第三話『スレイヤー機関/主人公』
ドラゴンを倒してから数日後、ヴィオラは黒牢を持って学園の別校舎へと足を運んでいた。
ドラゴンの件で校長から直々に話があると伝えられていたのだ。
「失礼します」
ノックをした後、ヴィオラはそっとドアを開ける。
部屋の中には校長と、先日黒牢を授業教材として持ち出していた教師が座って待っていた。
ヴィオラが入った部屋は、別校舎にある来客用の応接室らしい。
内装は質素ながらも品のある作りになっている。
「おぉ、ヴィオラ・クラシカルト君。待っていたよ」
小太りの老人である校長はソファから立って、ヴィオラに近づいてきた。
「先日はザイル君を救け、そして学園の生徒たちを守ってくれてありがとう。校長として、心から君に感謝する」
「い、いえそんな。私は自分に出来ることをやったまでです」
頭を下げる校長に対し、ヴィオラはあわあわと体を動かす。
黒牢を持ってきた教師も、申し訳なさそうにヴィオラに声をかけた。
「ヴィオラ君。私も君に一つ言っておかなければならないことがある」
教師も、校長と同じように深々と頭を下げた。
「突然の出来事とはいえ、ヴィオラ君を教室に置き去りにしてしまった。幸いにも助かったとはいえ、本来なら許されるようなことではない。突然の出来事に、気を取り乱しすぎてしまった。本当に申し訳なかった」
「顔を上げてください、私は気にしてませんので……むしろ、他の皆は上手く避難できたようで何よりです」
「セレナ君と君は仲が良いのだろう? 君のことをとても心配していたよ。彼女も私と同じように、突然の出来事でパニックになり、君が気絶しているのに気付けなかったと」
「そう……ですか」
てっきり取り巻きである女生徒達からは、全員薄っすら嫌われていると思っていたが、どうやらセレナは違うらしい。
それを知って、ヴィオラの心は少しだけ軽くなった。
そしてそのまま校長に誘われ、ヴィオラはソファに座る。
テーブルに置いた黒牢は黙ったままだった。
どうやら、話の邪魔はするまいと考えているようだ。
「ドラゴンが転移してきた原因だが、調査を国に頼んでいるものの未だにわからないらしい。転移魔法は一部の者しか使えない技術、しかもドラゴンを転移させるということは、学園に攻撃の意思があったということだ。生徒たちをこのような目に遭わせたんだ、早急に犯人が見つかってほしいものだが」
校長は由々しき事態だというように腕を組んだ。
公爵令嬢と言う立場上、校長と話すのはこれが初めてではなかったが、改めて話すと非常に温和な人なのだということがヴィオラにもよくわかった。
言葉の端々から生徒を思いやる優しさがにじんでいる気がする。
「さて。それで早速なんだが、君に質問があるのだよ」
「質問ですか?」
「そう。ヴィオラ君、君は先日ドラゴンを討伐した。しかも黒牢の力を使って、だ」
校長は、少し下がってきた眼鏡をかけ直しつつ話す。
その目は至って真剣だった。
「これは驚くべきことだ。君はどうやって黒牢の力を引き出したのかね? 第一、あの刀は封印されてケースに入っていたはずだ」
「それは……私にもよくわかりません。ケースがたまたま壊れていて、せめてザイルの助けになろうと刀を無我夢中で振り回したら、あのようになりました」
「ふむ」
ドラゴンを倒した後、黒牢はヴィオラに『契約のことは黙っておいて欲しい』と言われていた。
契約をしたこと、何より黒牢が意識を持っていることがバレると面倒なことになるから、らしい。
黒牢の言うことを聞かずに洗いざらい話してしまってもよかったが、力を貸してもらった相手の言葉を無視する、というのもなんだか気が引ける。
結果、ヴィオラは黙っておくことにした。
教師は顎に手をやりながら考えていたが、やがて顔を上げてヴィオラに言った。
「普通、あのケースの封印はちょっとやそっとでは壊れないものなんだ。ドラゴンが魔法でも使えばその限りではないが、ザイル君から聞いた話だとそういうわけでもなさそうだ。不思議だとは思わないか?」
「私には……よくわかりません」
疑われている。
ヴィオラは直感的にそう感じていた。
あのケースの封印は余程強固なものだったらしい。
恐らく、ヴィオラが何らかの魔法を使って封印を解除した、と睨んでいるのだろう。
もちろんそうではないのだが。
しかし黒牢に頼まれている以上、ヴィオラは本当のことは言えない。
結果的に、だんまりを決め込むしかなかった。
軽くため息をつくと、教師は言葉を続けた。
「……そうか。嫌な聞き方をしてすまない。実は、封印が解除されたのはそこまで重要な問題ではないんだ。黒牢の危険度はそれほど高くはない、と私は判断している。それこそ、授業に持ち出せるほどにはね」
「はぁ」
「だが、君が黒牢の力を使ってドラゴンを倒したことは事実だ。そこで我々から一つ、提案がある」
校長は傍らに置いてあった書類入れを取ると、ヴィオラの目の前に置いた。
「ヴィオラ君、
意外な言葉が出たことで、ヴィオラは目を見開く。
乙女ゲームにも設定のみが出てきて、面白い設定だったことから記憶に残っている単語だった。
「……授業で習った程度のことなら。ROXIAはこの世界を守る戦士『スレイヤー』を育成し統括する機関、ですよね?」
「そうだ。この世界の平和は、各国が保有する軍隊、有志が集い依頼をこなす冒険者、そして『五大王国』が協力し合って立ち上げた国際機関ROXIAの下、任務をこなすスレイヤーの三つによって守られている」
校長が語る話は、ヴィオラもよく知っている。
この世界に生まれた人ならば、誰しもが幼少の頃より言い聞かされていることだった。
しかし、一介の学生である自分に何故そのような話を……とヴィオラが思った時。
先日のドラゴンの一件、黒牢の存在、そして目の前に置かれてあるROXIAの資料。
それらが急に線として頭の中で繋がった。
ずっと黙っていた黒牢が呟く。
『まさか』
「ヴィオラ君、ROXIAに入らないかね?」
校長の言葉に、ヴィオラは気圧された。
「そ、そんな。私は今まで魔法の才能も碌に開花させたことがない、ただの学生ですよ? そのような大層な役目、務まるはずがありません」
「君は公爵令嬢という立場だ、おいそれとこんなことを言うべきではないのもわかっている。だが聞いてほしい。今のスレイヤー人口は減少する一方だ。ここ最近の魔物の凶暴化、犯罪率の増加とも関係している。機関には人が足らないのだよ」
「そうは言っても……」
「君は妖刀とはいえ、刀一本でドラゴンを倒した。これは凄いことだ。冒険者であれば、恐らく最上位のランクまで上り詰められるだろう。私は機関と繋がりを持っているのでわかる。君の力は、まぐれでないなら機関でも十分通用する強さだ」
「……」
黙り込むヴィオラの目を、校長はじっと見つめる。
校長がスレイヤー候補を一人でも多く欲しているのは、ヴィオラにも痛いほどわかった。
確かに昨今のこの世界は、いささか荒れている。
目立った戦争こそ起こっていないものの、一触即発の事態になったことも何度かあると聞いた。
ヴィオラが機関にスレイヤー候補として入れば、世界の平和に一つ貢献できるかもしれない。
しかし、悩むヴィオラに黒牢は脳内で語り掛ける。
『やめておけ。そんなことをして何になる、死に急ぐだけだ。大体お前は前世、成人を迎えるまでに死んでいるのだろう? この世界でもそうなりたいのか、また転生できる保証はどこにもないぞ』
『それは、そうだけど』
『俺と契約したことで、ただでさえこれから苦労するかもしれないんだ。最低限強くなる必要はあるだろうが、あとは公爵令嬢として静かに人生を過ごせばいい』
ヴィオラが俯いて考えるのを、黒牢と校長、教師は黙って待ち続けた。
そんな時。
ドアをノックする音が聞こえ、それと同時に二人の学生が入ってくる。
「失礼します」
「失礼し……ヴィオラ? お前、なんでこんな所にいる?」
部屋に入ってきたのはヴィオラに驚くザイルと、それにもう一人。
薄水色の髪を持つヴィオラよりか少し小柄な少女。
その少女を見て、ヴィオラは驚愕した。
「あなたは……!?」
「何でしょう? 合同授業では何度かお会いしましたが」
やけに冷たく言葉を返す少女の名は、ミレイユ・ソファーレン。
この異世界……乙女ゲームにおける『主人公』である少女だった。
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