精神病院からの独白

夢原幻作

第1話 わたし


 ここはどこ? 白い部屋だ。


 わたしはだあれ? 知らない。


 どうやら、記憶を失ってるらしい。



 そんなことを思っていると、わたしは、正体不明の白い悪魔から「おくすりの時間です」と言われる。


「おくすり?」

「セーシンアンテーザイです」

「セーシンアンテーザイって何?」


 白い悪魔はわたしの疑問には答えず、ただ渡してきた。

よく分からなかったけど、とにかく口に入れた後、水で飲みほした。




 それにしてもここはどこなんだろう。


 そう考えてたら、ベッドの横の小棚に、白い封筒が置かれてるのが見える。


 特に深く考えず、わたしは開封して読んでみることにした。




(1通目)


 わたしはあなたの母です。


 あなたはきがあれなので精神病院に入れました。なのでここは精神病院です。



 ゆえにあなたは自分のことが大嫌いで。違う自分になりたいといつも言っていました。その最中に見つけたのがバーチャルユーチューバ―です。 つまりVtuberです。



 虚像を画面に映し出すらしいです。



 その虚像はあなた好みの姿に変えられるらしいですよ。人格もね。あなたは自分はこのために生まれてきたと大いに喜び、配信機材も購入してVtuber活動を始めました。


 また様子を見にきますね。



(2通目)


 わたしはあなたの母です。


 あなたの名前は朋坂ともさかヒルと言います。



 ヒルちゃんはもし記憶を失っていなければ、今頃きっとVtuber活動をしていたであろうものだと、思われます。ゆえに本来の自分を思い出してVtuberをすることをおすすめいたします。


 それはそれは、それはそれは、とても素晴らしい活動でした。


 Vtuberに対するひたむきな姿勢に、とりこになるファンも続出したようです。


 あなたはVtuberの象徴です。


 また様子を見にきますね。



(3通目)


 わたしはあなたの母です。


 あなたのような娘を持てて、わたしは誇らしいです。やがてあなたは世間を巻き込むセンセーショナルな出来事を起こすのでしょう。


 ところでVtuberはどうなりましたか?



(4通目)


 わたしはあなたの母です。


 わたしはあなたの母です。



 ―――――――――――――――



 わたしは。あらかた手紙を読み終え、非常に満足した。


 なぜなら。自分の素性が分かったから。


 わたしの名前は朋坂ヒルだと言う。さらにVtuberも以前、やっていたことを知った。



 なら、早速やってみなくちゃ?


「Vtuberって見た目も人格も変えられるんだって」


 わたしはVtuberの姿を自分とは違ったタイプの可愛い女性にした。

さらに人格も、自分とは違ったタイプのものにした。例えば、一人称をわたしから“我”にし、話し方も古風な感じへ。語尾に“なり”をつけてみる。


「我は朋坂ヒルなり」



 せっかくなので名前も変えてみることにした。



 ルヒカさもと



 これは、朋坂ヒルを逆から読んだもの。



 Vtuber ルヒカさもとが生まれた瞬間だった。




 こうしてわたしは精神病院から配信をすることになった。


「我はルヒカさもとなり」


『ルヒカちゃん待ってました!』

『今日も配信をしてくれるんですね』

『生きがい来た!』

『こんばんは~』

『今日も見れて嬉しい』



 ところでこの人たちは誰なんだろう。



 それ以上の疑問として、なぜわたしはVtuberルヒカさもとに色を塗らなかったんだろう。


 画面に映っているわたしには、色がない。


 モノクロのコンセプトも、それはそれでありだけど、わたしには少し寂しく感じた。



 わたしの見える世界もモノクロで。




 それから一体何日が過ぎたのだろう。気づけば声をかけられていた。


夕紀ゆき! ここにいたのね。会いたかったわ!」


 見知らぬ女性から、そう呼びかけられていた。わたしは当然のように疑問で返す。


「あなたは誰ですか? というか、わたしの名前は夕紀じゃない。朋坂ヒルです」


「何を言ってるの。あなたの名前は雨野あめの夕紀ゆきよ!」

「あめの…ゆき…?」

「そう。それで、わたしはあなたの母なの」


 あまりの認識の齟齬から、わたしはとてつもなく気分が悪くなった。


 なぜこの人はわたしに嘘をつくの?


 わたしの名前は朋坂ヒルだというのに。



「お前はお母さんじゃない!!!」



 激昂したわたしは、小棚にあった花瓶を女性の頭にめがけて投げつけた。



 ガシャン!という花瓶が粉々になる音とともに、女性は床に倒れ、赤い液体が広がった。赤い花びらもヒラヒラと落ち、そこに添えられる。



 赤。


 モノクロだった世界に色がついたことで。生きてるってこういうことなんだ!と実感した。


「何をやってるんですか?!」


 白い悪魔たちがわたしを拘束してくる。わたしは「放してよ!」と抵抗した。




 そのとき。


 視界の先に見えたパソコンの画面に、わたしの姿があった。


 わたしはその人物にめがけて言った。いや、聞こえた。


 いや、言った。




『我はVtuberなり』






 終



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精神病院からの独白 夢原幻作 @yumeharagensaku

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