第13話 恩義
それからのデートは悲惨なものであった。
ユノは俺の言葉の意味を思索しているようで、終始、上の空。
アイリスも不覚を取った事を悔やんでいるのか、警戒心を解くことが出来ず、張り詰めていて、デート所では無いらしい。
俺としては、王都の生の声というものを、耳にすることが出来て、大変、有意義であったのだが──やはり、これをデートというには些か違和感が有った。
初々しい茜色から移り変わった暗夜の宙には、無双の星が瞬き、それに負けじと街にも灯りが
ふと大事なことを思い出した気がした。
「それじゃあ、私はこれで失礼するね。」
キャメロン宮殿へと帰還すると、ユノは物寂しげに眉根を下げて、立ち去ろうとする。
彼女の住まう場所は、王宮の別棟。
俺の住んでいる区画とは、また異なる場所に位置している。
「ちょっと待て。」
踵を返す彼女の腕を取る。
振り向いたユノの瞳孔は大きく開かれ、彼女の驚愕をこの上なく物語っていた。
「もう少しだけ時間はあるか?」
「えっ・・・・・あ、うん。大丈夫だけど。」
普段の
俺は視線を微かに動かして、アイリスの方を一瞥すると、彼女は心底、嬉しそうに微笑み、深々と頭を下げた。
どういう風の吹き回しなのかは不明だが、邪魔する気は無いということだろう。
「行くぞ。」
案内した先は、俺の自室の一つだった。
白を基調とした品のある壁紙、天井から垂れ下がる水晶のシャンデリア。華美なラウンドテーブルや絢爛な椅子等の調度品は、派手で目を惹き付けるが、下品との一線を弁えた優美さを備えている。
「座るといい。」
庭園の見える窓の近くに設置された椅子の片方へと腰かけ、ラウンドテーブルを挟んだ向かいの席を手で指す。
彼女は無言で指示に従った。
そして、こちらへと藍玉の視線が向けられる。そこには期待の光が少なからず込められていて、ふっくらとした唇から零れる吐息に微かな熱が混じる。
俺はそれに如何にも余裕そうな不敵な笑みをひらめかせた。
「実を言うと、今日は初めからこうしようと思っていた。」
放課後は3人でデートをし、それ以降の時間はユノと2人でデートをする。その為の
「そうしなければ、君に不義理だと思ってな。」
「私がお願いしたんだから、そんなの気にしなくて良かったのに。」
「それもそうなんだがな。」
少なからず、俺も
自嘲を噛み殺し、心地よく流れ出す空気を身を委ね、肩から力を抜く。
「ただまぁ、放課後は色々あったから、こうしていて、正解だった。」
この雑談には小休止の意味合いも含んでいる。
流石に、息の詰まる空気のままでは、ショッピングやディナーを楽しめないだろう。
「君は俺の言ったことを色々と考えてるらしいが、あまり気に病む必要は無いぞ。俺は別に後悔している訳では無いからな。」
「そうなのかい?」
「あぁ、あれは、どんな行動にも光と影が付き纏う、という訓戒だ。それ以上の事は考えていない。本当だ。」
落ち着かせるように言い含めると、ユノの胸が微かに起伏した。どうやら漸く人心地ついたらしかった。
「さて、デートを始める前に少しだけ休憩しよう。姿勢を崩しても良いぞ。気を張るのは疲れる。」
そう勧めながら、俺自身も背もたれへと寄り掛かる。部屋の主である俺がリラックスしなければ、彼女も楽にはしにくいだろう。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかな。」
くるりと翻した手を上に伸ばし、上体を反って伸びをする。夢魔族にさえ匹敵する胸が強調されるので、無防備な姿勢だが、彼女なりに信頼感を抱いているということなのだろう。
ふっと力を抜いた彼女の肢体は、普段よりも柔らかな雰囲気を帯びていた。
それから俺とユノは話をした。
学校の誰が誰を好きなのかとか、授業の分かりにくい部分であるとか、そんな他愛もなく、如何にも学生らしい内容だ。
「そう言えば、君の婚約者ってどういう人だったんだい?」
「・・・・・なんだ藪から棒に。」
「ちょっと敵情視察をしてみたくて。」
ふと話題が俺の婚約者、セレノア・リーヴスラシルへと向けられる。
それを訝しむと、彼女は表面上は不敵な微笑みを向けてきた。しかし、よく見れば、どうにも弱ったような気配が有り、大きな眼を長い睫毛が何時もより深めに隠していた。
「・・・・・セレノアは俺に初めて優しくしてくれた人だ。」
幾許の逡巡を感じたが、俺はぽつりと語り始めた。
「君も想像がついていると思うが、数年前まで俺の置かれた状況は最悪だった。戦争の元凶として、国民だけでなく、貴族からも疎まれ、蔑まれた。」
ユノに言うつもりは無いが、セレノアは下級貴族の出だった。
当時は気にしていなかったが、王族と結婚するには些か爵位が低過ぎる。それだけ当時の俺は鼻つまみ者で、近付きたがる人物が少なかった。
「お父さんは?」
「あの方は俺に興味など示さないさ。今でも俺より弟の方を重用している。」
加えて言えば、母上も俺に対して隔意を捨てきれなかった。それが、ふとした時に露呈するので、お互いに歩み寄ることは出来ないでいる。
「まぁ、だからこそ、セレノアがくれた優しさが俺の心を救ってくれた。」
初めて会った頃は、俺も酷い子供で、人を疑うことしか知らなかったし、粗暴な振る舞いも多くて、彼女に迷惑ばかりを掛けていた。
だが、彼女はそれを笑って許してくれたし、時には怒ってもくれた。
慈母のような優しさではなく、良き隣人として、同じ人間としての対等な優しさを、俺に与えてくれたのだ。
「きっと彼奴がいなければ、俺はもっと暴虐な人間になっていただろう。」
今でさえ、
恐怖と暴力以外には何も信じず、粛清と弾圧によって支配を確立する。他者を踏みつけにしても良心の呵責を覚えないどころか、弱者の悲鳴を嬉々として喜ぶだろう。
「その子は、君の置かれている状況を分かっていたと思う?」
「いや、知らなかっただろうな。当時の俺達は置かれている状況を客観視出来るような年齢じゃなかったし。」
出逢った当時が5歳、セレノアが死んだのが7歳。
常識的に考えて、アヴァロン王国の歴史と周囲の感情を把握していた年齢では無い。
「そう」とユノは申し訳なさそうに眉を下げた。
「それでも、俺が救われたことには変わりがない。思うに、人は悪意の仕打ちと同じくらい、恩義に思っていることも忘れない生き物だ。」
だから、俺が幾つになったとしても、この恩義を忘れることは無いだろう。
以上だ、と告げるようにふぅと小さく息を吐く。
暫時の余韻に浸った後、机に頬杖をつき、返す刃のように問うた。
「そういう君はどうなんだ?そっちでは、恋人がいても可笑しくない年齢だろ?」
「・・・・・そうだね。1人だけいたかな。ちょっと意地悪で、構ってちゃんで、仕方の無い男の子が。」
「ふっ、よくそんな奴を好きになったものだ。」
呆れて失笑すると、ユノはくすくすと喉を鳴らし、「本当だね」と可笑しそうに眦を人差し指で擦った。
どうやら少しは元気が出たようだ。
小休止を終えると、王室御用達の
最後は別棟まで送り届けて、夜のデートを終えた。
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