四話 価値のない魔法
「歴代の救世主達が何かを成し得た記録は存在していない……でも、彼等が揃って卓越した固有魔法を持っていたという記録は残っているんだ」
風に靡くボロボロの外套をそのままに、淡々とした口調で説明を始めるフォルテ。
『ふむふむ』
「そして俺の固有魔法は大したモノじゃなかった。それは俺自身が救世主なんかじゃないと考える理由であり、王家の謀略を怪しむ根拠だ」
『ほぇ〜!』
胸の前で腕を組み無表情を維持するフォルテとは対照的と言える程、あまりにも呑気な声がその頭に響いた。そんな彼の態度に、フォルテは何か思うところがあるのか口を噤む。
「────」
暫くの間、風の吹き付ける音のみがその場を支配する。不思議と脳内へ”それはどんな魔法なんだい?”という具体的な意味を含んだ感情が伝わってきた事から──シエルが自身と同様に押し黙っているのは、続く言葉を待っているからだと結論付け、渋々といった面持ちで話を再開するフォルテ。
「……例を挙げると──肉眼では捉えられないはずの魔素を認識し、思うがままに操る事が出来たという二代目。幾百年経っても姿が変わらず、不老不死の力を宿していたとされている三代目……等だな」
『それは──凄まじいね』
大地や空気に、生物の細胞一つ一つに、この世界のあらゆる物体に内包される物質である”魔素”は、生き物の意志によって集合し”魔力”となる性質を持つ。世の中の魔法使いは視覚以外の感覚で魔素を捉え、意志の宿る詠唱により魔素を魔力に変換、そしてその魔力を操る事で魔法を発動するのだが──それを魔素単体で行うのは不可能とされていた。その為、魔物のように意志を持たないただの”魔素生物”は魔法を扱う事が出来ない。
しかし”二代目”は、魔素を肉眼で捉え、魔素を魔力へと変換する工程を必要とせずに魔法を発動してしまえるという力を持っていたのだ。"三代目"に関しては不老不死、説明するまでもないだろう。
「対して俺の固有魔法は”清浄魔法”……指定した範囲の汚れを落とすだけの一般魔法と変わらない、程度の低い魔法だ」
そう自嘲的に笑いながら、自身の体に範囲を絞って魔法を発動するフォルテ。過去へ飛ばされる──そのような超常の後ならば
『おお〜! これは──凄い魔法だね!』
「本気で言っているのか……?」
他ならぬ勇者から予想外の反応、だがその程度ではこの魔法に対する今までの認識を改めるには足りえない。
『勿論だとも! 一般的な清浄魔法は対象物と認識した汚れを分離させるのみで後始末が面倒だけど、君の魔法は認識するしないに関わらず汚れを
興奮した様子のまま早口で言うシエルとは対照的に、
「その違いは分かっている。でも、そこに大した差は存在しない」
フォルテはゆっくりと、冷たい声を発する。
『……要するに君の固有魔法は一般的な清浄魔法とは比べ物にならない程に高度なモノ。”汚れ”という概念そのものに作用する──概念魔法だ』
──枠組みだけは願いを叶える魔法と同じ、とでも言うのだろうか。彼の話に納得のいかない表情を浮かべるフォルテ。
「だとしても、たかが清浄魔法。俺の固有魔法が救世主に相応しい物である事の証明にはならない」
『結果を残していない救世主達と比べた所で意味はあるのかい?」
「少なくとも、人々の不安を減らすモノの一つ程度にはなっていただろう。意味もなく”救世主”という肩書きを勝手に背負わされた……にも関わらず、特に使命を課せられた訳でもない。──それでも、民達の心を支えられる象徴となるほどには能力がある……と、その存在を世界に認めさせることができたのが彼等だ」
──例えあらゆる授業科目でトップを取っていたとしても、王国外に湧き続ける魔物達を狩り続けていたとしても、人々は彼の持つ”救世主”という肩書き以外には目もくれず……その存在を認めさせるための固有魔法すら保有していないのだ、と。
「いや、そもそも君と歴代の救世主達は違う人間だ。彼等がどれほどの能力を持っていても、どれほどの偉業を成し遂げていたとしても、君がそれ等を超えることができないと信じる理由はないよ』
「……清浄魔法で災厄の王を倒すなんてことができるはず無い」
俯きながら、小さな声でそう呟くフォルテ。しかし、他人には聞き取れない程の音量だとしても、体内に──脳内に響きさえすればその声は彼に拾われる。
『ふむ、どうしてここで災厄の王が出てくるんだい? ……ああ、分かった! 未来では素晴らしい固有魔法を持つ救世主の誰かが災厄の王を倒しているんだろう? だから君はそんなに悲観的なんだ。ふふ、でもね──』
「俺がいた時代では、初代救世主が災厄の王を討伐したと……そう伝わっている」
”悲観的”という部分に反応するように、フォルテはほんの一瞬だけ歯を食いしばると、更に言葉を紡ごうとするシエルを遮った。
『へぇ……──それで、初代救世主の固有魔法を君は知っているのかい?』
「さあな? 初代救世主の固有魔法がどういうものであったか……それに関しては記録が残っていないから判断がつかない」
『ならやっぱり、君が諦める理由には──』
「──だからそれについては本人に聞くことにする」
『……それは、どういう?』
コロコロと変わる感情が伝わってくる。自身の心情までもがそれ等に引っ張られそうになるのを必死に堪えながら続けるフォルテ。
「固有魔法の詳細が不明でも、その容姿と名前は判明している。災厄の王を討ち滅ぼし……『勇者』と崇められた初代救世主、白銀の髪に翡翠色の眼を持つ男──シエル、あんたの事だよ」
『──僕が災厄の王を討伐した、だって?』
「ああ」
『……ははっ! ──ありえないッ!』
直後流れ込んで来たのは、想像していた物とは違う困惑、動揺ない交ぜな感情。豹変した彼の態度にフォルテは思わず息を呑む。
『あの時、僕には何も……僕の魔法じゃ、誰も……』
「何を──」
『コ、コホンッ! あ〜、取り乱しちゃってごめんね! ともかく、僕には救世主やら勇者やらと呼ばれた記憶はないし、僕が災厄の王を討ち取ったなんていう伝承の信憑性は低いよ』
その時間も長くはなく、直ぐに別の色へと変わるシエルの様子を見て、ある種の気持ち悪さを覚えた。
『そもそも僕が君へ向けた”救世主”という単語には文字通りの意味しかない。──誰かに選定された、なんて経験もない上に……そのような人物を君以外には知らない』
「……っそうか」
それはつまり、この時代ではシエルが……そして──フォルテが人々から”救世主”に対する期待や失望を含む感情を向けられる可能性が、今の所は存在しないということ。
「……俺の魔法については話した。今度はあんたの番だ」
『そうだね、別に隠す必要もないし。そのくらいのモノならば共有しても問題はないか。──僕の固有魔法は”強化魔法”。それも身体強化ができる一般的なモノとは違って、武具の耐久性を向上させる事しかできないなんていうハズレ魔法。おかげで装備に費やすお金が少なくて済んだけどね』
「勇者の魔法が……武具を壊れにくくするだけの魔法?」
自分と同じ、戦いには向かない魔法。その事実は、”勇者シエルが災厄の王に敗北した”という話の真実性を確保するのには十分なモノであった。
『勘違いしないで欲しい。解釈によっては化ける可能性が存在する君の清浄魔法と違って、僕の強化魔法にその余地はない。具象魔法の強度は魔法の練度……つまり、発現してから過ごした時間に比例する。君の魔法とは比べ物にならないさ。八歳の時に発現してから、十年足らずで災厄の王と戦わなければならなかった僕じゃ……到底太刀打ち出来なかったよ』
「なん、だって?」
序盤の話については理解できたフォルテだが、中盤から聞こえてきた内容に耳を疑う。一般的な魔法の練度が
もしもそれをさも当たり前かのように口にする彼が、本当に十年近くの時間を掛けてまで”強化魔法”を使い続けていたのなら──道端に小枝が落ちていれば鉄の剣を折るに足る武器とし、一枚の薄い布でしか体を覆っていなかったとしても、刃を通さない程の強靭な防具を生み出せる程度の魔法へと化けているだろう。それこそフォルテの魔法などとは比べ物にならない程に極まった魔法ということになる。
それでも尚、彼は災厄の王には勝てなかった。その話に、自身が元の時代へと帰還するというイメージが霧散する。
『ふふ、そんなに不安そうな顔をしなくても……災厄の王と戦うことになるのはうんと先だよ。まずは食糧調達と行こう! 今、君の手持ちには少しばかりのお金と水しかない……何故なら、あの蜥蜴と遭遇する前に以前の僕が食べ切ってしまったからねッ!』
元気よくそんな事を宣う勇者に、不安より苛立ちが勝り始めるフォルテ。
「……と言っても、周囲に魔物以外の動物が生息しているようには見えないぞ。このまま荒野を彷徨う事になれば何れ餓死してしまう。近くに街とかはないのか?」
『ふむ、少し辺りを見渡してみてくれるかい?』
言われた通り、視点が一回転するまでゆっくりと身体を動かす。
『向こうに見えるあの山を北として、その真反対……うん! 南の方角に進めば、ずうっと先に街があるはずだよ』
以前の顔とは対照的に、一見冷酷さを思わせる鋭い目を限界まで細め、遠方に小さく山が存在するのを確認したフォルテだが、その反対側に街がある気配を感じる事はできない。
「……何も見えないが?」
『言っただろう? ずうっと先だって。その身体は補給をしたばかりだから、数日は飲まず食わずでも歩き続けられるだろうし……何も問題はないね!』
「……おいおい、二千年前の人間がこんな人外だらけだなんて言わないよな。──いや、そんな事より! もしもこのまま進み続けたとして、街がなかったらどうする? ここまで戻って別方向に……なんて選択肢はないんだろ?」
『──街はある、確実にある。僕はその街で彼と……最初の仲間と出会ったのだから』
そう懐かしむような声色で、愛おしそうに言うシエルに対し、
「ち、ちなみに……どうやって仲間に誘ったんだ? あまり高度な勧誘の仕方は知らないぞ」
先程とは別の不安を浮かべるフォルテに、流石の勇者でさえも沈黙を選ばざるを得なかった。
「あれ、聞こえてなかったか? あまり自分から人と関わった事がないから、いざそうなった時……何から話せば良いかが分からないんだけど」
どことなく萎れた雰囲気を漂わせながらも、街の方角へと歩みを進めるフォルテ。
『……僕に対してやたらと当たりが強いなとは思っていたけど、ただ初対面の相手に対する接し方が分からなかっただけなようだね』
「いや、あんたとは……普段の俺よりかは上手く接することができてるつもりだ」
『──仲間ができなくたって大丈夫さッ! むしろ、その方が彼等を災厄の王との戦いへと巻き込まずに済む!』
「……どうして仲間ができない前提で話してるんだ。その場合、仲間が居ても倒せなかった化物と俺一人で戦うということになるんだけども」
想像以上に乏しいコミュ力を持っていたフォルテを見て思わず取り乱したシエルだが、一旦自身の精神を落ち着かせる為か──ふむ、と一泊置く。
『そこに関してはどちらでも良いよ、”彼等を戦いに巻き込まずに済む”というのは……あくまで僕がそう思っているというだけ』
「───」
『僕の願いによって呼び寄せられた君が、僕の仲間を救う。
「戦力である仲間をそもそも集めない、か」
災厄の王がどれ程の化け物なのかは分からないが、自身の全力を出さなければ同じ土俵にすら立てないというのは理解できる。現状、他人の身体を動かすのもままならないフォルテには、その前提条件さえも満たせるかどうかが怪しかった。
「──体の動かし方に関しては……直ぐに慣れるだろうが」
と、以前やっていた様に──常用魔法を発動する為の魔力操作をしてみるフォルテ。『フェブロア』という、熱で魔力を燃やす常用魔法を使用する為に思考する。今回は発動できるか否かが知りたいだけなので、ただの確認作業に威力を底上げする為の詠唱は必要ない。
「……駄目だ、発動すらできない」
念の為、別の種類の常用魔法も試してみるが──結果は全て同じだった。
『ん、どうかしたのかい?』
「この身体になる前には使えていた常用魔法が、軒並み発動できなくなってるんだ……」
何かを確認しているのか──暫くの沈黙を挟むシエル。
『その常用魔法は……全て具象魔法なのかい?』
「まぁ、そうだな」
『うん。それは、おそらく僕のせい……正確には──一つの体に二つの魂があるせい……かな』
すると、思い当たる節があるのかフォルテは──ん、ん〜? と、眉を寄せながら街へと向かう足を止める。
「それって、
『そういうことになるね』
『──基本、
「具象魔法は……魔力を操作する際に発動者本人の明確なイメージを必要とし、
しかし、フォルテのいた時代では──”
「なぁ、この時代では
『あぁ、僕の母親が何でも教えてくれる人でね。昔、気になって質問してみたら──長々と説明してくれたんだよね! ……一ヶ月もの間、僕にずうっと復習をさせる程に……』
「……そうか、教育に熱心な母親だったんだな」
慈しみ深かった自身の母を思い出しながら、そう微笑むフォルテ。
『そうそう──って、君も結構博識だね?』
「一人で勉強する時間は沢山あった」
『……コ、コホン! そういえば、清浄魔法は問題なく使えていたよね? 概念魔法は個人のイメージが主体じゃないから……世界に概念として存在していれば、曖昧な認識でも思い通りに発動できるんだと思うよ!』
「……そうか。使えない魔法と思っていた
『…………』
定期的に地雷を踏み抜くシエル。しかし、このように予測不能な地雷には、流石の勇者でも対応することが困難を極める為──この状況で再び沈黙を選んでしまうというのも、仕方の無いことだろう。
『ま、まぁ、二つ以上の
「元は一つだった
『……確かに。無理やり押し込まれた二つの魂はいつか──どちらかが消滅、もしくは同化してしまうのかもしれないね。現に、この身体にあったはずの元の僕の魂は既に存在しない』
「……マジすか」
『そもそも僕は固有魔法である”強化魔法”以外の魔法を使えたことが無かったから、僕が
更に彼は──もちろん、それまでに僕が消滅していなければの話だけど♪ などという一言を加えることで、無駄にフォルテの精神へとダメージを増やす。
「災厄の王を倒すまでのタイムリミットもあんのかよ……余りにも鬼畜過ぎる」
巨獣ニグニスに追われていた当初と同じように、一瞬だけ素の部分がチラ見えするフォルテ。彼自身も忘れている、まだ世界を見ることが出来ていた頃の、外面を偽る必要性が存在しなかった頃の……。
フォルテから感じていた距離が今後これ以上に近づく想像ができていなかったシエルも、これには──おや? と喜びが滲み出た。
「ずっと気になってたんだが、どうして魂やらを知覚できるんだ? 俺には全く分からないんだけども」
『さあ? 僕がこうなった時には既に分かるように、見えるようになっていたよ』
「見える……ように?」
『うん! 魂だけじゃなくて……多分、幽霊? 的な存在も見えるようになったんだよね! ほら、今も君の背中の方にじ〜っとこちらを見つめる……』
「──り」
『な〜んてねっ♪』
「──無理無理無理無理無理無理」
『ん?』
「むうッ〜〜りぃいいいあ"あ"あ"あ"───ッ!!!」
『……ありゃあ〜』
幼い頃に自宅の倉庫にて。凄まじい恐怖体験をしていたフォルテは、存在が科学的に証明された今でも──ンなもん関係あるかッ! ……怖いモノは怖いッ! とばかりに、動かしづらい身体であるという事も顧みず、一刻も早くその場を離れようと街を目指して駆け抜けるのであった。
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