第四話『決意/帰郷』

 前世の記憶が戻ってから初めてミレイユに会ったことで、ヴィオラはかすかに動揺する。

 乙女ゲームの主人公であり、ゲーム通りにストーリーが進めば後にヴィオラの地位を脅かす人物。そのミレイユが、今ヴィオラの目の前に立っていた。


『どうした、ヴィオラ?』

『……ううん、何でもない』


 黒牢はヴィオラの動揺に気付くが、校長たちは気付く素振りもなくザイルとミレイユの顔を見ると立ち上がった。


「おぉ、来てくれたかね二人共、入学書類は用意してある。……確かヴィオラ君は、ザイル君やミレイユ君と同学年だったね。二人から聞いているかもしれないが、この二人もROXIAに入る予定なのだよ」

「え?」


 驚くヴィオラを見て、ザイルは片眉を上げる。


「校長、この二人『も』ということは、もしかしてヴィオラもROXIAに入るんですか!?」

「いや、まだ入ると決まったわけではないがね。ドラゴンを倒した腕を見込んでスカウトしていたんだよ」

「……なんてことだ」


 眉間を抑えるザイルに対し、ミレイユは冷めた視線でヴィオラを見つめる。その凍てつくような視線に対し、ヴィオラは乙女ゲームの主人公だったミレイユとは性格がかなり違っていそうな気配に気が付いた。


 当たり前と言えば当たり前なのだが、主人公はプレイヤーが操作して、初めて一人のキャラクターとして完成する。今のミレイユはゲーム内の天真爛漫な雰囲気というよりも、クールビューティーな佇まいをしていた。


「お言葉ですが、校長。ヴィオラさんにスレイヤー候補は務まらないのでは?」

「ミレイユ君は、ヴィオラ君のROXIA入学に反対かね」

「ええ。聞くところによれば、私が授業を欠席していた日にドラゴンを倒したようですが……力だけで言えば確かに、ヴィオラさんはスレイヤー候補になり得ると思います。しかし」

「しかし?」

「スレイヤーに何より必要なものは、強い『意志』です。ヴィオラさんは確かに強いですが、つい先日まで普通の学生として過ごしていた彼女に、自分の道を示す覚悟があるとは思えません」


 すっぱりと言い切ったミレイユに、ヴィオラは慄く。ゲームよりも数段キツい性格になっていたり、ゲームでは触れられなかったスレイヤー候補を目指していることからも、やはりこの世界は乙女ゲームを下地にしているだけでかなり違う世界なのだと痛感させられる。

 ミレイユは淡々と言い続けた。


「ドラゴンには敵わなかったですが、ザイルさんは国王直々の命で長らくスレイヤー候補となるための修行に励んでいらっしゃったので、まだわかります。ただヴィオラさんを、いきなり『スレイヤー候補になれる』と判断されたのは早急かと思います。というより」


 瞬間、ヴィオラは寒気を感じた。どうやらミレイユを中心として、冷気が漂っているようだった。魔法か何かなのだろうか。ミレイユはその凍てつくような目に、微かに怒りを宿していた。


「ぽっと出のお嬢様を持て囃されるのは、正直言って不愉快です」

『よくまぁ強気に出れるな、あの小娘……だが、ヴィオラがポッと出と言うのは正しい。ドラゴンを倒したのも、ほとんど俺の力のようなものだからな』


 ミレイユと黒牢に同時に刺されたことによって、ヴィオラは苦い顔になる。そんなヴィオラを見て、ミレイユは嘲笑した。


「お嬢様はお嬢様らしく、優雅に舞踏会にでも出ていらっしゃたら良いんじゃないでしょうか?」

「いや、流石にそこまで言われる筋合いはないと思うけど……」


 段々と雰囲気が険悪になってきたヴィオラとミレイユを見て、見かねたザイルが間に割って入る。


「スレイヤー候補には意志が必要とかそうでないとか、そのような問題の前にお前らはもう十六歳だろう。感情をむき出しにて対立するような真似は辞めたらどうだ。ミレイユ、言い過ぎだ」

「フン……」


 容赦がない態度のミレイユを見て気分が悪かったが、ヴィオラにとってミレイユの言うことは至極真っ当でもあった。

 ドラゴンを倒すだけの力を得たものの、ヴィオラはただの公爵令嬢だ。しかも、ドラゴンを倒した力も黒牢にほとんど頼っていただけである。


 そんなヴィオラに、スレイヤー候補が務まるのかはヴィオラ自身にも疑問だった。


「どうだね、ヴィオラ君。ミレイユ君はああ言っているが、私はヴィオラ君にも素質はあると思うが」

「スレイヤー候補となれば、妖刀の実戦資料が手に入るのでね。教師として、私もそれはありがたいんだよ」


 校長と教師の二人に詰められるが、ヴィオラにはどうしても賛同出来なかった。

 この話は……断ろう、癪だがミレイユの言う通りだ。ヴィオラの頭にそんな考えが思い浮かぶ。


『俺も賛成だ。ヴィオラ、お前が戦う必要はない」

「私はやっぱり……」


 黒牢の言葉に後押しされ、ROXIA入学を断ろうとしたその時、ヴィオラの頭に思い浮かんだのは唐突な一つの『可能性』だった。


 乙女ゲームでは元々、ドラゴンに学園が襲撃されるようなことはなかった。スレイヤーや妖刀という言葉も設定としてあるだけだったし、何よりもザイルとミレイユがスレイヤー候補となるような展開もなかった。つまり、この世界は乙女ゲームよりも格段にハードな世界なのだ。


 ヴィオラは今まで公爵令嬢として、何不自由なく生活してきた。今までの人生はそれこそ乙女ゲームそのもののような、優雅な世界で出来上がっていたのだ。だが前世の記憶を思い出してから、ヴィオラが見る世界は変わった。野に咲く花々で包まれていたと思っていた世界は、血と鉄によって出来た鎧で守られていたのだ。


 ということは前世の世界と同じように、この世界でも苦しんでいる人がいるのだろう。魔物や魔法を使った犯罪などがある分、前世の世界よりも格差は激しいかもしれない。


 ヴィオラの頭によぎった一つの可能性。それは『後悔』だった。

 自分は妖刀を振るい、ドラゴンを倒すだけの力を持っている。それなのに、それを一切人のために役立てず、自分の身を守ることのみに使うのか。それはヴィオラの性格に基づくと、『後悔しない、気持ちの良い生き方』とは程遠いのではないのか。


「……私も、ROXIAに入学します」


 次の瞬間には、ヴィオラは決意していた。

 喜ぶ校長と教師、驚くザイルを差しのけ、ミレイユは座っているヴィオラにつかつかと歩み寄り、かがんで顔を突き合わせた。


「何度も言うけど、不愉快です。ヴィオラさんみたいに何の意志を持たない人に付いて来られても、足手まといなだけ」

「意志ならあるよ」

「何ですって?」

「黒牢は、今のところ私にしか使えない。私にしか使えないのなら、せめてこの世に役立つ方法を探したい。これが私の意志」

「……力を人のために振るうのは立派ですが、スレイヤー候補は死ぬこともある危険なモノです。そんな重大な覚悟を一朝一夕で決めるんですか?」

「期間は関係ないよ。確かに、死ぬような目に遭ったら未来で後悔するかもしれない……でも私は、『今』後悔しない道を選びたい」


 ヴィオラは立ち上がり、ミレイユとしっかり目線を合わせる。漂ってくる冷気をはねのけるように、ヴィオラは力強く宣言した。


「私はROXIAに入ります。自分の生き方は、曲げたくない」


 ザイルは戸惑いよりも感心する気持ちが強くなったようで、微笑した。


「……少し雰囲気が変わったな、ヴィオラ」

「よかった、ヴィオラ君。では入学用の書類を渡しておこう。受け取りたまえ」


 書類を受け取るヴィオラを見て、ミレイユはため息をつく。


「わかりました。ヴィオラさんも生半可な覚悟ではないことは認めます。そこまで言うのなら、私も言うことはありません」


 部屋の冷気がスッと引いていくのを感じ、ヴィオラは少し安堵した。


「ほら、ザイル君とミレイユ君も。まさか我が校から、同時期に三人もROXIA入学者が出るとはね。誇らしいよ……さて、ところでヴィオラ君」

「はい?」

「君は確か寮に住んでいただろう。ROXIAに入学したいのなら、その旨をクラシカルト公爵に話に行かねばならないね」

「あっ……そうでした」

「久々の里帰りを楽しんできたまえ。公爵の許可が得られたら、手紙を寄越してほしい」

「わかりました」


 ROXIA入学に伴って、ヴィオラは一度帰省をすることになった。父親に事の詳細を話し、承諾が得られればヴィオラは晴れてROXIAに入学できることになる。

 ヴィオラの人生、第二ターンの始まりはすぐそこまで迫っていた。

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