第13話 イザベラ
イザベラはいまだ状況が読めないまま混乱していた。シンジによって受けてしまった大赤字を取り戻すために、護衛をつけてエリクシルを採りに行っていたのだ。
だが、目をつけていたところの生えていたエリクシルはすでになく、あたりにはエリクシルモドキしかないため、仕方なくいつもよりも奥にいくことになったのである。
それでもあんな魔物が……この『朽ちた世界樹の森』の支配者であるイビルスパイダーがこんなところにいるはずはなかったのだ。
「ああ……」
冒険者で言えばCランク上位とこの街では腕利きで優秀なはずの護衛が一瞬で殺されるのを目の前でみせられてイザベラは思わず腰を抜かしてしまう。
そんななか助けにきたのは予想外の人物だった。
「大丈夫か、イザベラさん」
「ひっ、なんであなたがここにいるんですか!?」
ここに来る元凶だったシンジに思わず悲鳴をあげてしまう。
なぜ、彼がここに……? もしかして偶然私を助けに来たのだろうか? でも、王都の調査員である彼がなんでこんなところに……?
そう困惑していると乱暴にピヨドリヨンに乗せられて、森の中を運ばれる。そして、先ほどの助けにきてくれたのでは……? という考えが正しかったのか不安になってきたときだった。
「え? あれって……ひぃぃぃぃ、ゴブリンじゃないですかぁぁぁ」
彼はゴブリンの巣に突っ込んだのである。ゴブリンにつかまった人間の末路は想像にたやすい。よくて食事か慰め者だろう。質の悪いゴブリンによってはスライムの酸で焼いて苦しむ姿を楽しむものすらもいるらしい。
「な、なんで魔物の所につこっむんですか? 頭おかしいんじゃないですか? エルフさんも何とかいってくださいよ!!」
「私はシンジを信じる。それだけだ」
隣を走るエルフならば……と助けを求めると彼に高値で雇われでもしているのか、こちらの話を聞こうともしてくれない。
そして、彼はまるで落とし穴の位置がわかっていたかのように、イビルスパイダーを罠にはめた。
魔物の罠の場所を正確に把握しているっていうの? それはありえないことだった。魔物とて馬鹿ではない。罠はわからない場所にしかけるだけの知恵はある。
やはりシンジは王都の調査員なのだ。スキルのおかげか、わからないが圧倒的な情報量を持つ優秀な彼ならば自分の不正何て手に取るように分かったことだろう。
最初から私に勝ち目何てなかったのね……
「イザベラさん、必ず戻って来るから待っててね」
強敵がいるというのに微笑みかける彼に、イザベラはお金を多めに払うといった時の満足そうな笑顔を思いだす。
「まさか……ゴブリンの巣に突っ込んだのは私が逃げないようにするため……? 私を助けたのは、利用できる相手が死ぬのが惜しいから……?」
それに気づいたイザベラはさーっと顔を青くする。もちろん、シンジにはそんなつもりは毛頭ないのだが、常に損得の世界で生きてきて、他人を利用し続けていた彼女には善意で強力な魔物と戦うという選択肢が脳内になかった。そのため最悪の選択肢が浮かんでしまう。
「このままじゃ私は一生利用される!! ねえ、走ってよ!! あとで美味しい餌をあげるから!!」
「ピーピー!!」
ピヨドリヨンにすがるように声をかけるが、主以外のいうことはという強い意志を持っているのか、微動だにしない。
「逃げなきゃ……でも、まわりにはゴブリンが……うう、なんで私がこんなめにぃぃ」
腰を抜かしたイザベラが泣きながら、何とか逃げようとすると何かにぶつかって、紐がちぎれる音がした。
「え……ええ?」
そして、その結果大量のねばねばとした液体をせきとめていた木が外れて、落とし穴へと大量に流れていく。
「キシャァァァ!!!」
穴の中から先ほどの魔物らしきものが上げた悲鳴が聞こえてイザベラは理解する。これはスライムの粘液だ。
落とし穴に引っかかった獲物を苦しめるためのトラップだったのだ。これでは中に入った二人も無事ではすまないだろう。
「私は悪くないわ……だって、知らなかったんですもの」
自分に言い訳するように叫ぶイザベラは腰が抜けた状態で四つん這いになりながら穴をのぞく。
「そう……それにこれは天罰よ。天才である私を脅そうとしたんですもの。神はやはり天才の味方……ひぃぃぃぃ!!」
調子のよいことを言っていたイザベラだったがその顔が再び恐怖に歪む。だって、穴を覗き込んだ彼女が見た光景はスライムの粘液を浴びながらも逃がさないぞとばかりににやりと笑いながら浮いてきたシンジだったのだから……
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