第八話『父と子/魔力操作』

 サリーがギロウの動きを封じてから、少し後。ヴィオラは家の前で錯乱しているカイをひたすら宥めていた。


「お、お父さんが、お父さんが斬られて……うわああああぁ!!」


 泣き叫ぶカイを見て、村の冒険者たちは何事かと近づいてくる。空に張り巡らされた結界に気付いている人も何人かいるようだった。

 ヴィオラが村人たちに状況説明を行おうとしたその時、ミレイユたちが帰ってくる。ザイルはリジンを背負っていた。


「サリーさん! ギロウは倒せたんですか」

「いえ……とりあえずは、丸一日動きを封じる魔法を使いました。こちらからの攻撃も通らなくなるので、その場凌ぎといったところですが……しかも、何者かにここら一帯へ結界を張られてしまいました。助けも呼べませんし、かくなる上はギロウをここにいるメンツで倒すしかないでしょう」

「そんな……」


 そんな会話をしている間に、カイはザイルに背負われたリジンに恐る恐る近づく。


「と、父さん……? もしかして、まだ生きて」

「残念ながら、既に亡くなっているわ」


 ミレイユが無表情で述べると、カイはその場に力なくへたり込み、そのまま気絶してしまった。慌ててヴィオラはカイに駆け寄り、抱きかかえる。

 険しい顔をしていたザイルはサリーに尋ねる。


「サリーさん。こちらから救援を呼べなくても、時間が経てば機関の方から誰か来てくれる可能性はないんですか?」

「ないこともないですが、恐らくは来ないでしょう。これまでの入学試験では数日かかるようなものもありました。討伐に手こずっているだけ、と解釈される可能性の方が高い」


 サリーはカイを抱きかかえるヴィオラ、ミレイユ、ザイルの顔を見つつ沈痛な面持ちをする。


「すみません。スレイヤーである私が同行していながら、こんなことに。とりあえずは村の人々に状況を説明して回りましょう」

「その前に、私はカイ君を寝かせてきます」


 ヴィオラはカイを抱きかかえたまま家に入ろうとするが、それをミレイユが呼び止める。


「待って、私が運んでおくわ。ヴィオラはサリーさんたちと行ってきて。私は……少し休ませてもらうわ、魔力を使い過ぎた」

「……そう。じゃあお願いするね」


 カイを受け取ったミレイユが家の中に入っていくのを見届けた後、ザイルを手伝ってリジンの死体を布にくるみ、家の近くに置く。そしてヴィオラたちは手分けして、村中へ説明に回り始めた。


 ― ― ― ― ―


 一時間後。

 サリーを筆頭に冒険者たちは明日の対策を立てるため、村の集会所に集まり会議を行っていた。疲労が溜まってきたヴィオラはそこから一人抜けて、リジンの家へと一足先に帰る。

 とある村人の証言によると、どうやらカイの母親は結界が張られる前に村近くの街へ買い物に出て行ったらしい。カイの母親は一応無事だという報告が出来ることから、ヴィオラは少し安堵しながら家の中へ入ろうとするが。


「何でそんなこと言うんだよ!!」


 家の中から聞こえてきた怒声に驚き、ヴィオラは慌ててドアを開ける。そこには、ミレイユに掴みかかるカイの姿があった。

 ミレイユは無表情のまま、極めて落ち着いた声で言う。


「当たり前のことを言っただけ。死んだ人は蘇らない、これは自然の摂理よ」

「こっ、この世界には魔法があるんだ! 世界中を探せばきっとどこかに、死んだ人を蘇らせる魔法だってある!」

「そんなものはないと思うけどね。第一、死者を蘇らせる魔法があったとして、あなたはそれをどうやって見つけるの? いつまで時間をかけて探すの。五年、十年? そんなことをしている内に、リジンさんの死体は朽ち果てるわよ」

「……ッこの!!」


 ミレイユを殴ろうとするカイを、間一髪でヴィオラが止めて引きはがす。


「姉ちゃん! 邪魔すんなよ!!」

「ちょっと待って、落ち着いて! 殴るのはよくないよ……ミレイユも、何でそんなキツい言い方するの?」

「正しいことを言うのにキツいも優しいもないわ。受け止めなければならないことは、どんな言い方をされたって受け止めるべき」

「そんな言い方ないでしょ……!」


 隙あらばミレイユを殴ろうとするカイには焦り、冷たい物言いをするミレイユには苛立ちを感じつつ、とりあえずは二人を落ち着けるために椅子に座らせる。

 カイは涙でぐちゃぐちゃになった顔をさらに歪める。


「大体、全部俺のせいなんだ……俺が父さんについて行きたいなんて言ったから……戦えない俺を庇う必要がなかったら、父さんだって死ななかったかもしれないのに……」

「そうかもね」

「ちょっとミレイユ!」

「これは事実よ。リジンさんが死んだのも、カイ君が私たちについて来ようとしたから危険な目に遭ったのも、全て事実」


 ミレイユは椅子から立ち上がり、涙と鼻水を必死で擦るカイの手を、ゆっくりとその手で包み込んだ。


「事実はどうやったって変えられない。変えられるのは不確定な未来だけ。お父さんがいなくてもあなたは一人で生きていけるし、生きていかなきゃならないの」

「そんなこと言ったって、こんなの受け入れられるわけないじゃないか!!」

「受け入れずに過去に縛られ続けるのも、一つの生き方。でもそれは、ひょっとすると死ぬより辛いかもしれないわよ?」


 カイから手を離したミレイユは、再び座る。その手はカイの涙と鼻水で汚れていたが、それを気にする様子はなかった。


「……私の父は、私が小さい頃にいなくなったの。父親が生きていたという痕跡、その全てと共に。今どこにいるのかもわからないし、もしかしたら死んでいるかもしれない」


 突然ミレイユが過去を語り始めたことを、ヴィオラは意外に感じていた。今までミレイユは、自分の過去を人に話すようなタイプに見えなかったからだった。


「父親が私に残してくれたのは、小さい頃の朧気な記憶だけ。それに比べたら、あなたはまだ恵まれているわ。リジンさんとの思い出も沢山あるだろうし、何よりリジンさんが生きていたという証拠や、活躍を知る村の人たちが残っているんだもの」

「でも……僕は、怖いよ。ふとした時に『お父さんがもし今でも生きてたら』って思うたびに、絶対苦しくなる。事実なのはわかってる、受け止めなきゃいけないのもわかってる……けど」


 カイは泣きながらミレイユを真っ直ぐと見つめる。その目は先ほどの怒りがこもったものとは違い、深い悲しみと何かにすがりたい気持ちに溢れているように見えた。


「このままじゃ、事実に圧し潰されそうだよ。頭ではわかってても、気持ちが拒むよ……!」

「だったら、過去を断ち切りなさい」


 それは冷淡な声ではなかった。

 力強く、それでいてどこか優しい声でミレイユはカイに語り掛けた。


「私は父親を探すために、かつて父親が所属していたスレイヤー機関へ行くことを目標にした。父親の痕跡を探すために。死んでたのならそれでいい、これは私のケジメ」


 ヴィオラは初めてミレイユがスレイヤーを目指す理由を知るが、それに違和感はなかった。どちらかというと、割と腑に落ちてさえいる。


「人は過去にケジメをつけながら、生きていかなければならないの。より良い未来を掴み取るために」

「お姉ちゃん……」


 歪んでいたカイの顔が少し緩むのに対し、ミレイユは微笑む。ヴィオラが初めて見た、ミレイユの笑みだった。

 懐からハンカチを取り出し、ミレイユはカイへ渡す。


「ミレイユよ。改めて、よろしく」


 ― ― ― ― ―


 その夜、ミレイユたちをリジンの家へ残し、ヴィオラは一人村の外へと出た。


「黒牢、起きてる?」

『何だ』


 ヴィオラは黒牢を鞘から抜くと、目の前に持ち上げた。その刀身は月光を微かに反射している。


「私の攻撃、ギロウには全然通じなかったよね」

『そうだな』

「契約した時はドラゴンも倒せた。ギロウは絶対ドラゴンより弱い……何で攻撃が通らなかったの?」

『恐らくは、お前の不慣れな魔力操作が原因だ』


 今までヴィオラが全く意識していなかった部分を、黒牢は語る。


『妖刀というのは、魔法と同じ。魔法のように日頃から練習しなくても能力は使えるが、根底はどちらも魔力操作が要となる。つまりお前は魔力操作が下手なんだ』

「じゃあ、何でドラゴンの時はあんな力が出たのよ?」

『契約時に魔力が一瞬だけ、飛躍的に上昇したんだろう。お前の魔力と俺の異能が反応し合って起きた、魔力の爆発みたいなものだ。二度はない』

「うーん。じゃあ、これから私がより強くなるためには魔力操作を練習すればいいってわけね?」

「ああ。どうせお前も、俺に稽古をつけてもらうために一人でここまで来たんだろう? やろうじゃないか、付け焼刃だが一日で何とかしてみせる」


 ヴィオラは両手で黒牢を持ち、ゆっくりと振る。


『意識を集中させるんだ。五感を研ぎ澄ませ。体に流れる『熱』を感じろ』


 ゆっくりと透明なオーラが、ヴィオラの体から少しずつ立ち上っていく。


『体の中から出てきた力を、刀に集中させろ。俺を強化する感覚だ』


 深呼吸を続けつつ、ヴィオラはゆっくりと刀を振っていく。ひとたびごとに、オーラは刀へと伝播していった。


『そう、その感じだ。それを続けていけ』

「わかった」

『……それを続けながら、聞いてほしいことがある。俺の能力についてだ』


 夜風が肌を冷やすが、そんなことはお構いなしにヴィオラは刀を振りつつ黒牢の話を聞いていた。


『俺の能力、名は『破倒閃斬はとうせんざん』。この能力は、極めることによって様々な技を繰り出せるようになる。明日の戦いで使うために、今からお前にその技の内の一つを教える』


 元来、魔法は『汎用魔法』と『固有魔法』に分かれる。

 汎用魔法は努力と才能次第で誰でも使える魔法、そして固有魔法は世界で一人にしか使えない、オンリーワンな魔法の事である。


 妖刀は固有魔法と似ており、刀と契約することによってその刀に宿る異能を使えるようになる。黒牢の言う通り、魔法と同じで魔力操作が必要という点はあるものの、修行を重ねなければならない魔法と違い、妖刀はかなり短期間で使用が可能になるのだった。


『その技の名は……』


 ヴィオラの刀が一層魔力を帯び、段々とその刀身を黒く変色させていく。


 ― ― ― ― ―


 数時間後、鍛錬を終えたヴィオラが村へ入ろうとすると、入り口の近くにミレイユが立っていた。


「……どうやら、口だけじゃないみたいね」

「会うなり酷い言い方するなぁ。でも、私もミレイユのことをちょっと誤解してたみたい」

「誤解?」

「意外と優しいんだなーって」


 にしし、と笑いながらヴィオラは村へ入る。それを見てミレイユは顔をしかめるが、やがて少しだけ頬を緩めた。


「明日は早いわ、もう寝ましょう」

「そうだね。あー疲れた」

「ヴィオラ」


 ミレイユの声に、ヴィオラは立ち止まって振り返る。


「何?」

「ギロウを倒すためには、あなたの力が不可欠。不本意だけど……私はあなたを頼りにしているわ」

「ふっ、まっかせなさい!」


 二人は並んで、リジンの家へと戻っていった。

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