第五話『我が家/入学試験』
「お嬢様、到着いたしました」
御者に馬車の扉を開けてもらったヴィオラは、小さなトランクと鞘袋に入れた黒牢を持って、ゆっくりと地面に足を着けた。
校長にROXIA入学を宣言した数日後、ヴィオラは学園からロウウィード王国東部にある実家の屋敷まで戻ってきていた。
「うーん! 久しぶりだなぁ」
伸びをしつつ屋敷の中へ入っていくと、既に連絡をしておいたからか、多くの執事やメイドたちがヴィオラを出迎える。
「お帰りなさいませ、ヴィオラお嬢様」
ヴィオラの近くにきてうやうやしく礼をするのは、バルト・グランス。
長身痩躯で初老男性の執事長である。
ヴィオラの父であるローグ・クラシカルトの領地経営補佐も担当している、聡明な人物であった。
「お出迎えありがとう、バルト。元気にしていた?」
「……? え、えぇ。私共々、ローグ様の下でよく働かせていただいております」
ヴィオラの振る舞いが大幅に変わったからか、バルトは明らかに動揺していた。
ヴィオラ自身、前世の記憶を取り戻すまでの行動を思い出すと顔をしかめたくなるので、当然と言えば当然だろう。
「さて、早速お父様に帰宅の報告をしたいのだけど、今どちらへ?」
「執務室におられます。お荷物、お持ちいたします」
「いや、いい。そのまま一人で行くわ」
それだけ言うと、ヴィオラが異様に大人しくなっていることに対し、青い顔をするバルトや執事、メイドたちを置いてさっさと歩き始めた。
階段を上り、屋敷の奥へ行くと執務室がある。
懐かしさを感じつつ、屋敷内を歩きながら執務室に辿り着くと、ヴィオラはドアをノックした。
「入りなさい」
父の声が聞こえた後、ヴィオラは扉を開けて入った。
「只今帰りました、お父様」
「……おぉ!? ヴィオラか! よく帰ってきた、さぁ座りなさい」
執務室は窓際に大きな机があり、そこにローグは座っていた。
その手前には応接用のソファと長方形のテーブルが置いてあり、ヴィオラはそこに腰を落ち着ける。
「これは驚いたな、少し見ない間に一段と大人びた顔になっている! 学園に入ったことでいくらか落ち着いたか」
「え、えぇ、まぁ。以前までは苦労をおかけしました……」
少し気まずい気持ちで返事しつつ、ヴィオラはローグの顔を見た。
ヴィオラが学園に入学し、寮に入ってから一年しか経っていないのに、ローグの顔は最後に見た時よりも随分老けているように思えた。
ローグが所有する領地では大きな争いは起こっていないものの、経営しているとやはり、昨今の世界情勢に関連する問題が出てきているのだろうか。
ヴィオラはそんなことを考えていた。
ローグはヴィオラと同じく、艶のある黒髪と紅の瞳を持っている。
体格はがっしりとしているものの、以前と比べて少し痩せたように見えた。
「つい昨日、お前からの手紙が届いた。ROXIAに入りたいというのは本当なのか?」
「はい。お手紙に書いた通りなのですが、先日私はこの黒牢という妖刀を使って、ドラゴンを倒しました」
ヴィオラは袋から黒牢を取り出し、テーブルの上へ置く。
ローグはそれをまじまじと見つめる。
「これが黒牢か……正直、結論から言えばお前のROXIA入学を止めはしない。昔からお前の性格はよく知っているつもりだ。暴れるだけの元気があるなら、人のためにその力を使った方が良いだろう」
ローグは豊かな髭をいじりつつ、ついでに思い出したかのように言う。
「ROXIAと言えば、お前の母さんも一時期ROXIAに籍を置いていたんだ」
「へ!?」
「言ってなかったか? 母さんもスレイヤーだったんだぞ」
「そう、だったんですか……」
意外な情報が出てきたことにヴィオラは驚く。
ヴィオラの母は、ヴィオラが生まれてすぐ病気にかかり亡くなってしまった。
それ故ヴィオラは母との記憶がなく、母について知りたいという感情も特に持っていなかった。
スレイヤーだったという話も勿論初めて聞く。
「とりあえず、数日は休みを取っているのだろう? 久々に家でゆっくりしていきなさい。学園であった色々なことを、父さんにも聞かせて欲しい」
「えぇ。今夜からじっくりお話します、それまでは少し部屋で休んできますね」
久々に父親に会えたことによって、少し嬉しかったヴィオラはにこやかな顔で執務室から退出した。
再び鞘袋に納められた黒牢がボソボソと呟く。
『いい親だな』
「うん、自慢の親」
少し疲れていたものの軽い足取りで、ヴィオラは自室へと向かった。
― ― ― ― ―
数日後。
父親と久しぶりに過ごした後、ヴィオラはROXIAに入学するため、馬車に乗って機関の人から指示された待ち合わせ場所に向かっていた。
もう学園の生徒ではないので、制服ではなく動きやすい軽装に身を包んだヴィオラは、久々の私服に少しテンションが上がる。
「機関の任務は厳しいと聞く。辛くなったらいつでも戻ってきなさい。私はいつでもお前のことを応援しているからな」
屋敷を出る直前、父と交わした抱擁の温もりを感じつつ、ヴィオラは新天地へと旅立った。
数時間ほど揺られていると、やがて馬車が止まり扉が開く。
「到着いたしました。待ち合わせ場所はここだとお聞きしましたが、本当にここで合っているのですか……?」
「えぇ、問題ないわ」
御者が不思議そうな顔をしながら荷物を下ろす横で、ヴィオラは辺りを見回す。
確かに、御者が疑問に思うのも無理はなかった。
周囲一帯はだだっ広い草原が広がっていて、唯一あるものと言えば、ヴィオラたちの目の前にあるボロボロの木造家屋だけだったからだ。
ヴィオラは台車に載せた荷物を受け取ると、御者を帰らせる。
そしてそのまま台車を押して、家の中へ入った。
家の中は外と同じようにボロボロで、所々に椅子や食器が散らばっている。
校長づてにROXIAからは「この木造家屋に入って待っているように」と指示されていた。
肩に掛けている黒牢が、ヴィオラに話しかける。
『ホントにこんなところが機関に繋がっているとは、俺も思えんが』
「まぁ、しばらく待ってみようよ」
数分後、暇つぶしに雑談していたヴィオラ達の前の床が、突然光り始める。
「うわっ!」
驚くヴィオラの前で、光は段々と線になり魔法陣を形成していった。
そして魔法陣の形成が終わると、まばゆい光と共に一人の女性がヴィオラ達の目の前に現れた。
「ふぅ。どうも、ヴィオラさんですね? スレイヤー機関・ROXIAのサリー・ルールム、と申します。ヴィオラさんを機関本部へお連れするように、と上から言われています」
眼鏡をかけ、黒を基調としたスーツのような服に身を包んだ女性はそう名乗った。
「ヴィオラ・クラシカルトです。本日はよろしくお願いします」
「では早速ですが、この魔法陣の上に乗ってください。転移魔法が刻まれています」
ヴィオラは言われるがまま、荷物と共に魔法陣の上へと乗った。
転移魔法はごく一部の人間しか使えないと学園の授業では習っていたが、サリーは転移魔法の使い手なのだろうか。
それともROXIA自体に、転移魔法を活用したシステムでもあるのか……ヴィオラの想像は膨らむ。
「では、転移します」
再び魔法陣が光ると、光の中にヴィオラたちを急速な勢いで吸いこんでいく。
そして一瞬視界が真っ白になった後、転移は完了していた。
「到着です」
「わぁ……!」
「ようこそ、ヴィオラさん。ここがROXIA本部です」
ROXIA本部の見た目は、一言で言うと『途方もなく巨大な古城』だった。
くすんだ色ながらもがっしりとした作りの城、その周囲を滝が覆っている。
今までこんな大きな滝を見たことがなかったヴィオラは、前世のニュースで見たナイアガラの滝を思い出した。
どうやらROXIA本部が建っているのは、滝の真ん中にある小さい島のようだった。
古城までの道は舗装されており、細長く続いている。
そしてその先には、大掛かりな門が構えてあった。
「転移魔法で移動しましたけど、この本部は地図上ではどの辺りに存在してるんですか?」
「すみません、現時点のヴィオラさんたちにはまだ教えられないんです」
「はぁ」
「さぁ、門まで行きましょう。ザイルさんたちも待っています」
サリーに促され、ヴィオラは台車を押して歩いて行った。
数分もしないうちに門の前に辿り着く。
「お前が最後だったか、ヴィオラ」
ザイルとミレイユは、荷物を横に置いて立ち話をしていた。
ミレイユは相変わらず冷めたような視線で、黙ってヴィオラを見つめる。
「三人共揃いましたね。では、ROXIA機関長の所までご案内します。入ってください」
自動でゆっくりと開く門の中へ、ザイルは堂々と、ミレイユはいつもと変りなく、そしてヴィオラは若干緊張しながら足を踏み入れた。
― ― ― ― ―
機関の入り口、エントランスホールで荷物を預けてから、そのすぐそば設置されてある魔力で動く昇降機を使い、四人は上へと昇っていく。
やがて最上階に着くと、サリーは三人を奥にある大部屋へと通した。
大部屋は機関長の執務室らしく、奥に一人の大柄な老人が座っていた。
老人は顔を上げると、和やかに三人を迎え入れる。
「ようこそ、スレイヤー候補諸君。お初にお目にかかる。私がスレイヤー機関・ROXIAの機関長、セイブン・ドルスクロイだ」
三人の前までやってくると、機関長……セイブンはそれぞれと簡単な挨拶と固い握手を交わしていく。
しかしそれぞれの顔を一通り眺めた後、セイブンは言った。
「いや、スレイヤー候補という言葉には語弊があったな。スレイヤー候補……の候補、と言った方が正しいか」
「セイブン機関長、お言葉ですがそれはどういう意味でしょうか」
ヴィオラが口を開く前に、ザイルが先に機関長に尋ねた。
見ればミレイユも疑問の表情を浮かべている。
「ふむ。君たちが通っている学園の校長から、君たちの推薦を私は受けた。つまり校長のお眼鏡には敵っているらしい……しかし、私は自分の納得を何よりも優先する。人づてに勧められただけでは、まだ十全とは言えないのだよ。特に」
セイブンはヴィオラの方をちらっと見た後、言葉を続けた。
「特に、スレイヤー候補として機関に入った後『自分の力は実力ではなく、単なる偶然が重なっただけでした』というようなことがあってはいけない、と考えているんだ。よって君たち三人には、これから入学試験を受けてもらう」
門に入る時とは違い、今度は三人共が一様に驚く。
入学試験。
スレイヤーになるための、最初の関門が立ちはだかった。
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