第8話 野望





《ユノ視点》




「今からでもお二人でデートに行かれるよう訂正なさるべきです。どうか私の事などお気になさらないでください。」


 会談後、私の元にアイリスが訪れていた。

 やや早口で唱えられる諌言には、彼女の強い意志がよく現れるように語気が強まっている。

 多分だが、私がアイリスに気を遣って、デートの人数を増やしたと考えているのだろう。


 確かにその側面も無くは無い。

 彼女の恋も救ってあげると言った手前、何の根回しもせずに自分一人だけデートに現を抜かしていれば、少なからず不満の芽を生み出す可能性が有る。


 ある程度、アイリスに配慮する必要性があったというのは、事実だった。


「あはは、もう駄目さ。言っちゃったからね。それに、私は別に無理をしてる訳じゃないよ? 」


 無邪気に笑って、整った形をしている翠玉の眼と視線を重ねる。

 彼女の碧眼は、私の言葉に嘘はないと感じたのか、驚いたように瞳孔が大きくしている。


「君には言ったと思うけど、私にも野望がある。彼の正妻になって、一生一緒にいる。その為に我慢する事があるだけだよ。」


 受験競走でも、何でもそうだろう。

 一つの目的を定めたのなら、そこに向かって努力を積み重ねなければならない。

 その為に娯楽を我慢したり、やりたくない事もやったりもする。


 私が正妻という立ち位置を狙っている以上、彼への独占欲を制限しなければならないのは、分かりきった事だった。


 そうする事で、アイリスや彼を慕う女性と連帯し、彼女達の支持を持って、正妻という地位を磐石なものとする。

 勿論、その戦略とは別に、ルシウスからの愛は自力で獲得する気ではいるが。


 決然と言い切ると、アイリスは閉口した。

 可愛げのある眉間に険を寄せ、目線を斜め下に外し、懊悩を露わにする夢魔の姿は、なんともいじらしく、女性の私でも抱きしめたくなる。


「ですが・・・・・それはセレノア様であれば、当たり前にお手に出来た物の筈です。」


 それを妨害しているのが自分であるという後ろめたさを伴って、力無く語った。

 私は苦笑しながら頬を掻き、説教をするように言い含める。


「今の私はユノ・アイカだよ。」


 それ以上のことをルシウスに伝えるつもりは無かった。

 もしも言ってしまえば、ルシウスは満足してしまう。私と共に歩く事を選択し、大いなる王の道を行く事がなくなってしまう。


 ──それは、ルシウス・ジュピターの為にはならない。


 彼には王に相応しい才能が有り、その道を行くだけの覚悟が有る。それを私個人の身勝手な欲望で破綻させることは出来ない。

 そう諭すと、アイリスは悲痛な表情を隠すように一礼する。


(そんな顔をする必要ないんだけどなぁ。)


 私の思う幸福は、ルシウスの幸福の元に有る。他ならぬ私自身がそう考えているのだから。


 一度目の人生を病によって失った私は、幸か不幸か、冥界に行くことが出来ず、時空の狭間へと迷い込んだ。

 その先で異世界に漂流し、転生することになったのだが、それまでの歳月を、1秒が100年に感じられるような、右と左が重なって存在するような、出鱈目な世界に晒され続けた。


 その時に私を救ったものが、ルシウスからの祈りだった。死者を想う強い祈りが、私を暖かく包み込み、揺籃ゆりかごとなって転生するまでの月日を護ってくれた。

 そして、二度目の人生でも夭折ようせつしそうな私を召喚して助けてくれた。


 その際に感極まって粗相をしてしまったが、それもまぁ、許してくれた。


 感謝してもしきれない。私の全てを捧げなければ、嘘だっていうくらいに愛おしい。

 どんな願いも彼の不幸の上に築く気はない。


「そんな暗い顔してないで、明日のデートについて考えよう。きっと普段は見られない情けないルシウスが見られると思うよ。」


 気を落とした様子のアイリスに悪戯っ子ぽく笑いかける。

 俯いていた顔を上げ、彼女は「そんな・・・・・まさか」と呟いたが、私はあり得ると考えていた。


「君、忘れたのかい?あのルシウスだよ?興味あること以外は、とことん無頓着な。身なりとかは、品位を落とさないように、しっかりしてるけど、流石に放課後デートの仕方とか分かって無いと思うよ?」

「・・・・・そういえば、そんな時期もございましたね。」


 決め付けて掛かると、アイリスはぱちくりと目を瞬かせ、相好を崩した。

 その過去に想いを馳せるような笑みが、羨ましくないのか、と問われれば、嘘になる。

 きっとこれから先も似たような想いが続くのだろう。


 それでも、あの微睡まどろむような温もりをもう一度、感じられるのなら、私はまるで構わなかった。

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