第2話「二択の良いとこどり」

 新左ヱ門は、いつのまにか配下の軍中にポップしてきたお助けキャラの如き存在であった。彼が特別扱いというわけではなく、

「見所ありそうなヤツはとりま使ってみよーぜ!」

「明日から来れる? 週5くらいで入れると嬉しいんだけど」という、藤吉郎の実力主義が、流れ者たちの受け皿となっていた側面もある。


 新左ヱ門が名字を名乗らぬ理由は分からぬが、大事なのは、彼の出身地と知識であった。近畿から出てきたと自称するこの若者は、堺近辺で活動する商家の活動に詳しく、配下の中でも比較的ビジネスマナーに通じている点に多少の見所があった。


 そんな男の献策である。


 素性の怪しい若者とはいえ、仮にも軍議の末席へ着いた者だ。戦場を知らぬわけではない。……が、小松・落合といった武辺者に割って入るには荷が勝ちすぎるように思われた。


 ともあれ、場の流れを考えれば無視できない意見だ。先を促すと、新左衛門はこのように続けた。


「殿は人か馬かの二択だと仰られる。しかし、拙者は人でも馬でもない、第三の援軍を用意することを進言させていただきたく御座る」


「第三の選択肢……とな。ふ、さては貴様、虎でも送ってみると申すか?」


 藤吉郎がジョークで応じてみると、座はなんともいえない苦笑いで満ちた。


 苦笑いの殆どは、藤吉郎に真っ向から疑問を呈した新左衛門への嘲笑である。仮にも主人の提案を不十分と言うのだから、相応の覚悟があるのだろうな、と念を押す意味でもぶつけたジョークであった。

 対し、新左ヱ門。座の空気や主人からの圧を意に介することもなく、言ってのけた。


「それがし、牛を使うことを提案いたしまする」


「う、し?」


「ン゛ん゛モォぉ~と鳴く、あの『牛』でござる」


「鳴き真似うまっ……」


 新左ヱ門は、牛を使わば、騎兵ほどの費用を掛けずに織田軍の陣容を充実させ、歩兵以上の厚みを戦場にもたらすことが出来ると断言した。

 そんな、人と馬とのいいとこどりが出来るようなウマい話があるのか。牛なのに。


「僭越ながら、殿はBuffaloなる品種の牛をご存知でありましょうや」


「ばふぁろーとな」


「Buffaloで御座る。Repeat after me, "Buffalo"」


「よう回る舌じゃのう」


 舌が回るという慣用句を、物理的な意味で使うことになるとは露とも思わなかった藤吉郎である。それほどに新左ヱ門の"R"と"L"の使い分けは見事なものであったが、今はどうでもいい。新左ヱ門以外の同席者はアルファベットとか知らんし。


『ばふぁろー』とは何ぞや、と問い返せば、新左ヱ門はこのように述べた。


「Buffaloは、遥か西方の米利堅メリケンという国に生息する牛の一種で御座る。日ノ本とは縁の深いからの国にも近縁種がいるとか」


「しかし、所詮は牛であろうが。荷駄の供とするならまだしも、援軍などと……」


「Buffaloは在来の牛と異なり、発達した筋肉を有しておりまする。背筋などは山のように盛り上がり、間近に見れば小山が動いたかと見紛うほどでありましょう」


「だが……」


「我らの知る牛を遥かに超える剛力を有しながら、その筋骨を以て牛以上に速く走る芸当も可能とする。『人』のように高い踏破能力と、『馬』の如き突破力を兼ね備える。それがBuffaloにて御座る」


 淀みなく語るその声に、武将たちは、そんな都合のいい牛が本当にいるのか、居たとしても何頭用意できるのか、訓練はどうする、と小声でそれぞれの疑問を口にする。


 武士といえど、いや武士だからこそ畜獣の意義は身に染みている。戦や調練で馬の力を利用しながら日々を送る彼らにとって、馬同様に身近で、かつ、鈍くは見えても力強さとあればこれ以上ない「牛」を持ち出され、感じ入るところが少なくなかったのであろう。


「それがしに任せていただければ、『人』と『馬』のいいとこどりをした軍を作ることも不可能ではございませぬ」


 新左ヱ門の弁舌に、藤吉郎は思わず舌を巻く気持ちであった。

 彼を嘲笑しようとしていた座は、今やすっかり「ばふぁろー」に吞まれてしまっている。ただ数回の応答でこんな具合なら、彼の進言通りに戦場へ「ばふぁろー」を投入できればそれだけで全てをぶっ壊せるかもしれない。……と、藤吉郎ですら都合のいい考えが頭によぎるほどであった。


「うむ、その『ばふぁろー』が事実ならば面白いが、戦となれば話は別じゃ。今聞く限りは都合の良いことしか述べないお前の気持ちは分かるが、なんぞ弱点があるに違いなかろう」


「大陸の種でござるから、数を融通するのは容易ではありませぬな。尋常の牛より速く走れるがゆえ、方向転換は苦手なので御者にも心得が要りましょう。後は……食うとなれば、筋が硬くて嚙み切れぬと聞いておりまする。ははは」


 小粋なジョークも交えて返す新左ヱ門へ、藤吉郎は「歯を見せるな」と言った。


「今、俺は、真剣に聞いておる」


「……はっ。申し訳ございませぬ」


 座が、再びどよめいた。


(殿は、「ばふぁろー」を用いる気でおられる)


 居並ぶ将の間には、銭勘定に詳しいだけの若造に先を越されたという嫉妬と、牛を戦に用いることができるのかという好奇心が既に広がりつつあった。




 2日後、新左ヱ門のまとめた献策が書面となり、木下配下のごく一部にのみ出回った。内容は、かくの如き触書である。


一.織田家の要請に対し、牛馬三十頭と歩兵三百を以て清須城へ参上させる由。

一.歩兵のうち、百を牛馬の御者とす。

一.此度の牛馬の訓練実に過酷なり。尋常の騎馬、荷駄輸送とは発想を異とすべし。

一.かかる事由により、御者にあたっては重傷を負うことも厭わぬ者を求む。

一.ついては募兵のため、将は次のような人材を新左衛門と面接させる由。……検地の経験がある者、字が書ける者、云々……


 程なくして、領内の村と、藤吉郎指揮下の陣中を、新左衛門が昼夜の別なく走り回る姿が見られるようになった。

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