第9話 手腕
「悩み事?」
口に含んだものを飲み込んだ茶髪の青年、カゼハヤ・ハヤテは片眉を上げて、訝しげにする。
真上に登った太陽から降り注ぐ陽射しが、枝葉の隙間を抜けて、彼の髪を
時は正午過ぎ。
午前の授業と午後の授業を繋ぐ休み時間に、ユノは早速、橋渡しの役割を果たそうとしていた。
その相手に選ばれのが、カゼハヤ・ハヤテ。Cランクの『神器』に適合し、勇者達からの信頼も厚いと言われていた人物だった。
「ん〜、何かある?」
カゼハヤは、付近を取り巻く女子の一人へと振り向き、尋ねたが、彼女はふるふると首を横に振るだけだった。
チラリと伺うように俺の方を見た所、どうにも俺の存在に遠慮しているらしい。
また、他の者も率先して意見を口にしない辺り、誰に聞いても似たような結果になるだろう。
「だってよ、今のとこ別に問題ないみたいだ。」
同じことを思ったのか、カゼハヤはおどけるように肩を竦めた。
そして、その訳を問う。
「それがどうかしたのか?態々、ルシウスまで連れて来て。」
「私が、ルシウスから君達との橋渡し役を選ばれる事になったから、今日はその紹介とついでに悩みが無いか、聞いておこうと思っただけだよ。」
「おぉ、出世したな!初対面が終わってたから、もう駄目かと思ってたんだが。」
「ルシウス、今日からこの取引相手は気にしなくても大丈夫。私がこの手で終わらせるから。」
件の出来事を揶揄するカゼハヤに、ユノは握りしめた拳を掲げて、殺意を露わにする。
微かに上がった口角は、仏のような微笑みのようだが、周囲を威圧する極寒の冷気を感じさせる。
無論、冗談だろうが。
「それは残念だ。生かさず、殺さずが最も儲かるんだが。」
この喜劇じみたやり取りに、真剣に返しても白けるだろうと思い、
「はぁ!?」
すると、ユノ以外の人物がぎょっと目を見開いて、肩を跳ねさせる。唐突に放たれたブラックジョークに鼻白んだらしい。
「冗談だぞ?」
まぁ、これはこれで良いオチになっただろ。
唖然としている彼等を尻目に、無責任な思考を巡らせて、不敵な笑みを浮かべた。
「意外と面白い奴だったんだな、お前って。」
してやられた、というように頭を搔く。
僅かな緊張を孕んだ静寂に木の葉のざわめきが混じる。
風に揺れる枝葉が降り注ぐ木漏れ日の位置を変え、スポットライトを当てる対象をカゼハヤから俺へと移す。
彼の取り巻きを含め、勇者たちで構成された閉鎖的な空間の中で、空気のように扱っていた俺を強く意識したらしかった。
それでこういう反応が出るんだから、皆から慕われる訳である。普通は部外者の分際で、と怒りを露わにするものだ。
「ん?おーい!タカマキ!」
ふと何かを思い出したカゼハヤは、声を張った。
彼の視線の先へと振り返ると、少し離れた所にあるベンチに座って黙々とパンを食べる青年の姿がある。
以前、俺に質問した中性的な青年だった。
彼は、こちらに気付くと、ムスッと顔を顰めたが、律儀にカゼハヤの手招きに応じる。
「なんだ?」
直接的で無遠慮な物言いだ。
「今、悩みが無いか聞いて回ってるんだってよ。お前、何か聞きたいことが有るって言ってたよな?」
しかし、カゼハヤは気分を害した様子もない。この無遠慮さこそが彼等が気の置けない仲であるという何よりの証であった。
実際、俺が手招きされたら、犬を呼ぶような真似をするなと苦言を呈しただろうし。
「・・・・・」
中性的な青年、タカマキ・アラタは腕を組んで押し黙る。
目にかかる髪の隙間から覗く眼光は鋭い。
どうにも悩んでいる様子であった。
「ここで話すのが嫌なら場所を変えようか?」
「いや、いい。」
やはり彼は大胆不敵である事を好んでいるようだ。ユノの気遣いを手を突きつけて断り、身体ごと反転して俺と相対する。
「冒険者になりたいんだが、許可を貰えるか?」
あー、なるほどな。
俺らしからぬ知性の欠片もない内心である。
同時に、嫌な顔一つしなかった自分の鉄仮面っぷりにも、ほとほと感心する。
「・・・・・それは、この学校を辞めて独り立ちするって事か?それとも、勉学の合間に冒険者業をやるということか?」
暫時の沈黙の後、そう問い返す。些か声が低くなり、高圧的になってしまったが、こればかりはどうしようもない。
「後者だ。学校を辞めるつもりは無い。」
「まぁ、そうだろうなぁ。でなければ、態々、許可など取る必要性もない。」
今度こそ俺は溜息を吐いた。
成程、勇者の中には
その事をすっかり失念していた。
「正直、許可は出したくない。」
端的な返事をする。
「どうしてだ?冒険者になれば、実戦経験も増えるんだろう?良い腕試しになるじゃねぇか。」
割って入るカゼハヤ。
彼の言うことも一理ある。
こちらの世界には、かつての巨人族の使役した魔獣の末裔が至る所に棲息しており、冒険者になれば魔獣と相対する機会は有るだろう。
それによって、実戦経験を積む事が出来るのは確かだ。
「理由は幾つかあるが、一番はそんな余裕あるのかって事だ。君達がこちらの世界に来て、2週間強。神器の使い方もある程度、覚えて、クラスに合流したが、まだまだクラスメイトに追い付いたとは言い難い。実戦経験を積むよりも先にすべき事があるだろう?」
責め立てるような正論に、カゼハヤは「うぐっ」と呻き、タカマキは顔を顰めた。
しかし、俺は彼等に悪いとはまったく思わなかった。
彼等の生活費も娯楽費も、現在、我々が無償で提供している。今、こうしている時間も我々は金を払っているのだ。
それ等は将来の彼等が稼ぐだろう金額からすれば、雀の涙ほどの金額だろうが、決して馬鹿に出来る金額ではない。
そこに対する忠誠心を持てというのは、当たり前のことだろう。
「それに、冒険者なるにしても、神器は貸し出せない。あれは、君達が神器使いになる為の訓練の名目で貸し与えられたものであって、君達が金稼ぎをする為に貸したものでは無い。」
それに国防の意味合いもある。
そもそも冒険者に『神器使い』など殆どいない。いたとすれば、国の認定を受けた信頼出来る人間だけだ。
『神器』とは、彼等の世界観で語れば、空母とか、戦艦とかいったものに等しい。
分かりやすく言えば、兵器なのだ。
それを高々、民間軍事会社、傭兵風情に明け渡す訳が無い。
国家とは何か、それ即ち『特定の領域内で正統な暴力を独占する共同体』の事だ。
ルールの話で考えれば分かりやすい。
法律を守らせる為に警察がいる。
必要とあらば、警察は銃を抜くし、暴力も振るう。
しかし、警察がいなければ、法律は守られないのだから、法律を守らせるには、警察という暴力を振るう存在は仕方ない存在──『必要悪』となる。
その『必要悪』が帰属する対象こそ国家である。
つまり、理由を付けて暴力を肯定化し、軍や警察などの暴力装置を占有的に保有する存在。
それが国家というものの本質の一つだ。
その特権を、国家は、俺達は誰にも渡す気は無い。
「「・・・・・」」
後味の悪い沈黙が漂う中、ふと俺の肩にちょんちょんと誰かの手が触れる。
そちらを振り向くと、待ち構えていた指がむぎゅっと頬を突いた。
「あっ、引っかかった。」
綻ぶように笑声を鳴らす。
その犯人は言わずもがな、ユノだった。
「なんの真似だ?」と視線を鋭くして問い
「自分の言いたいことだけを言い過ぎだよ。それじゃあ、一方的に駄目って言ってるのと変わらないじゃないか。まだ出来ないって決まった訳じゃないのに。」
責めるように俺を指差した後、彼女は不敵な笑みをひらめかせた。
タカマキやカゼハヤが驚いたように目を瞬かせ、俺は視線だけで続く言葉を促す。
「先ず一つ目については、タカマキ君が水準に到達していない客観的な証拠がない。そこはちゃんと試験を用意してもらわないと。神器に関しても、訓練目的じゃなくて、仕事目的としても申請が出来るんでしょ?その申請をする前に駄目というのはナンセンスだよ。」
「・・・・・どうしてそう思った?」
語るに落ちているとは思うが、敢えて俺は訊く。
彼女も予定調和のように朗らかに言った。
「君が言ったんじゃないか。神器の使い方は戦闘だけじゃないって。それなら、何かしらの職業で神器が使用されていて、その為の手続きがあるのは、少し考えれば分かる話さ。」
当たっている。
神器が貴重なものであればあるだけ、その取扱いには正式な手続きが求められる。無論、そこには神器の使用申請も含まれる。
当たり前の事だが、専門知識抜きで、そこまで見抜いたのは、彼女の慧眼の賜物だろう。
そして、前者に関しても、客観的な証拠が無いと言われれば、その通りだ。
ユノの語った理屈を認めた俺は、にやりと口角を上げる。
彼女は俺の望み通りの働きをしてくれた。
些か保守的で頑迷に過ぎる俺に異なる角度の正論をぶつけ、俺と勇者達の間の決定的な決別を避けた。
見事な手腕と言わざるを得ない。
「それなら、今月の末に3ヶ月に1回の『
立ち塞がる壁のように背筋を正し、金色の双眸をタカマキの方へと向ける。
そして、「さぁ、どうする?」と威厳を持って覚悟を問う。
彼は射竦められた後に、万感の意志の篭った「やる」のたった二文字を返した。
──────────────────────
拙作を読んで頂きありがとうございます。
それと何回も書き直してすみません。勢いで書いてたらプロットとズレまくりました。
ちょっと軌道修正させて下さい。
これからも書き続けるつもりですが、私は度々、書き直す事があると思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます