第二話『ドラゴン襲来/契約』

『どうやらお前は、俺を知覚出来る才能があるようだ』


 頭の中の声……黒牢は興味津々な口調でヴィオラに語りかける。

 脳内で話す、と言うのも奇妙な経験だったが、ヴィオラは口元を抑えてなんとか頭の中で声を出そうと試してみた。


『……あ、あなたが黒牢ってどういうことなの? 妖刀が意識を持っているということ?』

『厳密にいえば違うが、そんなものだ。ここ百年程、俺のことを知覚出来る奴らに会わなかったのでな。まさかこんなところで出会うとは驚いた』


 黒牢はゆっくりと語る。

 ヴィオラは今までの『ヴィオラとしての人生知識』と『前世の乙女ゲームで学んだ知識』を総動員して考えるが、少なくともこの世界に意思を持つ妖刀などなかったはずだった。

 というかそもそも妖刀自体が、ゲームではフレーバーテキストくらいの要素でしかなかったはずだ。


 それが何故、学園の授業に?とヴィオラは今更ながら困惑する。


『まあ、知覚出来るからと言って特にどうと言うことでもないのだが。まさかこの教師から俺を奪い取ってくれ、と言ってもお前は聞かないだろう』

『……理由によるけれど』

『ほう、交渉の余地があるのか! だがまあ、特に理由はない。この窮屈な箱に収まってるのが嫌なだけだ……それに、お前が俺の所有者になったら酷い目に遭うのは十中八九お前だろうしな。それは寝覚めが悪い』

『酷い目に遭うって、どういうこと?』

『過去に色々あったのだよ。端的に言うと、罪な刀というわけだ』


 自分で言った言葉がおかしかったのか、引きつったような笑い声を上げる黒牢。


『とりあえず、授業が終わるまで話し相手になってくれるだけでいい。頼めるか?』

『それぐらいならまあ、いいけど……』


 授業中、ヴィオラと黒牢は頭の中でたわいもないことを喋り続けた。

 大抵は『この世界は今どうなっている?』とか『戦争は起きていないか?』というようなものだった。

 どうやら黒牢は、先生に授業教材として駆り出されるまで、どこかの宝物庫でずっと眠っていたらしい。


 ヴィオラは今までこんな不思議な相手と喋ったことはなかったので、つい多くのことを話し続けた。

 今までの『ヴィオラとしての人生』、そして特に隠す必要もないので『前世の女子高生としての人生』の話を、とりとめもなく話していった。


 それを黒牢はとても興味深く聞いていた。

 ヴィオラと黒牢はどうやら馬が合うらしく、するすると会話が色んな方向へ伸び続けた。

 しかし、ヴィオラが前世で乙女ゲームを勧めてくれた友達の話をしていたその時。


「なんだ、あれ!?」


 ヴィオラの近くの席の男子生徒が、突然声を上げる。

 どうやらその男子は窓の外を見ているようだった。

 つられてヴィオラも窓の外を見ると、そこには。


「は……!?」


 空間が歪み、巨大な黒い穴が開いていた。

 そして中からゆっくりと、何か赤黒い巨大なモノが這い出ようとしている。

 黒牢の声が、僅かに揺らいだ。


『あれは……ゲートか』

『ゲート、ってあの古代からある転移魔法の!? そんなものが何で……第一、アレは』

『出てきたな。ドラゴンだ』


 一対の巨大な翼、二本の角が生えている獰猛な頭、そして筋肉が脈打つ雄々しい手足。

 三階建ての校舎にいるヴィオラたちとも目線が合いそうな程、大きい体。

 ヴィオラは今まで実際に見たことはなかったが、あれはまさしくドラゴンだった。

 しかし、この世界の知識によればドラゴンは獰猛かつ狂暴な魔物であり、ほとんどの種が冒険者たちによって討伐されたはずだった。


 ドラゴンは咆哮を上げると、ヴィオラたちがいる校舎へと飛び掛かってくる。


「皆、逃げ……!」


 教師が焦ったように生徒たちに声をかけると同時に、ドラゴンは校舎に激突した。


 ― ― ― ― ―


『……オラ、ヴィオラ! 目を覚ませ!』


 頭の中で黒牢の声が響き渡り、ヴィオラは薄っすらと目を開ける。

 体を起こしてみると、ヴィオラたちがいた教室は既に半壊していた。

 外が剝き出しで見えるようになった崩れかけの教室に、ヴィオラは一人倒れていた。


「あ、あれ、私」


 頭痛に顔をしかめながら、ヴィオラは体を起こす。

 周囲には生徒も教師も、一人もいなかった。

 どうやら皆、避難したらしい。


『ヴィオラ、お前嫌われてるのか? 誰もお前を担いで逃げようとしなかったぞ』

「……はは、まあ私って酷い振る舞いばっかりしてたから。黒牢も置いてかれてるじゃん」

『誰だって、こんな怪しげな刀より命の方を優先するさ。お前も早く逃げた方がいい。外でドラゴンと戦ってる奴がいるが、いつ殺されるともわからん』

「戦ってる人?」


 黒牢の言葉からヴィオラは外を見てみる。

 すると、そこではドラゴンと対峙しているザイルの姿があった。


「ザイル!? なんで!?」

『あの男、雷の魔法が使えるようだな。学園の衛兵たちが倒されたのを見かねて飛び出していったぞ』


 ヴィオラの記憶によると、ザイルは確かに魔法を扱う才能を持っていた。

 王家の血筋というものなのだろう。

 しかし、ザイルは表立って魔法の力を振るうことは今までほとんどしなかったはずだ。

 魔法の練度も、あのドラゴンに敵うほどではないだろう。


「なんで、そんなことしてたら殺されるじゃん! ザイル! 逃げて!!」


 よろめきつつも立ち上がると、ヴィオラは崩れた校舎から、外へ居るザイルへ向けて叫ぶ。

 その声に気付いたのか、ゆっくりとドラゴンがヴィオラの方を向いた。

 ドラゴンは火を噴いてヴィオラを焼き尽くそうとするが、しかし直前でザイルが放った電撃により動きを止めた。


「ヴィオラ、そんなところから大声を出すな!! 死にたいのか!! 早く逃げろ!!」


 ザイルは電撃を巧みに操り、ドラゴンと戦っていく。

 しかし、ドラゴンの巨体をずっと縛り付けておくほどの電撃を長く放出することはできないようで、やがて少しずつドラゴンに追い詰められていった。


「なんとか……なんとかしなきゃ」


 ヴィオラは唇を噛みしめる。

 今までの人生、ザイルには酷い振る舞いしかしてこなかった。

 第三王子という高貴な身分の人間なのに、見放されるとは何故か思っていなかった。

 それはひとえに、ザイルが一定の愛情をもってヴィオラに接してくれたからだった。


 言葉は容赦がないものの、その行動はヴィオラへの優しさに溢れていた。

 憐みも少しあっただろうが、とにかく、婚約破棄を申し出るようなことは何故か頑なにしない男だった。


 今までのヴィオラなら、ザイルの言う通り真っ先に逃げただろう。

 むしろ令嬢としては、それが普通の行動である。

 決して『ザイルを助けるために戦う』などという選択肢は思い浮かばなかったはずだった。

 前世のヴィオラもそうだった。

 『普通の女子高生がドラゴンなんて倒せるわけないじゃん!』と言って真っ先に逃げていただろう。


 だが、今は違う。

 前世の記憶、ヴィオラとしての人生。

 その二つが交わり『これからのヴィオラの人生を、誠実に、悔いのないように生きる』とついさっき決めたのだ。

 そのためには『ザイルを見捨てて逃げる』という選択肢は、今のヴィオラにはなかった。


「ねぇ、黒牢」

『……やめておけ』

「まだ何も言ってないじゃん」

『妖刀である俺の力を借りたいと言うんだろう? 第一、お前は刀を振るったこともないはずだ。それにさっきも言ったが、俺の所有者になると酷い目に遭うぞ。災厄に遭って最悪死ぬかもしれん』

「自分でもイカれた考えだとは思ってるよ。でも今の私は、このままみすみす婚約者を見殺しにすることなんて出来ない」


 ヴィオラは立ち上がり、黒牢に近づく。


「力を貸して、黒牢。ドラゴンを倒して、ザイルを助けるために」

『……本当に良いんだな? 地獄を見ることになるぞ』

「自分の生き様貫くためなら、地獄だってなんだって見てやろうじゃない」


 ヴィオラは、黒牢が入っているガラスケースに手を触れた。

 途端に、ガラスケースにヒビが入り、刀が中から出てくる。


『このケースには封印が施されていてな、俺一人では解くことは出来なかった。俺を知覚出来るお前が触れて、初めて解けた……つまり、今からお前は俺の所有者だ』

「よろしくね」


 ヴィオラは刀を携える。

 すると、途端に体に今まで感じたこともないような力が漲ってきた。

 体が異様に軽く、しなやかに動き、そして力強い生命力に溢れている。

 ヴィオラはそれを直感した。


「行こう、黒牢」

『ああ』


 ヴィオラは崩れた三階の窓から、ザイルとドラゴンが戦っている校庭へと飛び出す。

 地面に危なげなく着地し、刀を携えてゆっくりと歩くヴィオラを目にしたザイルは、焦ったように叫んだ。


「な、何をしているヴィオラ!? 早く逃げろと言ったはずだ、なんでそんなところにいる!?」


 再びドラゴンはヴィオラの方を向いた。

 しかし今度は、ヴィオラもドラゴンを睨み据える。

 そして刀を構えると、腰を低く落とし居合の構えを取った。


『いくぞ、ヴィオラ』


 黒牢の言葉と共に、ヴィオラはドラゴンを一閃する。

 瞬間、ドラゴンは声を上げる間もなく真っ二つに切り裂かれ、その場へと崩れ落ちた。


「な、な……!?」


 あまりにも一瞬の出来事に、ザイルはただただ驚いていた。

 力が抜けたのか、その場にへたり込んでいる。

 それを見たヴィオラは、駆け寄って手を差し伸べる。


「大丈夫、ザイル?」


 恐る恐る手を取ったザイルを、ゆっくりとヴィオラは引き上げた。


 かくして、ヴィオラと黒牢の契約は成立した。

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