第21話 殺し合い




 王族や貴族も来訪することのある『選手権』は、例年、堅牢な警備体制の下、実施されている。

 身体検査は勿論、複数人の騎士や『神機使い』が控えており、暴徒程度であれば、数十人単位でも、難なく鎮圧出来る。


 唯一の例外は、『神器使い』だが、それは有り得ない。王都に入る段階で厳重なチェックを受けているからだ。

 如何なる貴族だろうと、『神器』を隠して、王都へと入ることは不可能だ。


 仮にこれら全てを突破したとしても、襲撃後は必ず全滅することになる。

 王都に在籍する全ての騎士団や軍隊が総動員されて、襲撃者を捜索するからだ。

 城門は固く閉じられ、侵入困難な堅牢な防壁は、翻って、内部へと人を閉じこめる檻へと様変わりするだろう。

 そして、襲撃者は退路を失い、袋の鼠と化す。

生き残る術は無い。


 これらを総合して、1つの結論を導き出すと、『選手権』が襲撃される事は有り得ない、というものになる。


 それ故の束の間の放心。

 その隙を見逃さず、襲撃者は地上へと降りてきた。あと数秒遅ければ、混乱から立ち直った俺が、雷撃によって迎撃していただろう。

 されど、奴は針の穴に糸を通すかの如く、最善のタイミングで、電光石火の勢いで、上陸を果たした。


(こいつ、手練だな。)


 さながら隕石のように衝撃波と土煙を撒き散らしながら着陸した男を見て、確信する。


 鋭く尖った耳、纏められた亜麻色の髪は腰まで伸び、端麗な容姿には冷徹故の穏やかさが浮かぶ。白を基調とした服装は、妖精族エルフの民族的な衣装の名残を感じさせる。


「試合中に失礼致します、王太子殿下。私はクラインと申します。訳あって、貴方の命を頂戴しに参りました。」


 こちらの神経を逆撫でするような嫌味たらしい物言いだった。

 だが、彼の言葉にはなんの意味も無い。

 彼の名前はどうせ偽名だろうし、殺しに来たというのも襲撃があった事を鑑みれば、ある程度、予期出来る事だ。

 つまり、こちらの気を逸らす為の心理的な仕掛けに過ぎない。

 男から視線を外して、顎を上に上げる。

 上空には彼以外のマナの反応がある。


「やはり、1人じゃなかったか。」


 雷撃を右手に溜めて、撃ち落とそうとすると、クラインと名乗ったエルフが鬼気迫る勢いで襲いかかってくる。

 深紅の長剣が鋭い軌跡を描いて、俺へと振り下ろされる。

 俺は右手に溜めた雷撃を薄く伸ばして、雷撃の槍を構築し、長剣を受け止める。

 甲高い衝撃音の後、ギリギリと金属の軋むような音が鳴る。


「っ!」

「ふん。」


 瞠目する碧眼を鼻で笑い、力任せに槍を振り抜いた。彼の抵抗も意に介さず、右腕の膂力だけで、クラインの身体を薙ぎ払い、鯨波の勢いで吹き飛ばす。

 ボールのように弾き飛ばされたクラインは、勢いをまるで殺せぬまま、舞台を囲う高い障壁フェンスにぶち当たって、鈍い音を響かせる。


「ルシウス様!どうかご避難を!」


 その隙にアイリスが合流を果たした。

 彼女は切羽詰まった表情で俺とユノを押し退け、クラインとの間に割って入る。

 石膏像を彷彿とさせる美貌は戸惑いと焦燥感に歪んでいて、彼女もまた混乱の只中にいる事を、強く主張していた。


「必要無い。それよりお前はユノを頼む。この通り、真面に動けない。」


 俺はアイリスの肩に右手を置き、落ち着かせるように努めて穏やかな声を出す。

 少しだけ首を傾けて、横目で俺の左腕に抱えられたユノの方を一瞥するアイリス。

 翠玉の瞳が弱り切ったユノの姿を捉えると、動揺するように瞳の奥の光が揺れ動く。


「・・・・・ごめん、私からもお願い。今のままじゃルシウスの足でまといだ。」


 逡巡に美貌を滲ませるアイリスに、ユノが懇願する。ユノは、可憐な顏を屈辱に歪め、下唇を噛んで悔しそうにしていた。


「・・・・・畏まりました。」


 一泊の沈黙の後、躊躇いを断ち切るようにきっぱりと告げる。

 そして、俺の左半身に寄り掛かるユノを受け取り、この場を離れる。彼女の実力ならば、ユノを連れても、逃げ切る事は可能だろう。


「さて、待たせたな。」


 アイリス達の後ろ姿を見送った後、クラインの方へと向き直る。

 すっかり体勢を立て直した彼は、睨みつけるような視線を飄々と受け止めた。


「いえ、私も仲間を待つ必要性があったので、丁度、良かったです。」


 少しでも時間稼ぎをしたい。

 その認識の下、俺達のやり取りを見逃していたらしい。


「態々、死にに来るか。物好きな奴らだ。」

「えぇ、その方が多く殺せますから。」


 皮肉の応酬であった。恐らく、俺も奴も互いの吐く言葉に些かの価値も見出していないからだろう。


「そうか、なら一刻も早く殺すとしよう。」


 瞬間、俺の姿は掻き消えた。

 バチリと火花を散らすような音を置き去りにし、雷霆らいていの化身となった俺は、雷の速度で間合いを詰め、クラインの顔を掴んで上空へと放り投げる。

 この場所円形闘技場には、『神器』で課せられたルールが有るので、どうやっても攻撃の威力が軽減する。

 試合には便利な場所だが、殺し合いには不向きだ。


「『電撃アルゲス』」

「っ!不味い!」


 だから、王都の外まで一度、場所を移す。

 空高くへと打ち上げられたクラインに一瞬で追い付いた俺は、空間が歪む程の強大なマナを込めて、雷撃を放つ。

 王都の空を真っ白な雷光が覆った。

 駆け抜ける雷撃は巨大な龍を象り、荒れ狂うような咆哮を上げる。

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異世界召喚した爽やか系美少女の愛が重い 沙羅双樹の花 @kalki27070

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