第38話 クリムゾン田中
目を覚ますとそこは見知らぬ天井だった……などという冗談を言っている場合ではない。
俺は『世界樹』と戦っていて……
「グロリアは!? 世界樹はどうなったんだ?」
やたらと肌触りの良い布団を払いのけて慌てて周囲を見回すと、そこは学習机と、本棚があるふつうの部屋だった。
そう、普通なのだ、前世の日本だったのならば……
「え? 待って、今までのはまさか夢じゃ……」
「あ、起きた? よかったー。羊羹モドキと緑茶モドキもってきたけどよかったらどうかな?」
扉を開けて入ってきたのは眼鏡をかけた温厚そうな黒髪の青年である。彼の手にはお盆があり、そこには見慣れた羊羹と湯気の立ったお茶が入って……
待った? 彼は今モドキっていった? だったら……
衝動的にたちあがって窓の外を見るとそこに広がっているのは、西洋の街並みだった。それだけではない、ワイバーンに乗っている騎士らしき人が滑空しているのが目に入る。
「やっぱり夢じゃなかった?」
「そりゃあ、そうだよ。僕たちは転生したんだからね。もう、元の世界には戻れないさ」
驚く俺に苦笑しながら目の前の青年は机にお茶と羊羹モドキとやらを置く。
「よろしく、シンジ君。僕の名前は田中聡……ああ、こっちではクリムゾン田中って名乗ってるよ。君に聞きたいんだけどさ……ハンターハンターってキメラアント編からどうなった? そろそろ完結したかな?」
青年はちょっと恥ずかしそうにそう聞いてきた。
「じゃあ、グロリアや他の冒険者たちは無事なんだね」
「ああ、もちろんだよ。というか僕が来る頃にはほとんど終わっていたからね。よくもまあ、非戦闘用スキルであそこまで精霊を追い詰めたもんだ。すごいよ、きみ」
どうやら、クリムゾン田中さんは冒険者ギルドからの応援があってすぐに、王都からやってきたらしい。
そういえばギルド長が王都に援軍を呼んだって言っていた気がするな……。
「もちろん、僕の手は無限じゃない。本来だったら現地の冒険者が何とかする案件だったんだけどね、チー牛がいる可能性があるからやってきたんだよ」
俺の考えを読んだのかクリムゾン田中さんがにやりとわらってこたえる。でも、俺はグロリアと共になるべく目立たないように生きていたはずだ。
強いてあげれば他の冒険者たちにスキルの覚え方を教えたくらいだがたった半日しかたっていないのだ。情報が回るは早すぎない?
「ああ、きにしないで。僕らの仲間に異世界からの波動を感知する人間がいるんだよ。それで、僕がシンジ君に声をかけにきたわけ」
「なるほど……それで、俺に何の用なんだ?」
「君がこの世界でどう生きようとしているのか、それが気になってね。僕らはこの異世界転生者同士で助け合って生きてる……だから、声をかけようと思ったんだ。君もチートスキルをもっているだろ? それを使えば英雄になれるよ。ただの引きこもりだった僕が王都最強の騎士になったようにね」
その一言と共にクリムゾン田中さんは全身に炎を纏った。圧倒的な破壊力を持つ灼熱に皮膚がやけるような感覚に襲われる。
これは『世界樹』を焼き尽くしていた炎だ。しゃべり方もキャラも違うようだが、本人だと確信できる。
あっちが手の内をみせてきたのだ。ならば、俺も本音を伝えるのが礼儀だろう。
「俺は……ただこの世界を……異世界を気の合う仲間と旅をしたいだけだよ。そして、手に入れた知識でこの世界の人々の助けになれたらと思っている。英雄とかそういうのはいいかな?」
「そっか……そういう生き方もあるね。ただ覚えておいて……僕たちは強力だけど所詮は少数だ。だから神の様になったと勘違いしないようにね。ここにいる間に好きにしてていいよ。お世話係もつけておくからさ」
「お世話係だって……?」
怪訝な顔をしている俺を置いて意味深に笑ったクリムゾン田中さんは外に出て行ってしまった。
一応合格だったのかな……
俺は異世界ウィキでずっと扉の外にいた人のアイコンも一緒に離れていくのを確認して一息ついた。
選択肢を間違っていたら処刑されたり……なんてね……
☆☆
「田中……あいつは私たちの仲間に誘わなくってよかったのかしら?」
「ああ、彼は彼の道を進むみたいだからね……嘘はついてなかったんでしょ?」
「ええ、本当だったみたい……欲がないわね」
田中にこえをかけたのは二十代前半の女性だ。ただしその衣装はかなり特徴的であり、いわゆる魔法少女が着るようなフリフリのスカートに、ちょっとチープな感じのステッキを持っている。
彼女の名前はリリカルプリティガール。同じ異世界からの転生者であり、この世全ての魔法をつかうことができるチート能力を持つ。
最初に「うわ、その恰好はきつくない?」と言ったところボコられたのは田中のトラウマである。
そして、田中と同様に彼女は趣味で正義の味方をやっており、ともにこの世界の平和を考えている。おそらくは、シンジが嘘をついていた場合は彼女が乱入して本来の目的を魔法で吐かせていたことだろう。
「異世界転生者でも目立たないという選択肢をえらぶことができるようになった。僕らの頑張りは無駄ではなかっってことだよ。」
「そうね……私たちが来たときには伝説上の人物であり期待と……警戒されたものね……」
過去をおもいだしてげんなりするリリカルプリティガールに思わず苦笑する。あの時は自分たちはあえて目立ち圧倒的な力を示すことしかできなかった。幸いにも田中もリリカルプリティガールも英雄願望が強かったため腐ることはなかったが、そうでなければ地獄だっただろう。
だからこそ思うのだ、チート能力をもってもなお平穏を望む彼が生きる事ができるようになったのは良いことだと……そして、最初にシンジが最初に出会ったエルフが善良だったことを田中は感謝し後輩の異世界生活がうまくいくことを願うのだった。
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