第18話 一撃





《アイリス視点》




 会場には、異様な雰囲気に包まれていた。


 あれ程、活気に満ちていた観客席は静まり返り、何処からともなく、大鷲の鳴く声が響き渡る。

 それでいて、観客の興奮は一切、冷めておらず、血走った目で舞台を凝視する者や鼻息を荒くして、身を乗り出す者、寧ろ、興奮は絶頂を極めている。


「次、ルシウスの番だよね?」


 身悶えするような張り詰めた静謐は、貴賓室にさえ伝播し、ユノ様が発した言葉も自然と小声になっていた。


「はい、間もなく入場になられるかと思います。」

「前、言ってた事って本当だったんだ。」


 腕を組んで、ふぅんと嬉しそうに感心なさる。

 彼女の言う、前言っていた事というのは、恐らく、入学初日に、私がユノ様に対して物申した時の事を指しておられるのだろう。

 殿下は嫌われているのではなく、畏敬の対象として扱われている、と。


 あの言葉に関しては、ユノ様が悪いと私は思っているので、正直、訂正するつもりは無い。

 ユノ様も訂正をお求めになったりしないだろうと考えている。

 知る由もなかったとはいえ、周囲から蛇蝎のように嫌厭されていた過去を持つ殿下に対して、『人気が無い』などと古傷を抉るような言葉を掛けた事を、セレノア様は、絶対に正当化なさらないからだ。


「やっぱり、ルシウスって強いのかな?」


 歓喜に弾んだ声でお尋ねになる。

 子供のように強いという返事を期待する表情は、とても微笑ましく、私は木漏れ日のような笑みを零した。


「私などでは足下にも及びない程に、殿下はお強いですよ。恐らく、ユノ様の為にお強くなられたんだと思います。」


 ついでに、リップサービスも付け加える。

 自分で自分を傷付けたような奇妙な感覚が胸に去来するが、それもユノ様にルシウス様の努力の成果を伝えられる喜びと比較すれば、些細なものだ。


 殿下がセレノア様を喪い、婚約者の名前も後世に残す為に偉大な王になると、私の前でお誓いになられた日の事を、私は今でもよく覚えている。


 その翌年には『神器使い』となり、戦争を終わらせ、それから間もなくして王国最強の『神器使い』への上り詰めた。


 無論、才能もあったろう。他者とは比較にもならない程の強大な才能が。

 しかし、才能を開花させる為に努力なされていたことを私は知っている。

 そして、才能と努力が生み出した結果が、万人から認められるものではなく、常に心無い言葉を浴びせられ、殿下が力を持つ者の苦悩と共にあった事を知っている。


 どうか報われて欲しい。

 その祈りにも似た想いが、たかが嫉妬に劣るというのなら、私は犬猫にも劣る畜生以下だ。


 その高潔なる憤怒の炎が、胸の内に巣食う嫉妬を焼き焦がし、私はあっさりと嫉妬から開放される。


「ふふふ、そうなら嬉しいなぁ。」


 ユノ様は照れるように相好を崩す。セレノア様の時とは風貌が異なるが、変わらず可憐でいらっしゃっる。

 ふと大きな目を細め、彼女は寄り添うように私の方へと肩を寄せる。

 そして、疑問符を浮かべる私を励ますように言った。


「でも、きっと頑張れたのは、アイリスが傍にいたからだよ。じゃなきゃ、ルシウスが従者にする訳ないし。」


 「だから、ありがとう」とふっくらとした唇が感謝の言葉を紡ぐ。

 その時、私の全身を貫いた感動は決して小さなものでは無い。

 自分の全てを許されたような強烈な多幸感が胸に溢れ、感激に目頭が熱くなり、場違いにも泣きそうになった。

 次の瞬間に、会場を揺るがすような歓声が上がらなければ、きっとユノ様の胸に飛び込んでいただろう。


「それじゃあ、どれだけ強くなったのか、見ようか。」


 熱くなった私の視線を真正面から受け止め、ユノ様は茶化すように微笑みかける。それでいて、藍玉の視線は、私の首の方向を自然と誘導し、舞台へと向ける。

 その余りの華麗さに、私は改めて確信を強くする。


 この御方は、人の心を掌握し、人を導く高貴なる存在なのだ、と。


 その柔らかく、包み込まれるような安心感に私は心を委ね、彼女とは真逆の魔性カリスマを持つ青年へと意識を向けた。






《ルシウス視点》




「殿下ぁぁぁ!!ルシウス王太子殿下ぁぁぁ!!」

「新たなる神王!!」

「我らが軍神!!」


 観客席から割れんばかりの歓声が上がる。

 何処からともなく、喇叭の音やら、笛の音やらが聞こえ始め、いつの間にか大合奏が始まっていた。


(・・・・・改めて思うが、よくこの前、デート出来たな。)


 溜息をどうにか押し殺し、対戦相手を見遣る。

 相手は聖剣に選ばれた少女であり、今回の『選手権トーナメント』を通しても、屈指の実力者だった。

 しかし、今や、彼女はあんぐり口を開け、呆けた面をしており、始まる前から醜態を晒している。

 完全に観客の熱狂に飲まれているな。


「カレンと言ったか。」


 仕方が無いので、俺が声を掛ける。


「ひゃ、ひゃい!」


 舌を噛んだのか、呂律のはっきりしない返事が返ってきた。重症だな、と判断する迄に大した時間は要さなかった。

 思わず愚痴を零しそうになるが、顔を真っ赤に紅潮させ、今にも逃げたしたそうな表情をしている少女にとどめを刺す訳にはいかず、どうにか堪える。

 代わりに人差し指を立てて、彼女へと向ける。


 不意に観客が静まった。次に開く言葉を一言たりとも聞き逃さぬように、耳を澄ませるかの如く。


「一撃だ。一撃で仕留める。だから、死ぬ気で防げ。」


 そうすれば、今後のお前の未来は明るい。

 それを全身から充溢する絶大なるマナの奔流と戦意によって、伝える。

 雑念共が一斉に歓声を上げ、囃し立てる中、俺の気迫を真っ向から受け止めた少女は、たたらを踏みそうになる足をどうにか留め、決然と眦を上げた。

 覚悟を湛える双眸に、その意気や良しと、俺は不敵に微笑み、彼女と距離を取る。


 それから適度な緊張感を保った沈黙が保たれ、


『試合開始!!』


 試合開始のゴングが打ち鳴らされる。


 刹那、閃光が弾けた。

 あまねくものを飲み干すように一瞬にして舞台の上に光が満ち満ちる。


 その後を追うように純白の雷撃が走り、途上にある一切合切を薙ぎ払い、焼き焦がす。


 その破壊力を雷鳴が歌う。

 大地を揺らし、天に轟く程の鳴動は、その衝撃だけでも武器と化し、ここが『円形闘技場』でなければ、王都の街の一角を崩壊させてしまっていただろう。


 閃光と爆音が鎮まった頃、少女は焼き焦げた姿で地面に倒れていた。

 但し、炭化した焼死体では無い。

 何方どちらかといえば、表面だけ茶色く塗ったようなアニメチックな姿だ。


 この『円形闘技場』の中には、『神器』を使用した特殊なルールが適用されている。

 それによって、致命傷は全て無かった事にされ、怪我も闘技場を出れば治る。

 無論、上位者であれば、ルールを破れるが、敢えて乗ることも可能なので、安全に模擬戦をする事が出来るなのだ。


「残念だったな。リベンジを期待している。」


 「ぅぅぅ」と悔しげに唸っている対戦相手に一言だけ声を掛け、踵を返す。

 それから遅れるようにして、勝利判決が背中へと送られてきた。

 なんというか、配慮に忙しい戦いだった。

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