第14話 浮き足立つ





《ユノ視点》




 自室へと戻った私は、広々とした部屋に入るや否や、天蓋付きの寝台ベッドに飛び込み、「ふぅ」と高揚感の余韻を含む吐息を零す。

 柔らかな抱き枕に顔を半分うずめ、無心でとくとくと跳ねる心臓の音へと耳を澄ます。


 静謐とした部屋に、少し荒い息遣いだけが響く。


(私って意外とルシウスのこと何も知らなかったんだなぁ。)


 暫くの時が経って、漸く思考を取り戻した私は、熱に浮かされたような事をぼんやりと思う。

 そう感じたのは、私の知らないルシウスの姿を、沢山、垣間見ることになったからだろう。


 普段の王室の権威を維持しようとする姿とは、対照的な、君主の暴走に対して非常に抑制的な考え方。

 普段よりも大人びた余裕のある微笑み。

 私が知らなかった彼の悲惨な過去と婚約者に対する過剰なまでの忠誠心の理由。


 過去から現在に至るまで、私はルシウスについて知らないことばかりだった。


 当たり前の事と言えば、当たり前の事だが。

 何せ私にとっては15年、彼にとっては8年以上顔を合わせていなかったのだから。

 頭では分かっていたつもりだったが、むざむざとその事実を見せつけられた時の衝撃は決して小さなものではなかった。


(・・・・・変な話ね。心のどこかで、まだ付き合ってるって思ってたのかしら。)


 きっと思っていたんだろう。

 彼の暖かな祈りの余韻が胸にある限り、私達は別れていないと信じ込んでいたのだ。

 ──私はもう柚野愛歌なのに。


 その乖離を改めて実感すると、あてのない旅路をしているようで、途方に暮れてしまいそうだった。

 だから、未練がましく、前世の私について聞いてしまったのだろう。


(まぁ、でも、やっぱり知れてよかった。)


 知ったお陰で、ルシウスと向き合えたような気がする。

 権力者としての責任を果たそうとする彼の背中を支えてやりたいとも思えたし、婚約者への恩義を忘れない彼を抱きしめてやりたいとも感じた。


 ただ、私がセレノアでもある事を教えたら、やっぱり、頑張ることを辞めてしまうだろう、という確信も強くなってしまったけれども。


 私は胸元にあるペンダントへと手をやる。

 一粒の涙のような藍玉アクアマリンの宝石が小さな金剛石ダイアモンドに飾られて、燦然と煌めいている。

 今日、ルシウスにプレゼントされたものだ。


 覗き込むと、海の水面のような光が無数に輝いている。

 その光の一つ一つに魔法的な作用があるらしく、いざと言う時に持ち主を守ってくれるのだとか。


 信じられないような値段なだけ有る。


 指先で弄びながら暫く眺めていると、身体を包む倦怠感けんたいかんまぶたを重くする。

 意識が段々と薄れて行く中、充足感をたった一つの言葉で表した。

 私は今日もルシウスの事を一つ好きになった。






《ルシウス視点》




 また一週間の月日が過ぎた。

 月末の『選手権トーナメント』が近付くにつれ、焦燥感に似た落ち着かなさが、学園を取り巻き始めている。

 それは特別進学科──『神器使い』に限った話ではない。

 一般の生徒達も高揚感を抑えきれず、浮き足立っていた。


 その感覚を口頭で説明するのは、些か骨が折れる。

 根本的に我々にとっての『神器使い』というものの意味合いを共有していなければならないからだ。


 無論、国防に関する価値感だけを意味するものでは無い。宗教的価値や民族的価値、道徳的価値観も含んだものだ。


 敢えて、最も分かりやすいイメージで語るのなら、大好きなスポーツのプロの卵達が切磋琢磨する姿を、目の当たりにしている感覚だろう。


 同じ時間を過ごせる事に、憧憬と羨望の入り交じった光栄さを、彼等は感じているのだ。


 故に、メーティス学園において、『選手権トーナメント』とは実力試験であると同時に、ある種の『お祭りイベント』なのだ。


 特に、選び抜かれた16名で行う本戦では、例年、『円形闘技場アンフィテアトルム』の元に、一般生徒だけでなく、卒業生、騎士団関連の人間も足を運ぶ。


「そういえば、今日は『選手権トーナメント』の対戦表の発表日だったな。」

「はい、ご覧になられますか?」

「頼む。」


 すると、アイリスは書類綴りファイルからさっと一枚の用紙を取り出し、俺の席に置く。

 自分の名前を探すと、一番右端にあった。

 名前の上は一直線に黒線が伸び、予選を飛び抜けて、本戦へと繋がっている。


「・・・・・こういう忖度は良くないと思うんだが。」

「忖度も何も、殿下のお力を考慮すればシード権が与えられるのは当たり前の事かと。」


 慇懃に言い放つ。

 そう言われてみると、そうなのだが。

 納得は出来るが釈然とせず、頬杖をついた。

 暫く対戦表へと視線を下ろしていた俺は、ふと横目でアイリスを盗み見る。


「何か御用でしょうか?」

「いや、何でもない。」


 確認したい事はあったが、公然とするような内容ではない。

 俺は首を横に振った。


「取り敢えず、最終日の本戦に備えるとしよう。」


 『選手権』は、5日間に渡って行われる。

 その最終日が本戦となる。

 華々しい結果を期待されている者として、無様な結果を残す訳にはいかない。

 自負心に身を引き締め、決然と語った。



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