第4話 メーティス学園




 メーティス学園。

 工学、魔法学、生物学、政治学、法学、戦術学など数多くの学部を抱え、年間数百人以上の生徒に高度な教育を施す王都最大の学園である。


 街を切り取る広大な敷地は、王都の東部に位置し、ゴシック様式で建築された壮麗な校舎や巨大な円形闘技場アンフィテアトルムなど様々な施設を保有している。


「今日から転入生する事になりました。ユノ・アイカと申します。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、これからよろしくお願い致します。」


 そして、勇者達が今日から通う事になる学校でもある。

 特別進学科1年Aクラスの面々に頭を下げたユノは、集まる視線を物ともせず、俺の隣席へと座った。

 周囲の視線は、大きな驚きを孕んだものの、HR中に騒ぎを起こすほど愚かな者はいないらしく、すぐに教師の方へと視線を戻した。


 暫時の時を挟んで、HRを終えると、クラスは普段にない活気を見せる。


「異世界って何処の異世界?魔導皇国?それとも科学大国の方?」

「ビルディングとかもあるんだろう?こっちの世界じゃ魔術防壁の関係で高さが規制されてるから、作られてないんだ!一度でも良いから見てみたいよ!」

「何か分からないことがあったら、何でも聞いて下さいね。慣れないことも多いでしょうが、一緒に頑張りましょう。」


 餌に群がる蟻のように転入生諸君の元に人が集い、小さな輪を三つほど形成する。

 しかし、俺の隣席、ユノの元を訪れるものは殆どいない。


「もしかして君って人気無い?」

「・・・・・自分の事とは思わないのか?」


 憐憫を込めた眼差しが隣から向けられたので、呆れたように皮肉を返す。

 ユノは思わぬ事を言われたと目を瞬かせた後、細い顎先を親指と人差し指で挟んで、思案げにする。


「うーん、私の経験上、人気が無かったって事は無かったからね。あんまり考えにくいかな。」

「なら、貴重な経験をしたと思うことだな。」


 少し突き放すように言う。

 あくまで人気があるか、無いかという問いかけに答えを出さないあたり、語るに落ちていると思うが、俺にも意地というものがあった。


「なんだ、拗ねているのかい?安心しておくれよ。私は君が世界中から嫌われていたって、君の事が大好きだよ。」


 不敵な微笑を閃かせ、臆面もなく愛を告白するユノ。流し目を送る碧眼には、水光のような理知の輝きが揺蕩う。

 見透かされたような気がして眉を顰めた時、ガタンと物々しい音が耳朶を打つ。


 音のするほうを見遣れば、前の席に座るアイリスが立ち上がって、底冷えする視線でこちらを見下ろしていた。


「殿下、そろそろ移動のお時間です。」

「そ、そうか。」


 狼狽を露わにする俺に溜飲を下げたのか、アイリスは小さく鼻を鳴らし、視線を横にスライドさせる。

 翠玉の視線と藍玉の視線が交錯する。

 片や睨みつけるように、もう片方は驚きを孕んだように、互いの色を瞳に映し出す。


「それとユノさん、殿下は忌避されているわけではございません。余りに尊いお方ですので、皆が萎縮しているだけです。どうか勘違いなさらないで下さい。」

「あっ、うん、ごめん。」


 強い語気に、ユノは面食らった様子で謝罪した。

 飄々とした印象の強い彼女だったが、今回ばかりは気圧されているようだ。

 意外と押しに弱いのか?

 だからといって、俺が勝てる姿をまるで想像出来ないのだが。


 俺はユノから視線を外し、再度アイリスへと戻す。その視線に咎める意味合いが込められていたのを、彼女は瞬時に察したようだった。

 

「というか、そういうのを目の前で言われると、面映おもはゆいんだが。」


 余計な事を言うな。そういう暗喩である。


「申し訳ございません、出過ぎた事を申しました。」


 ぺこりとお辞儀をしたアイリスだったが、恐らく反省はしていないだろう。いかにも上辺だけの謝罪だったし。

 俺は溜息を吐き出し、立ち上がる。

 朝の喧騒も束の間、そろそろ授業の時間だった。







 一時限目の授業、俺は12名の人物を第一戦闘訓練場に招集した。無論、彼等は神器使いと目される勇者達である。

 緊張した様子で直立する彼らの前に堂々と立ち、俺は授業を開始する。


「集められた理由に気付いているものも多いと思うが、改めて言っておこう。ここに集められたのは、『神器』に適応した者達だ。君達には、他の授業よりも、先ず『神器』の習熟に力を入れて貰いたいと思い、招集した。」


 その言葉に、多くの生徒は爛々と目を輝かせたが、妙齢の女性だけは嫌悪感に満ちた顔をした。

 確か、元々勇者たちの教職に就いていた人物だった筈だ。

 年齢は幾らか離れているが、神器への適性が認められているので、他の勇者同様、学校に通って貰っている。

 名前はサワグチ・カスミだったと記憶している。


 嫌な顔の理由は、国が子供の教育に恣意的に介入する事を、快くは思っていないからだと推測出来る。

 彼女達のいた国では、異世界における『教育の自由』が認められていたのだから。


 しかし、彼女も良い大人なのか、ここが異なる世界であることを念頭に置き、今回はぐっと堪えたようだった。

 なので、次の疑問を投じたのは、まるで異なる人物だ。


「それは、つまり戦う為の訓練をするって事か?いつか兵士として戦場に送り出す為に。」


 青天の霹靂だった。

 まるでオブラートに包まれない直截ちょくせつ的な発言が、この場にいる勇者達を大きく震撼させた。

 彼等が内心、気になってやまない事を、余りにも率直に尋ねたからだ。


 俺は質問者を見る。

 中性的な印象を受ける青年だった。体付きは中肉中背で、背丈は170cm程と高くもなく、低くもない。

 地味な髪型で隠れがちだが、磨けば光りそうな整った顔立ちをしていて、特定層の女性に強く好かれそうだ。


 とはいえ、外見の話であり、少なくとも彼は俺に直接、物を言う程度には、漢気に溢れていた。

 まぁ、こちらの予想を超えた質問とは言い難いが。


「一応、そうなる。ただ、『神器』の使用方法は必ずしも戦闘に限定されないし、正式に『神器使い』になるかどうかの意思は、必ず君達に確認する。」


 これは、単に勇者達の人権を考慮した人道的な判断というだけでなく、嫌がっている相手に無理矢理、押し付けて、国家の秘宝である『神器』を持ち逃げされたり、反旗を翻されたりする事を防ぐ為の措置でもある。


 余程の窮状に陥らない限り、本人の意思が無い者に、『神器使い』になる事を強制することは無いと断言出来る。


「だから、進路を決定するまでの腰掛けぐらいに思ってくれればいい。但し、学園生活が有限であることは、くれぐれも留意して欲しい。卒業間際で、進路を変更したいと言われても、我々は責任を取れない。」


 そう締めくくると、勇者達は一応の納得を見せた。言葉だけで信用してしまう辺り、チョロいと感じるが、今度こそ俺は余計な一言を言わずに、この話題を終わらせた。


「他に聞いておきたいことは有るか?」


 一々、止められるのは面倒なので、質疑応答の時間は一息に終わらせてしまおうと、試みる。


「・・・・・あのルシウス、殿下が、先生を務めるんですか?」


 すると、生徒の1人が、ぎこちない敬語を使いながら、素朴の疑問を投げ掛けた。

 彼の表情は、「そもそも同年代だったのか」とささやかな驚きが滲んでいる。


「そうだ。君達が最低限のレベルに達するまでは俺とアイリスが指導する。心配しなくても良い。基礎的な部分は、そこまで難しくないから、俺たちでも十分教えられる。」


 『神器』の取り扱いは、差程、難しくない。

 極まった領域に踏み入れる者は極小数だが、一定の練度に到達するのは、コツさえ掴めばあっという間だ。

 そもそも『神器』に対する資質が有るから、選ばれた訳なんだし。


「それと俺の事はルシウスで良い。敬語も不要だ。学校にいる間は、一生徒として扱う決まりになっている。」


 尤も、名目上のもので、実情としては上下というものが存在しているが。

 そう心の中で呟いたが、これは言わぬが花であろう。あからさまに胸を撫で下ろした者もいるみたいだし。


 「他には?」と俺は一同を見渡したが、挙手するものは誰もいない。


「それでは、授業を始める。」


 始業のチャイムから5分、漸く授業の開始を宣言した。

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