第12話 ルシウス・ジュピターの功罪





「その戦役は、トロイア戦争と言った。互いの国の『神器使い』を総動員した凄惨な殺し合いだったらしい。合わせて5000人近い死者が出た。尤も、君達の世界のように、徴兵令が発令されることは無かったが。」


 これは不幸中の幸いというべき事柄であった。

 『神器使い』の強大無比な力の前で、並の兵器や魔法は何の意味も齎さない。

 吹けば飛ぶ塵芥ゴミに等しい。

 極端な事を言えば、核兵器を正面から浴びても『神器使い』は、致命的な損傷を負う事はないだろう。


 その圧倒的戦力差が、市民を戦場に送り出すことを防いでいた。


 この時代、最前線とは、『神器使い』が戦う場所であり、それ故に『神器使い』は尊ばれるのだ。


「それじゃあ、さっきの男性のご両親は?」

「恐らく、軍人だろうな。」


 正規の軍人であれば、補給の仕事であったり、占領した街の治安を維持する為に、派遣されることはあった。

 やはり最前線とはいかないが。


 軍人と耳にすると、ユノは何処か救われたような表情で、肩の荷を下ろした。

 賢明な事に、が分けられて存在する事を理解しているのだ。

 そして、無辜むこの民を戦場へと駆り立てる事が如何に罪深いのか、ということも。


「だが、それはなんの言い訳にもならない。彼等の命も1つしかないのだから。」


 本当につまらないことで命を落とさせてしまった。慙愧ざんきの念にえない。


「でも、それはやっぱり君の罪じゃないよ。君のお父さんのものだ。だから、君が責められる理由も無ければ、殴られる理由も無かった。」


 負い目が一つ無くなったからだろうか、毅然として告げるユノ。


 しかし、その論調には、些か不備がある。

 親の罪が子に受け継がれないとするのなら、どうして王位は親から子へと受け継がれるのか。

 世襲を良しとするのなら、財だけでなく、罪や恥すらも受け継ぐのが筋というものだ。


「ルシウス・ジュピターには功罪がある。」


 何より俺に罪が無いわけで無いのだ。

 首を横に振って、他人行儀に言い放つ。


 そこに篭る隔意を目敏く見抜いたユノは、怒髪天を衝く。

 溢れんばかりのマナがうごめく。

 母性の象徴のような豊満な胸を堂々と張り、巨人の如くそびえる。


「・・・・・生まれてきたのが罪って言いたいの?」


 有無を言わさぬ声であった。

 その言葉を否定する為なら、ありとあらゆる行動を許容し、ありとあらゆる手段を肯定すると、真摯な光を放つ藍玉の双眸が告げている。


 それが、セレノアとの思い出を想起させるから、とても煩わしくもあり、むず痒くもある。


「懐かしい言葉だが、違う。俺の罪は、戦争を終わらせてしまったことに端を発する。」


 全く以て、皮肉な話である。

 父の罪業が、戦争を始めたことなら、息子の罪は戦争を終わらせたことなのだから。


「どういう事?」


 虚をつかれたように言葉を失い、暫時の沈黙の後に訝しげに問い直した。

 マナの昂りも静まっていて、一時的に矛を収めることにしたらしい。


「7年前、俺は『神王の雷霆ケラウノス』と呼ばれる『神器』との適合を果たした。たった一つの『神器』を除き、決して防げない最強の火力を誇る神器だ。君達風に言うなら、核兵器に類するものと言えば分かりやすいか。」


 我は死神なり、世界の破壊者なり。

 というのは、そちら側で有名な一説の筈だ。

 反応は劇的であった。

 美貌に湛える険しさの理由が、怪訝から、非難へと変化したように思える。


「使ったのかい?」

「使うまでもなかった。」


 『神王の雷霆ケラウノス』の威力は、神話の時代より語り継がれている。

 巨神の王も、怪物の主も、天地開闢の宙さえも滅ぼすとされる究極の雷霆。

 その力が眉唾物では無いと、全ての国々が嫌という程、知っている。

 何せ自分達も『神器』を持っているのだから。


「それから直ぐにトロイア戦争は終戦し、アスラ帝国は多額の賠償金を支払った。」


 彼らからすれば、踏んだり蹴ったりな話だ。

 敵国に姫を攫われた挙句、その忌まわしき子供の手で終戦にまで追いやられ、賠償金まで支払わされる。

 屈辱以外の何物でもない。


「だったら、何も悪いことしてないと思うけど。」

「いいや、俺は確かに罪を犯した。父の罪を軽くするという国家にとって極めて悪質で、取り返しのつかないことをしたのだ。」


 万斛ばんこくの怨嗟を込めて語気を強め、拳を握りしめる。

 怒気の含まれた吐息をどうにか鎮め、言葉を続ける。


「君はさっき父のを聞いたと思っているな?」

「違うの?」

「君は父のを聞いたんだよ。」


 ユノは己の耳を疑ったようであった。


「我が父は、神王からのお導きにより、運命の相手を選び、神王の力を受け継ぐ世継ぎを作った。そして、偉大なる王子が、この国に千年の繁栄を齎してくれる。巷ではまことしやかにそう語られている。」


 これは我々が意図的に流した政治宣伝プロパガンダでは無い。

 誰かが勝手に流布し、いつの間にか広がっていた新しい時代の神話であった。

 俺はニヒルに鼻を鳴らす。


「無論、戦時中はこんな噂は一切、流れなかった。国民は高くなる物価や税金に不満を抱えていたし、貴族や諸侯は、馬鹿馬鹿しい恋物語の為に、命を懸けて戦うことに怒り心頭であった。」


 戦争に至るまでの分岐には3つの視点があると語った。

 それは我が国にも言えることだ。

 ユーサー・ペンドラゴン・ジュピターはどういう人物か。

 アヴァロン王国はどういった政治体制で運営されているのか。

 アスラ帝国との軍事力の差は。


 そして、どれか1つでも見直せば、次は戦争が起こらないようになるのではないか、と不満を持つ国民や貴族達が考えるのは、当然のことだった。


 言い換えれば、絶対王政の敷かれている国家を、立憲君主制や共和制へと変化させる機会であったのだ。


 そうする事が可能であるのなら、君主へと集中した権力を分散させ、君主の暴走を掣肘せいちゅうすることが可能となる。


「だが、戦争に勝利し、この国が世界の覇権を獲得し得ると知ると、あっさりと掌を返した。」


 それは、彼等が失ったものへの裏切りであり、己の持つ権利への背徳であったろうに。


「明敏な君なら分かってくれると思うが、結果というものは、そこに至るまでの過程を、余りにも容易く肯定してしまえる。」


 その辛辣さを身を持って学ばなければ、結果だけを見て、『戦争は文明を発展させる、戦争万歳』などとほざく事が可能なのだ。

 最早、絶句して何も言えなくなるユノに、もう一度、俺の罪業を語る。


「戦争をめでたしめでたしで終え、国家から反省する機会を奪った事。それが俺の功罪だ。」


 そして、その犠牲者が、あの男達だった。


 戦争で大切な家族を失いながらも、その痛みを大多数の人々に受け入れて貰えなかった孤独な被害者達。

 傷の舐め合いをするように、寄り合う以外の選択肢を持たない彼らが、俺の事を恨むのは、必然の成り行きであった。

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