第20話 襲撃
『神器』には、魔性の魅力が有る。
その力を使えば、使うほど、肉体に神器の力が流れ込み、徐々に血肉や精神、魂さえも神のそれへと近づけて行く。
それに伴い、漲るような全能感と何者にも縛られぬ解放感、痛みさえも己を感じる為のスパイスにしてしまう程の暴虐的な悦楽を享受する事となる。
そして、手にした力を振るうことも、また愉悦の対象となるのだ。
圧倒的な力を、思うままに扱う悦びは、誰もが想像出来る所だろう。
何故なら、人は権力を欲する生き物なのだから。
ここで言う権力とは、必ずしも地位を意味しない。
政治学における権力とは、軍事力であり、実行能力であり、財力であり、『個人の意志や行動を変化させる為の力』を意味する。
俺の言う事を聞かなければ、お前を殴るぞ。だから、言うことを聞け。
俺の言うことに従ったら、100万円をあげよう。だから、命令に従え。
こういうものだ。
そう考えた時、直接的に強くなろうとしていない人間でも、より多くの金銭を欲している、という当たり前の事実に気付く筈だ。
そして、手にした金を自由に使う事が、如何に楽しいのかという事も。
これらは全て同じ事だ。
人々が1000万円の金銭を望み、1000万円を自在に扱える事に喜びを覚えるのと同じように、我々は圧倒的な力を手にし、その力を振るう事に愉悦を覚える。
──怪物と戦うものは、その過程で自らが怪物にならぬように気を付けよ。我々が深淵を覗く時、深淵もまた我々を覗いているのだ。
とは、よく言ったものだ。
『神器』も又、我々を神の器にし、我々を
そして、今、怪物同士の激突が繰り広げられていた。
凝縮され、最早、
すると、血の代わりに蛇を流す巨大な竜が地面から召喚され、膨大な質量を持って、雷撃を相殺。
反撃として、黒々とした蛸の触手のようなものを召喚し、物量攻撃に出る。
俺は雷光の剣を呼び出し、それを一瞬で切り伏せる。
そこに生じたほんの僅かな空白の時間。互いの能力を確認し合い、次の手を思考する瞬きの時間に、金色と藍玉の視線が交錯し、互いの力を讃え合う。
まさに技の応酬。力比べ。
真っ向からの激突は、各々の限界を確かめ合うような体相を見せ、無限の攻防を繰り広げているようだった。
しかし、何事にも終わりは訪れる。
「・・・・・限界か。」
もう一度、雷撃を繰り出そうとしていた俺は、突如、ユノが膝を着いたのを見て、攻撃を中断する。
どうやら神器の使い過ぎでマナが枯渇したらしい。
あれだけ多くの怪物を召喚していたのだから、無理もないが。
「・・・・・みたいだね。」
本人にも自覚はあるのか、力無い声で認めた後、長い睫毛を伏せる。寒そうに震える身を抱く姿が、見ていて、痛々しい。
神器の使用中の全能感から一気に無力な存在へと叩き落とされる感覚は、俺をして辛いと思わせるものがある。
だと言うのに、ユノはこちらを振り向き、強がるように破顔した。
「どう?楽しんでくれた?」
「控えめに言って、最高だった。」
注がれる一途な視線に、万感の意を込めて応じる。過ぎ去った時を思い返すような、高揚感の余韻が、嘘ではないと物語っている。
「それなら良かった。私の愛がしょぼいって思われたら嫌だし。」
それで本気になっていたらしい。
彼女の『神妃の指輪』は、自己の愛を力に変える。
だとするなら、彼女の実力が大したことなければ、彼女の愛も疑われる。
それを否定する為に、死力を尽くして、俺に挑んでいたようだ。
絶大な力と力の衝突に、途方に暮れたように静まり返っていた観客席から、パチパチパチと拍手の音が聞こえてくる。
それは次第に大きくなり、会場全体へと伝播していく。
この場にいる誰もが、ユノの奮闘を認め、彼女の能力を大いに讃えている。
「・・・・・ちょっと恥ずかしいね。」
ユノは、驚いたように目を丸めた後、はにかむように笑った。
子供のように照れる姿に自然とこちらも頬を緩める。
戦闘から日常へと空気感が切り替わる刹那の時間。
「・・・・・っ!?」
そこに強烈な殺意と大きなマナの揺らぎを感知した。
咄嗟に雷光の速度でユノの元へと向かい、異変を感じた上空へと雷の防壁を張る。
次の瞬間、白雲を吹き飛ばし、蒼天の彼方から業火の柱が降り注いだ。
着弾する。
赤橙色の豪炎が勢いよく白雷の壁へと衝突し、
びりびりと空気を破裂させたような音が轟き、『円形闘技場』が大きく揺れ動く。
「・・・・・な、なに!?」
「待て!動くな!」
慌てふためくユノの身体を引き寄せ、有無を言わさぬ声で命令する。
理由は不明であるが、先の攻撃は明らかにユノを狙った一撃だった。
全快している状態ならまだしも、今の彼女に抗う術はない。
この場にいるのが最も安全である。
その判断は客観的に見て、理に適っていたと思う。
だが、ありとあらゆる行動には光と影が付き纏う。
率先してユノの身を守る行為は、転じて、彼女という足枷を俺に嵌めたのも同然であった。
それを理解しているかのように、次の以降の攻撃は、俺だけでなく、会場全体へと向けられたものだった。
立て続けに降り注ぐ豪炎の柱が観客席を襲撃し、そこにいた一般市民ごと周辺を吹き飛ばす。
その度に、赤橙色の爆炎が咲き誇り、黒煙を上げる。
「きぁぁぁぁ!!」
「何だ!?何が起きている!?」
飛び交う悲鳴や怒声。
何れも唐突に訪れた理不尽に対する非難を孕んでいる。
そして、何が起こっているのか、いち早く理解した俺は、呆気に取られて、立ち尽くした。
「有り得ない・・・・・襲撃だと・・・・・」
その言葉を肯定するように、更なる爆発の轟音が響き渡った。
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