第17話 神器使い同士の戦い




 本戦当日、『円形闘技場』は満員の観客に埋め尽くされた。

 ぐるりと舞台を取り囲む観覧席には、子供から大人まで幅広い年齢層の人々が集まり、舞台で繰り広げられる『神器使い』同士の激闘に、万雷の喝采を上げている。

 たかが学生の試合であるというのに、この盛況ぶりは、この国における『神器使い』の立ち位置を良く物語っていた。


「もう始まってる?」


 第1戦を勝ち進んだユノが、貴賓席に登場する。

 本来、彼女が入れるような場所では無いのだが、例の権利を守る為に、俺が彼女の分の席を確保していたのだ。

 微かに混ざる荒い息をどうにか整えながら、彼女は俺の隣席へと座った。


「もう始まってるどころか、終わりそうだな。」


 視線を舞台の方へとやると、真っ先に視界に入ったのは、宙に浮かぶ薄桜色の髪の夢魔。

 彼女の手には、熊の装飾が施された黄金の弓が握られている。

 その弓から放れる絶大なマナの揺らぎと神気は、俺をして、唸らせるものがある。


 つり目気味な冷ややかな翠玉の双眸は、地面を移動する対戦相手へと向けられ、ピアニストのように細長い指先が、ピンと張られた弦を弾く。


 すると、彼女の後背に無数の矢が生み出され、一斉に射出される。

 間断なく降り注ぐ矢の軍勢が、対戦相手へと襲い掛かる。それも一直線に向かうのではなく、三方向から囲い込むように。


「・・・・・あんなの有りなの?もう弓引いてなくない?」

「有りだ。」


 爆撃でもあったかのような轟音が響く中、言葉を交わす。


「授業でも言ったが、『神器』の能力はランクが上がれば上がるだけ応用や無茶が効くようになる。」


 些細な矛盾を包括してしまえるだけの力があるからだ。

 例えば、アイリスの神器、『月光の矢』は、狩猟神の権能を宿している。

 かの『神器』を使えば、相手が、人でも、鹿でも、熊でも、狩り殺せる。


 だが、考えてみれば分かるだろうが、鹿と熊では、生物としての規格も異なれば、生態もまるで異なる。

 当然、狩猟方法も全く別な筈だ。

 しかし、あの『神器』はそういった些細な差を無理矢理許容し、その絶大なる力を持って強引に成立させてしまう。


 海は塩水で構成されているが、その一部が真水になったとしても、やはり海は海のままだろう。

 大きな力を持つ者とは、小さな矛盾を気にしないでいられるのだ。

 だからこそ、強い神器ほど限定的な能力ではなく、普遍的で、幅広い能力を持つ。


「アイリスにとっては、弓を引かないくらい瑣末な事なんだろう。尤も、引いた方が出力は上がると思うが。」


 実際、敵を仕留めきれていない。

 対戦相手は、風を司る槍で的確に矢を撃ち落とし、地面を駆け回りながら、反撃の機会を窺っている。


「それならアイリスが飛んでるのも『神器』の応用?」

「いや、あれは飛行魔法だな。」


 そう答えて苦笑する。別に俺が間違えてる訳でもないのに、手痛い指摘をされたような気分だった。

 ユノは顎に手をやり、思案げにする。


「それなら、どうして相手は飛行魔法を使わないんだい?使えないって訳じゃないんだろう?」

「まぁ、そうだな。」

「だったら、制空権を争った方が勝機はあるように思えるんだけど。」


 少なくとも、一方的な戦いは避けられるのでは、と疑問を呈する。

 成程、一理ある。制空権を握られたままでは、戦いはかなり一方的なものになりやすい。


「理由は主に2つ。1つ目は防御の面だ。アイリスの攻撃は追尾機能も有るから、何処にいても牙を剥く。上空に行くと360度、四方八方から襲い掛かってくることになる。」

「そうか。地面にいた方が逆に安全なんだ。」


 ほぅと感心するような声に、俺は頷きを返す。

 制空権を争うとなれば、防御しなければならない範囲は、360度全てだが、地面にいれば、少なくとも足場から攻撃されることは無い。

 つまり、防御する範囲は180度で済む。


 また、対戦相手も度々、風の刃を生み出して反撃しているので、上空にいる相手に対抗する手段もある。

 彼は劣勢だが、真の意味で敗勢な訳では無いのだ。


「もう1つは?」


 顎に手を当てたまま、視線だけをこちらにやる。その眼差しには、先程よりも好奇心の光が瞬いている。


「あとはアイリスを焦らして、隙を狙ってるんだろう。」


 言ってしまえば、駆け引きの部類だ。

 この試合は、サッカーやバスケットボールのような点数を競うゲームでは無い。

 一発逆転も有り得る闘いだ。

 たった一手仕損じただけで戦況は大きく変わる。


 膠着状態に焦れたアイリスが大技を放つ隙を狙って、痛撃を与え、一気に決着をつける気なのだろう。


「まぁ、何にせよ相手は悠長にし過ぎたな。」


 終わりだと告げるように鼻を鳴らし、足を組む。

 隣席のユノがこてんと小首を傾げるのと同時に、観客が大きく沸いた。

 細い顎先が舞台の方へと慌てて戻る。


「攻撃って下からは来ないんじゃなかったのかい?」

「そんな事言った覚えは無いぞ。対戦相手の考えていた事を口にしただけだ。」


 抗議するような語調にいけしゃあしゃあと肩を竦めた。

 舞台の上では、によって手傷を負い、膝を屈する対戦相手の姿がある。


「恐らく、射出していた矢の一部を地面に潜せてたんだろうな。」

「・・・・・あれだけ矢があったら、見抜くのは困難。それに地面も穴だらけだから、普通に気づけないよ。」

「まぁ、マナの感知が可能なら、防げただろうが。」


 それもアイリスの放つ強大なマナの奔流を前にして、気づけたかどうか、少々難しいところではある。

 何にせよ、アイリスは、あの若さで俺の護衛役を担えるだけの実力者である事は、疑いようがない。

 そう結論付け、組んだ足を戻し、立ち上がる。


「もう行くのかい?」

「そろそろ出番だからな。」

「それじゃあ、頑張って。かっこいい所期待してるから。」

「失望されない程度には、頑張るさ。」


軽く言葉を交わし、俺はその場を後にした。

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