第15話 元の世界に戻る方法




 『選手権トーナメント』が開催されると、特別進学科の授業は全て一時休止となり、生徒には自由な時間が与えられる。

 この間、多くの生徒は自主的な訓練や試合に向けた最終確認などを行う。

 尤も、俺にそんな時間は無さそうだが。


「あの、少し時間良いですか?」


 本日、何人目とも知れない相談者は、勇者達の教職を勤めていた妙齢の女性、サワグチ・カスミだった。

 彼女は、年甲斐もなく、恥ずかしいからという理由で、女子用の制服は着用しておらず、パンツスーツを着用している。


「どうかしたのか?」


 ぶっきらぼうなぐらい単刀直入に尋ねる。

 すると、彼女の眉間が不快げに曇る。


「・・・・・私は一応、歳上なんですけど。」

「その前に君も一人の生徒だ。この学園の中では、生徒は皆、平等。言いたいことは分かるが、勝手に余計な秩序を持ち込むのは良くないぞ。」


 あっさりと言葉を切り返した。

 彼女は二の句を紡げず、むぅと唸る。

 何か反論したところで、王太子である俺が気を遣っているのに、どうして自分だけ権利を主張するのか、と返されると理解しているのだろう。


 それに対して、俺が勝手にやってるだけなどと、言い返そうものなら、王族を軽視していると、他の生徒からの反感は免れないものとなる。

 雄弁は銀、沈黙は金とは、よく言ったものだ。


「それで用件は?」

「生徒から元の世界に戻る方法は無いのかと、よく相談があります。・・・・・どうにかする術はないんでしょうか。」


 やはりこうなったか。

 ある種の懸念が現実のものとなった事を悟ると、俺は億劫そうに顔を顰めた。

 そして、予め用意した回答を提示する。


「こちらの世界に来た時に説明したと思うが、魂だけなら元の世界に戻せるぞ。」


 勇者召喚の術式は、異なる世界の死した魂を呼び寄せ、魂に残留する情報を基に肉体を再構成する魔法だ。

 なので、同じく魂だけなら送り返す事は出来る。


「ですが、それをすると死んでしまうんですよね?」

「そうだな。魂は元の君達の肉体に戻るから、結果として死ぬ事になる。特に君達の世界と俺達の世界では流れる時間の速度が違う。余り愉快な結末にはならないだろうな。」


 最悪、自分の腐敗した屍と再会する事となる。


「肉体ごとというのは不可能なのでしょうか?」

「現状、不可能だ。」


 顔色を覗うような疑問に容赦の無い解答を叩き付けた。

 世界と世界の狭間には断層が有る。

 詳しく話すと長くなるので割愛するが、断層の向こう側に物理世界に属する肉体を持ち運ぼうとすれば、魔法技術云々ではなく、天界に属する『神器』の力が必要不可欠となる。

 そして、現状、そのような『神器』は存在していない。


「一応、言っておくが嘘はついていないぞ。」


 そもそも、嘘をつく必要性すら無いからだ。

 我々の世界には、古くから勇者が召喚されてきた。

 無論、元の世界に戻ろうとした勇者も数多く居たと聞く。

 その内の一人でも、かつての世界に戻れていれば、我々の世界についての情報が、勇者達の世界に広まっているはずなのだ。

 つまり、幾ら嘘をついても、帰還者がいるのなら、彼等に元の世界に戻る手段もある事はバレてしまう。


「そう、ですか。」


 縋るような眼を向けていた彼女だったが、願いが叶わないと悟ると、意気消沈して項垂れる。

 酷な事を言うようだが、こればかりはどうしようもない。

 生きる選択肢を選び続ける以上、様々な要因に巻き込まれるのは、世の常である。彼女らだけではない。

 そんな酷薄な事を悪びれもなく思ってしまうのは、きっと自分の手を汚していないからなのだろう。


「身勝手な物言いになるが、時間が解決するのを待つしかない。」


 無責任なことを言いながら彼女の方を一瞥し、絶句した。


「ぐすっぐすっ。」


 サワグチは下を俯いたまま、泣いていた。大きな眼から大粒の涙を流し、小さな拳を握りしめて、肩を震わせている。

 まるで世界に裏切られた子供のようだった。


「お、おい・・・・・!?」


 俺は辺りを見渡しながら、狼狽うろたえる。 こんな光景を見られた暁には、王太子は歳上好きなどと意味の分からん噂が流れる事態になりかねない。

 幸い、自主練に忙しいのか、教室の近くは誰もいないようだった。


 とはいえ、状況は何も改善していない。

 俺の前には、依然、涙を流す女性がいる。

 逃げ出そうとする足をどうにか踏みとどめ、後頭部を擦りながら、思案を巡らせる。


「大丈夫か?まぁ、なんだ。色々、大変だろうが、お前のせいじゃないぞ。単純に状況が悪いだけだ。それにお前が頑張ってるのは、分かってる。」


 記憶の棚から昔、セレノアやアイリスが泣いていた頃の思い出を引っ張り出し、兎に角、慰めの言葉をかける事にする。

 内心、早く泣き止んでくれ、と身体の端から削られくような焦燥感に襲われながら、必死に彼女を宥めすかす。


 それから数分経って、彼女は漸く泣き止んだ。

 その時の安堵と憔悴の入り交じった俺の顔は、王太子とは程遠い、道化のような面をしていた。

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