第七話『緊急事態/一瞬』

「カイ君!!」


 黒い騎士の腕に抑えられ、カイは苦しそうにもがく。

 それを見たヴィオラは飛び出そうとするが、直前に騎士がそれを制した。


「状況わかってないのか? コイツ、人質にするために持ってんだけど」

「ッ!?」

「薄々わかってるとは思うが、俺はそこに封印されてた魔物だ。ギロウって言うんだ、よろしく」


 騎士の魔物、ギロウはけらけらと笑う。

 言葉を話す魔物は、魔物の中でも上位の部類に当たる。

 封印されていただけのことはあるらしい。

 ギロウの見た目は正に黒い甲冑を着込んだ騎士のようで、背中には大剣を背負っている。


「封印ってめちゃくちゃ窮屈なんだよ。常時金縛りみたいな感じでな……封印が緩んでくると段々それも解けるんだけど、緩むたびにお前らスレイヤーが封印を強めやがる」


 首を鳴らしつつ、ギロウは軽い調子で話していく。

 ヴィオラのみならず、他の四人もいつでも飛び掛かれる態勢で構えるが、ギロウの佇まいには隙が無かった。

 逆にリジンは、我が子を人質に取られたことから激しく動揺していた。

 その様子を見て、ビッとギロウは人差し指を向けた。


「それもこれも、お前ら冒険者が封印をずっと管理していたからだ。よくもまぁ何十年も監視し続けてくれたな……ということで俺はスレイヤーの前に、まずは近隣の冒険者たちを皆殺しにすることにした」


 ヴィオラたちに緊張が走ると同時に、ギロウはカイを上空へ高々と放り投げた。

 そして、大剣を抜くとカイに向けて構える。


「人質終了! まずはお前から死ねッ!!」


 カイを助けようと、リジンはがむしゃらに走り出す。

 続くヴィオラだったが、その前にギロウの剣がカイの体へ届こうとしていた。

 間に合わない。

 カイの死がヴィオラの頭によぎった時、辺りの気温が急速に冷えた。


鉄凍塵法メタル・フロスト


 地面を一筋の氷が目にも止まらぬスピードで這い、ギロウへと届く。

 そしてそのまま、一瞬でギロウを氷漬けにして動きを封じた。

 ヴィオラが振り返ると、氷は地面に接したミレイユの剣から伸びていた。

 恐らくはあれがミレイユの魔法なのだろう。

 ミレイユは叫ぶ。


「今です、リジンさん!」

「うおおおおッ!!」


 カイが地面に落下する寸前、リジンがその体をキャッチしてそのままゴロゴロと転がる。

 それを確認したヴィオラは、躊躇なく黒牢を構えた。


「いくよ、黒牢!」

『あぁ』


 凍っているギロウに向けてヴィオラは剣を振るうが、その直前にギロウは氷を破壊し、黒牢を素手で受け止めた。


「なっ!?」

『やはり……出力が落ちてるか』

「随分威勢がいいスレイヤーだなぁ、えぇ? だが、お前たちはまだ俺の敵じゃあない」


 ギロウは氷をすべて破壊しきると、カイを抱えて逃げるリジンへ向かって走りだした。

 あくまでも、封印を維持していた冒険者たちから先に殺すつもりらしい。

 ヴィオラに続いて、ザイルとサリーも追いかける。

 走っていくうちに、岩場と村の中間にある草原へと出た。


「クソッ、ターゲットが決まってる奴というのは厄介だな!」

「ヴィオラさんとザイルさんは、ギロウの動きを封じてください! 入学試験は一旦中止、私が奴を封印します!」

「「了解!」」


 数メートル遅れて走ってくるミレイユを後に、ヴィオラとザイルは走るスピードを上げる。

 黒牢との契約により肉体強化でもされているのか、ヴィオラの走るスピードは契約前よりも格段に上昇していた。


 リジンは村へ向かって走り続けるが、運悪くつまずいてしまう。

 カイはそのまま地面へ転がり、うめいた。

 そしてそこへ、再びギロウが大剣を振りかざす……が、リジンへ落とされようとした剣をヴィオラは黒牢で受け止めた。


「姉ちゃん、中々やるな」

「二人は……殺させない!!」

暁の雷帝エレクトロ・エンペラー!!」


 ヴィオラが受け止めている間に、ザイルがギロウへ電撃を食らわせる。


「がっ!?」


 ドラゴンには通じなかったが、ザイルの雷魔法はかなりのものらしい。

 『ザイルの魔法は練度が高いわけではない』とドラゴンとの戦闘時にヴィオラは感じていたが、目の前で巧みに電撃を操るザイルを見て考えを改める。

 ザイルは叫んだ。


「今だ、サリーさん!」


 電撃の隙間を縫ってサリーはギロウへ近づき、懐から魔法陣が書かれた札を取り出した。


「今一度、封印します!」


 しかし、札を貼り付けようとすると、札とギロウの間に薄い障壁が展開される。

 どうやら、札を貼るのを防御しているらしい。

 勢いよく障壁に弾かれると、サリーは数メートルほど吹き飛ぶ。

 体勢を立て直して、サリーは器用に地面へと着地するが、その顔は先ほどよりも焦っていた。


「封印が拒絶されてる!?」

「どういうことですか、サリーさん!」

「何らかの防護魔法が貼られています! 私の力では悔しいですが……封印出来ません」

「さっきからピリピリピリピリ、うるせぇッ!!」


 ギロウはザイルの雷を弾くと、ヴィオラたちへ向けて剣を構え直した。


「わかったよ、そこまで構って欲しいんなら……お前らから先に殺してやるよ!」


 ミレイユも追いつき、加わった四人へ向けてギロウは駆け出す。

 どうやら『リジンたちを殺害される』という最悪の展開は免れたらしい。

 そのことに少しだけ安堵しつつ、ヴィオラも黒牢を持ってギロウへと走った。

 再び、黒牢とギロウの大剣が激突する……かに思えたが、ぶつかる直前にギロウは勢いよく後方へと飛んだ。


 一瞬の出来事にヴィオラは驚く。

 『この土壇場でギロウは逃げようとしているのか?』と考えるが、すぐにそれは誤りだと気づくことになった。


 ギロウは後ろへ跳躍しつつ、笑っていた。

 そして跳躍した先には、再び立ち上がり、カイを連れて逃げようとするリジンがいる。

 ヴィオラはその時、全てを理解した。


「リジンさん!! 逃げて!!」


 リジンの体は、ギロウの大剣に貫かれた。

 ヴィオラから見て、リジンは背を向けていたので表情はわからなかったが、明らかに体の力が抜けていくのがわかる。

 ギロウが剣を引き抜くと、リジンはその場に力なく崩れ落ちた。


 その光景を見たヴィオラは、絶叫してギロウに飛び掛かる。


「お前ぇッ!!」


 ヴィオラが振るった渾身の一撃を、ギロウは軽く受け止めた。


「はは、面白いなお前。ちょっと素振りを見せただけで、コロッと騙されるんだもんな! そんなコロコロ標的を変えるわけねぇじゃん!」

「クソッ!! ザイル、ミレイユ!!」


 ヴィオラの後ろから二人は飛び出し、それぞれ氷柱と電撃をギロウへと浴びせる。

 ヴィオラの斬撃はものともしなかったが、ザイルとミレイユの魔法攻撃はそこそこ効いたらしく、ギロウはひるんだ。


 隙が出来たところからすぐさまヴィオラは黒牢を叩き込んでいくが、一向にギロウの鎧のような体には傷がつかない。

 ザイルとミレイユは一定のダメージを与えられていることからして、ギロウの体が硬いのではなく、ヴィオラの攻撃威力が低いことは明らかだった。

 見かねた黒牢がヴィオラに助言する。


『ヴィオラ、一旦距離を取れ! 今のお前ではアイツに有効打は与えられん!』

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! コイツはッ!! リジンさんを!!」

『熱くなるな! このままだとガキまで殺されるぞ!』


 躍起になって黒牢を振るうヴィオラの手が、ピタリと止まる。

 周囲を改めて確認すると、カイはヴィオラたちの近くで立ち上がることも出来ずに震えていた。

 ザイルがヴィオラに指示を飛ばす。


「ヴィオラ、ここは俺たちで何とかする! お前はカイを連れて逃げろ!!」


 ヴィオラに迷っている暇はなかった。

 ギロウから距離を取りつつ、震えているカイを担ぎ上げ、そのまま村へ向かって走り出した。


 ― ― ― ― ―


「いちいち邪魔ばっかしやがって。段々鬱陶しくなってきたな」


 ギロウは氷柱や電撃を耐えつつ、剣を構える。

 ミレイユはその頑丈さに困惑していた。今までミレイユが戦ったどの魔物よりも、ギロウは打たれ強い。


 先ほどカイを連れて逃げたヴィオラは、その刀でドラゴンを倒したという。

 何故か本調子ではないらしかったが、それでも一般的な駆け出しの冒険者よりかは強いはずだ。

 そのヴィオラの攻撃が全く通じていない。

 その時点で、ミレイユたちの勝ち目は薄かった。


「おいミレイユ! このままじゃジリ貧だ、何かもっと威力の強い技はないのか!?」

「あるにはあるけど今は無理……!」


 やがて、ギロウは完全に氷柱と電撃を打ち破った。


「ふぅ。どうやら、本当にお前らをここで倒しておくべきみたいだな。ここからは手加減なしだ」


 ギロウが指を鳴らすと、その影からさらに三体、ギロウと同じ姿形をした魔物が現れた。

 その光景にミレイユは絶望する。


「こいつらは俺の分身だ。俺ほどの力はないが……お前らを殺すのには十分だろ」


 ギロウが大剣の切っ先をミレイユたちに向けると、三体の分身は剣を構えて飛び掛かった。

 最早ミレイユとザイルには、打つ手がなかった。

 いや、厳密にいえばミレイユには一つだけ奥の手がある。

 しかし、それを使えばザイルやサリーを巻き込まない保証はなかった。


 万事休す。

 このままギロウを野放しにすると、恐らくは村の冒険者たちは全員殺されてしまう。

 それならいっそ、ここでザイルたちを巻き込んででもギロウを倒すべきなのではないか。

 悩んだ結果、ミレイユは決意して右手を掲げる。


天氷エクス……!!」


 しかしミレイユがその真価を発揮しようとした時、突然背後から四枚の魔法陣が描かれた札が飛び出した。

 札はギロウと分身たちに貼りつく。

 ギロウは驚いたように札を凝視した。


「なっ、封印系は効かないは……ず……!?」


 そしてそのまま、ギロウと分身たちは時間が止まったように動きを止めた。

 その場で固まったまま、ピクリとも動かない。

 ミレイユとザイルは何が起こっているのかわからなかったが、後ろからサリーが歩いてきたことである程度事態の解決を察する。


「とりあえず、封印ではないですが停止の魔法を使いました。丸一日間だけ、この四体の魔物の動きを完全に封じられます。代わりに、こちらの攻撃も通じませんが」

「すごいな。流石はスレイヤー」

「……そうね」

「しかし、大変なことになってしまいましたね。かくなる上は機関本部に応援要請をしなければ」


 だが、ミレイユたちがヴィオラの後を追って村へ戻ろうとした時、異変は起こった。

 空間に光の線が複数本描かれ、ミレイユたちが驚いている間に村や岩場まで覆ってドーム状に展開されたのだ。


「これは!?」

「結界魔法……ですね。封印が解けていたことも合わせて考えると、やはりギロウには協力者がいるのでしょう。これでは外部との連絡も」

「は!? それじゃあ俺たちはどうすれば」

「結界が張られた以上、張った者を探し出して倒すか、時間経過と共に結界が解けるのを待つか……どちらにせよ、閉じ込められたのには変わりありません」


 頭を抱えるザイルの横で、ミレイユは呆然と周囲を見回す。

 イレギュラー続きの入学試験はたった一日の内に、生きて帰れるかもわからない状況になってしまった。


 ― ― ― ― ―


 ノエン村から少し離れた木陰に、男は立っていた。

 木にもたれかかり、ゆっくりと本を読んでいる。

 男が立っているのはちょうど結界のすぐ外側だった。


「弱体化してるとはいえギロウの奴を止めるなんて、やっぱりスレイヤーは凄いな」


 目のクマが特徴的な、細身の男だった。

 しばらくはパラパラと本のページをめくっていたが、やがてため息をつくと本をパタンと閉じ、ノエン村とは逆方向へ歩き出す。


「まぁ、これで俺の役目は終了か。全く、めんどくさい仕事を押し付けられたもんだよ……ギロウの目的のために結界も張ったから、やたら疲れたし」


 本を小脇に抱えて、ゆっくりと男は歩く。

 晴れ渡った青空の下、若干ボケっとした顔でフラフラしている男は、側から見れば病人のように見えた。


「結界は二日ぐらいで解けるだろうな。果たして出てくるのはスレイヤーか、ギロウか……まぁどっちでもいいけど」

 

 結界を張ることで地獄のような状況を作った男は、その状況に全くの無関心だった。

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