第19話 高揚感
第二回戦も俺やユノ、アイリスは勝ち上がり、準決勝へと駒を進めた。
その中で名前が注目され始めたのは、やはりユノだった。
神器の適合から僅か1ヶ月弱。
飛ぶ鳥を落とす勢いで能力を伸ばし、並み居る猛者を撃破してきた彼女は、『選手権』における台風の目と化していた。
中には、かつての俺に匹敵する成長速度なのでは、と分析する者まで現れたぐらいだ。
正直に言うと、この結果には俺も些か驚いている。
「一応、言っておくが、遠慮する必要性は全く無いぞ。」
試合が始まる直前、本気でやるように念押しする。
俺は他人に勝利を譲ってもらうつもりは無い。
もしも、そのような誤解を持っているのなら、早めに解いて貰う必要性が有る。そう考えての行動だ。
すると、ユノは綻ぶように微笑んだ。
「ふふふ、分かってるよ。そもそも私が本気でも負けるつもり無いんでしょ?」
「当たり前だ。」
王族の威信を背負っている以上、如何なる勝負においても、敗北は許されない。
相手が何者であろうと、確実に勝利する。
確固たる自負を以て、背筋を伸ばし、
「それなら私は胸を借りるつもりで臨ませて貰うよ。」
藍玉の双眸が戦意の光を湛えた。
決して気負っていない華奢な肢体から清涼とした風を思わせる爽やかな闘志が充溢し、一分の隙も見当たらなくなる。
何が彼女の闘志に火を付けたのかは不明だが、言葉に偽りはないようだ。
そして、戦闘が始まった。
「『
先ず仕掛けたのは、ユノ。
試合開始の合図と共に、彼女は九つの首を持つ巨大な蛇を俺へと差し向ける。
「『
カツンと地面を叩くと、そこを起点として波紋のように轟雷の波が広がった。
駆け抜ける雷は、蛇行しながら迫り来る大蛇を捉え、忽ちの内に焼き尽くし、消滅させる。
だが、想像以上の再生能力を保有していた為、死ぬ直前に僅かに撒き散らされた鮮血までは蒸発させられなかった。
真紅の血が地面へと垂れた瞬間、付着した部分がどろりと溶け落ち、凄まじい異臭を放つ。
「毒か!」
「当たり!」
すぐさまその場を離れると、距離を詰めてきたユノが勢いよく拳を振るってくる。
身体強化魔法と『神器』の効果で二重に強化された打撃は、音を置き去りにし、当たる前から風の壁を貫いたような音を立てる。
だが、俺は構わず右手で受け止めた。
大地を揺るがすような衝撃が腕に重たくのしりかかり、掌から爆発音が響き渡る。
「意外に軽いな。」
だが、傷一つ負わない。
挑発まじりの一言と共に左手を一閃する。瞬間的に雷の速度へと至った拳は、ユノの引き締まった腹部を捉え、殴り飛ばす。
「っふふふ・・・・・!言ってくれるねぇ。」
ユノは地面に足を擦り続けながら3m程先で止まり、どろりとした恍惚の表情で唇をなぞった。
まるで痛みさえも心地好いと告げるかのように。
俺はそれを冷たく見詰め、冷静に思考を巡らせる。
(殴られる直前に地面を蹴って衝撃を緩和した。俺の『
『神器使い』にとって、物理的な速度や熱量、衝撃は必ずしも意味を持つ訳では無い。
我々は、人よりも、神に近しく、現実を容易く捻じ曲げてしまう。
遣い手によっては、雷速や光速にさえ対応可能だ。
とはいえ、適合から1ヶ月の人間に可能だとは思っていなかったが。
「それじゃあ、どんどん行くよ!『
地を這う巨大な大穴、燦然と輝く黄金の鳥、蛇と見紛う翼竜。立て続けに怪物を召喚し続け、多彩な攻撃を披露する。
それ等を腕を振るって極大の雷を放つだけで一掃すると、今度は大量の蜂の群れが視界を埋め尽くした。
「邪魔だ。」
全身から放電する。
白雷が蜂から蜂へと駆け抜け、軌跡を描く。
すると、蜂は小さな瞬きの光を見せ、連鎖反応を引き起こすように起爆する。
どうやら、こういう小細工も豊富のようだ。
「些か厄介だな。」
立ち込める黒煙を、腕を薙ぎ払って吹き飛ばす。
すると、巨牛が狙い澄ましたように突進してきたので、片手で受け止め、地面へと叩きつける。
「そう言って、全然余裕そうじゃないか。」
「いや、俺と戦いになる時点で十分、凄い。」
声のした方に腕を振り払って、未だ立ち込める黒煙を退かす。
されど、そこには誰もいない。
彼女が現れたのは、俺の後背。巨牛の影から飛び出し、襲い掛かる。
すぐに対応しようと振り返ったものの、重たい拳が俺の頬を捉えた。
頭の中でバキンと音を立てて、砕けたような音がした。
「もう一発!」
立て続けに殴ろうとする小さな拳を、後ろに飛び退って避ける。
追撃しようと前のめりだったユノは、何かに驚いたように瞠目した後、不意に足を止めた。
「これでもまだ軽いかい?」
そして、拳を前に突き出しながら問い掛ける。確かな手応えのある自信に満ちた声だ。
挑発的な言葉に促されるように、殴られた頬に手を当てる。硬い皮膚の感触の向こうで、口角は吊り上がり、頬が上げているのを感じた。
俺は笑っていた。
その事を認識すると、明確なる高揚感と全能感が胸に去来する。
「訂正する。良い一撃だ。」
心を満たす解放感に、俺は目を細め、声を弾ませる。
目の前の相手は、ただ蹴散らすだけの雑魚ではなく、俺と戦う事の出来る敵なのだ。
縛り付けていた鎖が緩んでいくのを感じた。
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