第十話『別れ/ROXIA入学』
ギロウを倒した翌日、ノエン村の周囲に張り巡らされた結界は自然と解けていった。
結界を張った人間を捜索したものの、結局ヴィオラたちには見つけることが出来なかった。
結界が解けたことによって、ヴィオラたちがノエン村に滞在している必要もなくなる。
カイの母親も家に戻って来たことで、その日のうちに四人はノエン村を出ることにした。
サリーは冒険者たちに、今後のノエン村の処遇をROXIAと冒険者協会で決めることを話す。
その横で、ヴィオラはカイと別れの挨拶を交わしていた。
「やっぱり、もう行っちゃうんだね」
「ここに留まる必要はなくなったしね。私たちも、これからROXIAに入らないといけないから」
「そっか……ねぇ、ミレイユお姉ちゃん」
カイは近くで空を眺めていたミレイユに声をかける。
「何?」
「お父さんが死んだのは辛いけど……僕も過去にケジメをつけてみるよ。ちゃんとこれから、前を向いて歩けるように」
「そう。成長したわね」
カイに近づいたミレイユは、優しく頭を撫でる。
その時、サリーがヴィオラたちのもとへとやって来た。
「話は終わりました。冒険者の皆さんは、今後はこの村近くの街でしばらく冒険者を続けることになりそうです。カイ君とお母様については、帰ってからセイブン機関長にROXIAから一定期間支援金を送れるかどうか、聞いてみようと思います」
ヴィオラはそれを聞いてホッと胸を撫でおろす。
カイとその母親の生活は、当分はこれで大丈夫だろう。
「さて、それではROXIA本部に帰りましょう」
ヴィオラたちはそのまま、村の外へと出て行く。
少し名残惜しいものの、ヴィオラは既に新しい道へ向いて、歩み始めていた。
「お姉ちゃんたち!」
そのまま帰ろうとした時、カイが四人を呼び止めた。
「また……どこかで会おう!」
カイは手を振りつつ、ニカッと笑う。
その顔にはもう苦しむ様子はなかった。
ヴィオラも手を振って、大きな声で別れを告げた。
「うん、また!」
― ― ― ― ―
ROXIA本部に戻ったヴィオラたちは、セイブンに事の詳細を報告していた。
「そうか、そんなことが……それはもしかすると、最近各地で活発化している魔物とも関係があるかもしれないな」
セイブンは、机上に重ねてある書類をガサガサと探りながら言う。
その書類のほぼ全てが、スレイヤーの任務に関するものらしかった。
「数百年前に魔物の王である『魔王』が倒されてから、魔物の活動は緩やかに減少傾向にあった。それがここ数十年、再び活発になりつつある。何かの前兆なのかもしれないな」
サリーが眉を顰めつつ、セイブンに言葉を返す。
「それは……あまり穏やかではないですね」
「あぁ。これから数年は恐らくもっと酷いことになるだろう。ヴィオラ君、ミレイユ君、ザイル君」
セイブンは立ち上がり、三人の目の前にやって来て語り掛ける。
「今回のリジンさんの件は残念だった。だが、スレイヤー候補を続けていくなら、これからもこういうことは頻繁に起こるだろう。君たちにそれを受け入れる覚悟はあるかね?」
「勿論、ありますよ」
「愚問ですね。私の道は既に決まっている」
ザイルとミレイユはそれぞれ即答するが、ヴィオラだけは黙ったままだった。
セイブンはそれを見て、少しだけ首をかしげる。
「ヴィオラ君にはまだその覚悟がない、ということかな?」
「覚悟はあります。そういうことも承知の上で、私はここに来ました。ただ」
「ただ?」
「私は受け入れるんじゃなく、それを跳ねのけたい。リジンさんのような死者を、もう出したくないんです。完全にゼロにすることは無理かもしれない……でも、それでも私はゼロを目指したい」
「ほう。これは大きく出たな」
顎髭をいじりながら、セイブンは微笑する。
そして三人に向かって、力強く宣告した。
「よし、各々の考えは了解した。君たち三人を機関に迎え入れよう。ようこそ、ROXIAへ」
もう後戻りは出来ない。
ヴィオラたち三人は、今ここでスレイヤー候補の第一歩を踏み出したのだ。
「これからは、この機関本部にある寮で寝泊まりしてもらうことになる。荷物はもう部屋へ運んでおいた。今日は三人共、ゆっくり休みたまえ」
セイブンの言葉を最後に、ヴィオラたちは部屋を出ようとする。
しかし、ミレイユだけは立ち止まってセイブンを振り返った。
「セイブン機関長。一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ふむ、何だね?」
「『ガラン・ソファーレン』という人物をご存じではないですか?」
「……名前からするに、君の父親かね? さぁ、私がこの機関に入ってから、そのような名前の人物は見たことがないな。ただ、私も全てを把握しているわけではない。過去の名簿を漁ってみると良い」
「そう……ですか。ありがとうございます」
ミレイユの礼と共に、機関長室の扉は閉じた。
― ― ― ― ―
翌日。
「ふぁぁ……」
ベッドの上で、ヴィオラは大きく伸びをする。
現在、午前八時。
ヴィオラは寮の部屋で一夜を明かしたのだった。
しばらくベッドの上でうだうだしていたが、完全に目が覚めるとヴィオラはベッドの横で着替える。
ROXIAには特に制服などはないようで、各々が好きな服を着て良いことになっていた。
刀を振るうのだから、なるべく動きやすい服装が良いだろうと思い、ヴィオラはラフな服を持ってきている。
前世の世界の言葉で言うと、黒のパーカーに伸縮性のあるパンツ……のような服を着る。
この異世界にも前世と似たような服はあるようで、記憶が戻ってからはそういう服を好んで着用していた。
着替えが終わって軽く身支度を済ませると、黒牢を持って部屋の外へと出た。
廊下を歩いていると、ミレイユとばったり出会う。
薄い黄色のカーディガンを羽織っているミレイユに、ヴィオラは軽く挨拶する。
「おはよ」
「……おはよう」
目的地はどうやら同じく食堂だったようで、一緒に向かうことになった。
食堂に着くとカウンターで食券を買い、そのまま二人してトレーを持って並ぶ。
ミレイユは朝が弱いのか、しきりにあくびを嚙み殺していた。
やがて二人共、定食を受け取ってテーブルへ行くと、そこには既にザイルが座っていた。
トーストをかじりつつ、優雅にコーヒーを飲んでいる。
「おはよ、ザイル」
「ん、あぁおはよう」
二人はザイルの向かいの席に座り、食べ始める。
しばらくザイルはそれをぼーっと眺めていたが。
「なんだか、思ったより学園での生活と変わらんな」
「そう? 言われてみれば、確かにそうかもしれないけど」
「このメンツで飯など食べることはなかったが、それ以外は学園とほぼ全く同じな気がする。スレイヤー候補になった実感が湧きにくいな」
「それはまぁ……そうだね」
「スレイヤー機関に入ったのは『転校』ではなく『入学』なのにも少し驚いた。教育機関としてどういう位置づけにあるのか、不思議なところだ」
そんな会話をしている内に、ミレイユの食事の手が止まる。
どうやら軽い頭痛に苛まれているらしい。
「大丈夫、ミレイユ?」
「問題……ないわ……」
ミレイユは懐から錠剤を取り出すと、口に含んで水で流し込む。
重い息を吐くと、再びゆっくりと定食を食べ始めた。
ヴィオラとザイルは、顔を見合わせる。
食事が済んだ後、三人は教室へと向かった。
スレイヤー候補はスレイヤーの候補とはいえ建前上は機関で学ぶ学生、
ROXIAの教室は、学園の教室と似たようなシンプルな内装だったが、三人しか生徒がいないためか若干学園よりも小さかった。
長机が一つと椅子が数脚置いてあったので、そこに三人は並んで座る。
期待に胸を膨らませつつ、ヴィオラ達は教官のスレイヤーを待つ……が、十分、二十分と経っても教官は来なかった。
「おかしいな、もうとっくに集合時間じゃない?」
「まぁ先生も忙しいのだろう、もう少し待っておこうじゃないか」
しかし、それからさらに時間が過ぎても教官は一向に来なかった。
「流石におかしいって、職員室に呼びに行こうよ」
「うーむ、そうだな。だがヴィオラ、お前は職員室の場所を知っているのか?」
「知らないけど、通りすがりの人に聞けば場所くらいは」
「あだまいだい……」
先ほどから机に突っ伏していたミレイユが、うめくように言う。
「ついでにミレイユも保健室に運ぶか?」
「そうね……」
しかし、ザイルがミレイユを運ぶために背負おうとした、その時。
遠くから絶叫と共に一人の男がやってきた。
「ぎゃああああああああ遅刻したああああああああ!!」
男はヴィオラたちがいる教室の前で、キキーッという急ブレーキ音が聞こえそうなほどの勢いで止まる。
その男は高身長で、紺色のコートを羽織っていた。
ぺしゃっとした黒髪が特徴的で、その顔には小さな丸眼鏡をかけている。
へへへ、とへにゃっとした笑顔で教室に入ってきた男は、ぐったりとしたミレイユを見ると、表情を変えた。
「……その子、どうしたの?」
「さっきから頭痛が酷いみたいで、これから保健室に連れて行こうと」
ヴィオラが状況を説明すると、男は無言でミレイユに歩み寄り、その額に手を当てる。
その瞬間、薄い緑色の光がミレイユの頭を覆った。
「
するとミレイユは急速に頭痛が引いていったのか、ゆっくりと体を起こした。
「あれ、頭が」
「頭痛、退いたでしょ。治癒魔法使えるんだ、俺」
治癒魔法は汎用魔法だが、難易度が高い部類に当たる。
使いこなすためには、それなりの才覚と修行が必要だった。
ミレイユは男を見て、礼を言う。
「誰かは知りませんが、ありがとうございます」
「お礼は言わなくてもいいよ。これから長い付き合いになるんだし、そのくらい」
「長い付き合い……ってことは」
ヴィオラが気付いたように、男に問うと。
「そう。俺はアレン・シルベクルス。スレイヤーにして、今日から君たちの教官になった男さ」
男……アレンは、屈託のない笑みと共にそう挨拶した。
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