第11話 戦争





「俺達は、お前の父親が起こした戦争で家族を失った奴らの集まりだ。」


 顔を逸らし、屈辱に震える声を出す男。

 突如として切り出された話題に、俺は思わず動揺し、彼の胸に置いた足を僅かに浮かせた。


(そういう事か。)


 そして、事の顛末を予期する。

 双眸に宿した嗔恚しんいの炎を消すように、目を伏せ、薄い唇から疲労感の混ざった吐息を零す。


「今日は偶然、集まる用があって、皆で近況について話してた。その帰り際にお前を見つけた。」


 話す度に語気が強まっていく。

 自分の感情を言語化し、それが正当であると感じる度、彼の悪意は膨らんでいるようであった。


「・・・・・正直、頭に来たよ。俺達の親が戦争で死んで、俺達の人生は滅茶苦茶になったってのに。てめぇの息子は、王都でのうのうと遊んでやがる。」


 その慟哭どうこくには、自己の無謬性むびゅうせいを疑わない自己憐憫が少なからず含まれている。

 でなければ、喧伝けんでんすることなんて出来る筈もないのだ。人間は、本当に恥じていることを滅多に人に打ち明けられない生き物なのだから。


「だから、思い知らせてやろうと思ったんだ。俺達の痛みを、苦しみを!そうじゃねぇと、分かんねぇんだろ、てめぇらは!」


 背けていた顔をこちらへと振り向け、眼差しだけで告げる。

 お前の存在が気に食わない、と。

 そのどろりとした悪意の塊は、混じり気のない美しい光と隣り合わせになって、彼の黒い瞳の中で揺蕩う。


「それって──」


 何か反駁しようとするユノを片手で制す。

 恐らく、彼女の言うことは正しい。

 いや、正し過ぎる。

 ここに2週間、勇者諸君と接して分かったのは、彼等の持つ倫理観であったり、道理というのは、嫌という程に隙がなく、客観的に平等で公平なのだ。


 だからこそ、目の前の男に受け入れられることは断じて無い。


「アイリス、悪いが、俺の目の届かない場所まで、こいつらを捨ててきてくれ。」

「・・・・・畏まりました。」


 怒りの沸点を通り越し、無表情となったアイリスは、まるで感情を感じさせない声で承諾し、乱雑に彼らの首根っこを掴んで、運んで行く。


「優しいんだね。私なら警吏けいりに突き出しているよ。」

「それだとアイリスやお前にも責任が及ぶ。つまらん事でお前らを失う訳にはいかない。」


 王太子と知りながら集団で暴行を加えようとした罪。

 彼等を正式に裁判に掛ければ、重罪は免れないだろうが、代わりに共に居て、俺を諌め切れなかったアイリスやユノにまで責任が及ぶこととなる。

 それを比較した時、憂さを晴らすだけでは割に合わない。


 重たく伸し掛る沈黙を小さく吐いた吐息で途切り、ユノの方へと振り向いた。

 藍玉の双眸には、力強い光が瞬き、一心に視線を俺へと注いでいる。


「君には、この国の事情というものを少しは話しておこう。」


 巻き込んでしまった謝罪の面もあるが、それがこの国の為に戦ってくれると語った同胞への礼儀だった。


「アスラ帝国と我が国アヴァロン王国が敵対関係にあるのは、知っているな?」

「うん、聞いているよ。」

「その原因となったのが、18年前、我が父、ユーサー・ペンドラゴン・ジュピターによるアスラ帝国の姫君イグレインの誘拐だ。」

「──えっ?」


表情を引き締めていたユノが、眉間の皺を険しくする。何度か目を瞬かせ、聞き直すように耳を少しこちらへと向けた。


「誘拐したのだ。他に婚約者のいた他国の姫を。」

「・・・・・」


 雷にでも打たれたかのように閉口する。

 彼女の反応は、正常なものだ。

 そんな無法をすれば、戦争が起こるのは、

 そう言いたげであった。


 実際の所は、国家が戦争へと至る条件というのは、そう単純ではない。

 少なくとも、3つのレベルで分析されるものだ。


 1つは、個人のレベル。政策を決定する人間の性格や思想に焦点を当てたものだ。

 何か出来事が起きた際に、彼等が、どう判断したのかという事でもある。


 ここで言うと、アスラ帝国の国王が娘を拐われた際に、どのような反応をしたのかという事だ。

 怒り狂ったか、はたまた、どうでもいいと割り切ったのか。

 もしも、後者を選んでいれば、戦争にまでならなかったのかもしれない。


 2つ目は、国家のレベル。

 国家が如何なる政治体制や経済体制で運用されているのかによって、戦争が肯定されやすいのか、否定されやすいのかに影響が出るというのが、国家のレベルの視点だ。


 例えば、民主主義国家なら、戦争をすれば主権者である国民が被害を受けることになるので、戦争が回避される傾向にあると分析できる。


 資本主義社会なら、儲けを重視し、安い労働力や材料の仕入先を確保する為に、他国を植民地化しようとする考えが浸透しやすい、と分析出来る。


 今回で言えば、アスラ帝国では君主制が採用されているので、民衆ではなく、君主の考えが、政治的行為に繋がりやすかった。

 そういう体制で国家が運営されていなかったら、姫が誘拐されても、戦争にまで繋がらなかったのかもしれない。


 3つ目は、国際システムのレベルだ。これは国家間の相互作用等に注目したものとなる。


 仮にAという国とBという国があり、両国は敵対しているものとする。

 前まではBの方が強くて、Aという国は何も出来なかった。

 しかし、Bが内戦によって一時的に弱体化した。

 そうなると、Aは、Bがまた力を付ける前に倒してしまいたいと考える。

 そうする事で戦争が起こる。


 こういった勢力均衡パワーバランスの変化が戦争を招くという考えが、この3つ目となる。


 今回で言えば、アスラ帝国とアヴァロン王国の戦力差だ。

 もしも、アスラ帝国がアヴァロン王国よりも遥かに軍事力が劣っていれば、戦争にまで至らなかったのかもしれない。


 余りに身勝手な幻想ではあるが、何か一つボタンをかけ違っていれば、戦争を回避することは叶ったのだ。


「そして、15年前、戦争が起こった。」


 しかし、戦争は起こった。

 奇しくも、俺が生まれる年の出来事だった。






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