオラの体は数メートルほど吹っ飛び、地面に転がった。
「ヴィオラ!」
「お前もだ、氷女!! 村の人間の前にお前らを、ここで殺す!!」
怒り狂ったギロウは剣を拾うとミレイユへ飛び掛かった。
ミレイユは氷の壁を展開し攻撃を防ぐが、一瞬で壊されてしまう。
そのままギロウと数合打ち合うものの、力の差から次第に押されていく。
やがて、強烈な一撃により剣を弾き飛ばされてしまった。
「終わりだァ!!」
だが、剣がミレイユの喉元に届く寸前、ヴィオラが黒牢で大剣を受け止めた。
「まだだッ!!」
― ― ― ― ―
的確に電撃を与えつつ、ザイルは分身と互角……いや、それ以上に渡り合っていた。
分身だけに、どうやらギロウよりも強さが数段劣っているようだった。
ザイルの魔法、『
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ発生させた雷を、自由に使えるだけの能力である。
しかしそれは言い換えれば『雷を扱う攻撃なら何でも出来る』という汎用性の高い能力であることを示していた。
ザイルは分身に対し、雷で作った槍を突き刺す。
「ヴィオラたちばかり活躍させる訳にはいかないのでな……俺も全力を出すぞ」
雷の槍を高速で突き刺し続け、ザイルは分身にダメージを与えていく。
最初は大剣を使い抵抗していた分身だったが、やがて槍のスピードに追い付かず剣を取り落とした。
「これで……終いだ!!」
最後の一撃を、ザイルは分身の脳天へと突き刺した。
一瞬苦しむ様子を見せた分身だが、その体はすぐに塵となって消えていった。
― ― ― ― ―
「分身とはいえ、二体は手強いですね……!」
そう言いつつ、サリーは分身たちの攻撃をかわしていく。
サリーが使っている封印系や行動停止系の魔法は汎用魔法、いわゆる練習すれば誰でも使える可能性がある魔法である。
サリーが汎用魔法の道を極めたのは、ひとえに『固有魔法の才能がないから』だった。
どれだけ魔力操作の練習を重ね、どれだけ自分だけの魔法を構築しようと試みても、サリーには固有魔法を使いこなすことは出来なかった。
故に、サリーは魔力操作と汎用魔法の扱いを極め、スレイヤーになった。
「このっ!」
懐からまた魔法陣が書かれた札を取り出し、隙を見て分身たちの体に貼りつける。
一瞬驚くものの、分身たちは特に何事もなかったように攻撃を再開しようとするが。
「ふふ、困惑するでしょう」
大剣を振り下ろそうとした分身たちの動きが、ピタリと止まった。
いや、止まったのではなく『急激に遅くなった』のだった。
一旦距離を取りつつ、サリーは不敵に笑う。
「その札には、一時的に動作を遅くする効果が付与されています。作るのにかなり時間がかかった品ですが……ここで使うのもやむなしでしょう」
サリーは魔力を右手に集中させ、拳を構える。
「あとは動きが遅くなったあなたたちを、拳で打ち砕くのみ」
分身の腹部へ向けて、流れるようにストレートパンチを撃ち込む。
すると、分身は塵となって爆散した。
もう一体の分身にも拳を食らわせると、サリーは一仕事終えたように息をついた。
― ― ― ― ―
「まだだッ!!」
ヴィオラはついに、ギロウの大剣を弾き返した。
驚いたギロウはヴィオラたちから少し距離を取る。
そして、ヴィオラが握っている黒牢を見て呟いた。
「お前のそれ……一体どうなっている?」
黒牢は、今やその刀身全てが黒く輝いていた。
黒い光。
光と言えば白、そんな当たり前の常識を覆すかのように、それは煌々と光っている。
「黒牢は魔力を存分に流し込むことで、黒く光る。これが本当の黒牢よ」
ヴィオラは黒牢を構え直す。
もはや、ギロウを恐れるような震えはどこにもなかった。
ミレイユも冷気を漂わせつつ、攻撃の姿勢を取る。
「行くよ、ミレイユ!」
「言われなくても……!」
二人の連撃に、ギロウは次第に押されていく。
ギロウの体は、昨日と同じく高い強度を誇っている……が、しかしヴィオラは昨日よりも黒牢の攻撃威力を上げ、ミレイユは攻撃威力が低い分、連撃と氷の魔法によってヴィオラをサポートする体勢に入っていた。
だが、そこまでしてもギロウは一向に倒れる気配がなかった。
ヴィオラから見たその目には、純粋な殺意のみが宿っている。
「クソがァ!!」
ギロウは魔力操作によって、周囲に魔力の波動を放った。
それにより、ヴィオラはギロウから距離を取ってしまう。
もう一度攻撃を仕掛けるため、ミレイユに声を掛けようとするが、そこでヴィオラは気付く。
近くに立っているミレイユの体が、溶けている。
「テメェらは早く俺に殺され……!?」
ギロウが怒号を飛ばしたその時、ミレイユの体は完全に溶けきって水となった。
「なっ!?」
動揺するギロウは同時に、自分の体が凍り始めていることに気付く。
「怒りに身を任せるような攻撃ばかりするからよ。周りが見えていないようね」
いつの間にか、ミレイユはギロウの背後に立っていた。
どうやらヴィオラの横で溶けたミレイユは、魔法で作られた氷人形だったらしい。
「今よ、決めなさい!!」
ミレイユの声とほぼ同時に、ヴィオラは輝く黒牢を持って走り出していた。
ミレイユがその場を離れると、ギロウの氷が溶ける。
だがギロウが防御に転じるまでに、ヴィオラは黒牢を振りかざした。
リジンを殺した相手、カイを後悔に苛ませた敵。
悲哀の連鎖を断ち切るように、ヴィオラは刀を振るう。
自身の悔いをなくすため、人の悔いを癒すため。
『その技の名は……』
黒牢の言葉が脳内で反響する。
瞬間、黒牢の輝きは最高潮へと達した。
「
その魔物、黒き妖刀に敗れたり。
斜めに斬り裂かれたギロウの体は、断末魔を上げる間もなくサラサラと崩れ去っていった。
ヴィオラはゆっくりと体を起こし、汗を拭う。
駆け寄ってくるミレイユたちの顔を見てやっと、ヴィオラは確信した。
ギロウの討伐成功、そして入学試験の合格を。
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