第5話 故郷への忠誠心




 訓練は、『神器』にマナを通すという最も初歩的な所から始まった。

 マナは、万人が持つ魔法や神器を発動させるためのエネルギーの事だ。分野によっては、まるで解答が異なるが、事戦闘においては、この程度の認識でも問題は無い。


「皆、しっかりと集中していますね。」

「そうだな。」


 アイリスの感心する声に俺も同意した。

 その視線の先には、槍や剣、盾など様々な形状の『神器』を手にし、ひたむきな様子で訓練にあたる勇者達の姿がある。


 意外な事に、彼等の授業態度は真面目そのものだった。

 訓練に関係の無い会話は余りしないし、気づいた点や上手くいくコツなどは共有し合う。

 正しい意味で、試行錯誤という言葉が適用されるような清々しい光景だ。


(この勤勉さが3年間続くようなら、少しは信頼してやるべきか。)


 素直にそう思う。

 俺は、些か以上にが強く、権謀術数を巡らせる性格だが、滅私奉公しろと一方的に献身を強要する程、破廉恥では無いつもりだ。


 彼等が信頼を積み重ねていくのなら、我々も相応の待遇を持って遇するつもりである。

 尤も、ただ勤勉なだけで、国家の重要な役職を任せる判断をする訳にはいかないが。


「にしても、やはり飛び抜けているのは、例の4人だな。」


 例の4人とは、Dランク以上の『神器』に適合した4名の事だ。

 1人は、茶色い髪の端麗な容姿の青年。

 不死と俊足の英傑の力を宿す神器と適合し、今はマナの扱い方のコツをいち早く掴んで、周囲にアドバイスしている。


 1人は、俺に物申した中性的な外見の青年。彼は人付き合い合いは苦手なのか、周囲と少し離れた地点で、竜殺しの魔剣と謳われる神器を振るっている。


 1人は、妙齢の女性。年齢の異なる彼女は、他のメンバーとの距離感に悩みつつも、献身的に他の勇者と接しているようだ。


「・・・・・そうでしょうか。私の目には飛び抜けているのは、一人のように映りますが。」


 面白くなさそうに呟くアイリスだったが、彼女をして、最後の1人の才幹は認めざるを得ないらしい。

 最も強力な神器の一つ、『神妃の指輪ヘーラーズ・リング』を操る彼女は、忽ちマナの使い方と神器の使い方を学習し、今となっては神器の固有能力すら使いこなしている。


「ねぇ、ルシウス。今度、デートに行く時はこれに乗って行かないかい?中々の乗り心地だよ?」


 早速、ルシウス呼びしているユノが跨るのは、体長5m程の中型の赤竜。

 縦に割れた金色の瞳と紅蓮の鱗を持つ、いかにもな龍であり、本来は人を乗せるなど有り得ない獰猛な魔獣だ。

 しかし、龍は暴れることは一切せず、ユノの命令に絶対服従しているようだった。


「騒ぎになるから却下だ。」

「あはは、だよね。」


 にべもなく断られても、些かの痛痒を感じていないようにユノは笑い、「やっぱり駄目みたい」とおどけた様子で友人達の元へと戻っていく。


 その颯爽とした後ろ姿を見ると、やはり彼女も学生なのだな、と当たり前のことを再発見したような不思議な感慨深さを覚える。


「デート、ですか?」


 尤も、蛇に睨まれたような心地にすぐに上塗りされてしまった訳だが。

 冷ややかな視線が隣から送られてくるのを感じた俺は、脂汗を浮かべながら慌てて弁明した。


「いや、デートというのはだな。言葉の綾というか、なんというか、兎も角、浮ついた気持ちがある訳じゃないぞ。」

「別に何も言っておりませんが。」


 しかし、アイリスの反応は、淡白なものだった。

 薄い唇から溜息を一つ落とし、彼女は長い睫毛をやれやれと伏せ目がちにして、言う。


「大方、街を歩いてみたいとお思いになられたのでしょう?日頃、羨ましげに街の方を見ておいでですから。」


 そう指摘されると、俺は「うぐっ」と呻き声を上げる。

 会って間もないユノに見抜かれるぐらいだ。

 付き合いの長いアイリスには、尚の事だった。


 浅ましい欲望を暴き立てられた俺は、羞恥心に駆られ、悄然と首を項垂れさせるのであった。





 授業を終え、学園から王宮へと戻った俺は、勇者達に関する報告書を作成していた。


 そもそもの話だが、俺が我が父、ユーサー・ペンドラゴン・ジュピターに任された任務とは、勇者召喚の儀を成功させ、彼等の管理を一手に引き受ける事だった。


 勿論、彼らを監視し、いざと言う時に処刑せよ、という敵対的な指令ではなく、彼等を暖かく迎え、我々の味方にしろ、という友好的な指令である。


 現状、彼等に魅力を感じていない俺も、父上からの命令とあっては、断ることが出来ず、渋々、任務に当たっている。


(現状、特筆すべきことはユノについてぐらいだな。)


 一週間の事を思い返しながら、羽根ペンを進める。

 やはり、最も強く印象に残っているのは、ユノの事だ。

 彼女の圧倒的な能力の高さ、俺への強い関心、何より前の世界への無頓着さが際立っている。


 俺が前の世界への未練を尋ねた時、彼女はいたずらに歓喜したり、痛切したりせずに、


「帰れないのは残念だけれど、駄々を捏ねても戻れる訳じゃないし、それにこっちには君がいるからね。」


少し寂しげに微笑むのみだった。

 俺の気の所為かもしれないが、彼女は本当に前の世界のことを、割り切っているように思える。


(もしかしたら、向こうの世界で旅を頻繁にしていたのかもしれないな。)


 そういった人物は、別れに慣れていると耳にしたことがある。

 尤も、この国に生まれ、この国を出ることなく死んでいくだろう俺には、到底、洞察出来ない感情だろうが。


(・・・・・なんかユノのことばかり書いていたら、彼女の事を気になって仕方ない奴みたいになってしまった。)


 一通り書いて、もう一度、報告書を上から読み直した時、思わず取り留めもないような事が、気に掛かった。

 無視しようかとも考えたが、どうにも居心地が悪いので、彼女以外についても付け足すことにする。


(他は、大きく分けて2パターンだな。俺に迎合するか、俺に反発するか。何方にせよ、目の前のことで精一杯な印象だ。)


 ユノのような視座の高さが、彼等には見受けられない。

 無論、それは非難に値するものでは無い。

 唐突に異なる世界に連れてこられたのだ。先の事を考える余裕が無いというのも十分に理解出来る。


 それに対して、俺がしてやれるのは、彼等の不安をなるだけ軽減するように、働きかけるくらいのものである。


 情報に透明性を持たせた上で選択権を与える、身の回りの自由を無意味に束縛したりしない、ある程度の金銭的余裕を持たせる。

 具体的な内容は、こんなものだろう。


(ただ、問題は彼等がこちらの世界に慣れ始めた頃だ。余裕が出てくれば、彼等は必然的に気付く事となる。)


 己の中に、元の世界に戻りたいという強い想いがある事に。

 そして、それこそが俺の重要視した執着の1つ、故郷への忠誠心だった。




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